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19 釣り餌とアリジゴク

「いやぁ、まさか貴方にお越しいただけるとは思っておりませんでした。これは、嬉しい誤算です。」

「と、おっしゃいますと?」


両腕を大きく広げてロザンヌは歓迎の意思を示していた。

唾を飛ばすような話し方からも、無遠慮に距離を縮める仕草からも好感などは一切持てなかったが出来る限り愛想よく答える。


「いえ、リディア様はレオ殿下との婚約を破棄されてユリウス殿下とお近づきになったと聞き及んでおりましたので、こういった場所はお嫌いなのかと思っていたのです。」

「なるほど、そうでしたか。」


ロザンヌは余程上機嫌なのかぺらぺらと喋っている。

こちらとしては好都合ではあるが、だからこそ逆にボロが出ない様に注意を払わねばと思い気持ちを引き締めた。


「ユリウス殿下は幼いのです。政治や世情が上品な世界だけで回っていると考えておられますが、わたくしはそうは思いませんわ。

こういった場所が庶民の息抜きになり、人脈を作る場所でもあり、また自分自身を賭けて再起を図る場所にもなりますのに。」


表で綺麗な世界ばかり上から見ていらっしゃるから実情が見えておりませんの。こういう場所にこそ民の本当の生活がありますのに。

などなど、適当に反社が好みそうな言葉を並べてみたが、ロザンヌは機嫌よく「そうですとも、そうですとも。」と同調している。


わたしを世間知らずの逆張りお嬢様として煽てているのか、あるいは本気でそう思っているのか、その判断がいまだつかなかった。


「いや、流石は次期パラケルス伯の名を継ぐお方だ。王家から熱心なアプローチを受けるだけのことはある。」


このあたりで、ロザンヌが「政治」だの「王家」だのの事情によくよく進んで首を突っ込むように言及していることに気づいた。

ユリウスは地下組織がそういった為政者層とのコネクションを作ろうとしているというようなことを言っていたが、それが理由か?あるいは見栄か?


もしどちらであったとしても「王家の王子二人に婚約を申し出られた令嬢」というのはかなり魅力的なアクセサリーになるのでは?と。


「これはまだ広く伝わっていないかもしれませんが、ユリウス殿下との縁談はありがたいものの、実は保留にしておりますのよ。」

「ほぉ、それは何故でございますか?」


憂いを秘めた溜息を出してみる。

演劇などは子供の頃に一度やったきりだ。うまくできているかは分からない。私は役者ではないのだ。


「だって、レオ殿下との婚約は小さい頃から結ばれていたものですもの。

急にそれが破棄だなんて言われてもわたくし心が痛みますわよ。」

「それはそうでしょうな。」


ただ、ロザンヌの目が節穴なのか、こちらに同調しようと必死なのか特に怪しむ素振りはないことから一歩踏み込んでも良いと直感が告げている。

わたしはそれに従って、少し露骨な餌をぶら下げてみることにする。


「だから、レオ殿下のような現実的な視点で民の生活の実情にも触れたいと考えましたのよ。

あの方はユリウス殿下と違い、こういう場所の深い部分まで目を通していらっしゃたのではないかと思いまして……。」


つまり、社会勉強ですわ。などと思ってもない言葉を並べる。

ロザンヌはピクリと反応するとわざとらしく目を見張ってから口角をあげた。目尻は下がっているが先ほどとは違い捕食者のように鋭い。


「つまり、リディア様は『裏』の闘技場にご興味が?」


ロザンヌが顔を近づけ内緒話をするように話したことから、沼に足を踏み込んだのが分かった。

『裏』がなんのことかは分からないが餌に食いついたのだ。

もっとも、その餌がこちらが垂らしたものか、あるいは向こうが垂らしたものであるかは不明である。


緊張感から心拍は上がっているのにゾッと血の気が落ちるのを感じた。

ただ、ここから引き返すというのはできないだろうと覚悟を決める必要にも迫られている。


「……。」


わたしは後ろに控えるグレイとアーデルに視線を向けアイコンタクトをとった。

二人も事態を承知していると視線を返している。


一度喉につかえている息をバレないようにゆっくりと吐き出してから答えた。

「えぇ、もしよろしければ、そちらに案内してくださらない? お互いの友好も厚くしたいと思いませんか?」


ロザンヌは手を揉みような分かりやすい仕草で人懐っこい笑顔を作っている。

だが、瞳はわたしの姿を舐めまわすように値踏みをしているのが分かった。

それを薄く笑みを作り正面から受け止めていると、ロザンヌの口は蛇ように頬が割けんばかりに笑った。


「是非ご照覧させてくださいませ、わたくしがご案内させていただきます。」


そう言って、もう逃さないとばかりに腕を広げる。

行きはよいよい帰りは怖いなどと言うが、アリ地獄に向かうと分かっていると行く道こそ恐ろしいものだと、

未だ慣れない地下のこもった空気を吸い込んで気づかれないように深呼吸をした。


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