15 旧知とライバル
「協力は是非させていただきます。なにより、この段階でお話を持ってきてくださったことについて心から感謝を。」
カタリナは深く頭をさげて謝意を伝えた。
パラケルス家に地下組織と関わった事実はない。しかし、事件が解決してからそれが判明するのと、事件の解決に自ら参加するのとでは貴族たちの間での評価は天と地ほども違う。
ある程度の損得計算が入ったうえでユリウスもこの話を今持ってきたのだろうとは私が穿った見方をしているのもあるが、
少なくとも、カタリナがユリウスに胸襟を開くには十分な行動であり信頼関係の構築の一助となったと言えるだろう。
「それで、その協力者というのは?」
ユリウスをビジネスパートナーとしている私としては、それはとりあえず良しとして受け止めつつも、実務の話にさっさと入ることにした。
必要以上にカタリナがユリウスと近づきすぎるのも私にとっては面倒ごとの種になりかねないからだ。
「実はもう呼んでいるんです。そろそろ到着する頃だと思いますが……。」
ユリウスの返答が早いか遅いか、扉のノックの後にコゼットが応接室に入ってきた。
「オルセラ伯爵家の長女・ジゼル様がお越しです。ユリウス殿下に呼ばれてきたとのことですが、お通ししてよろしいでしょうか?」
「げっ!?」と思わず出た私の声は無視された。
カタリナが「お呼びして頂戴」とだけ言うとコゼットは深々と礼をしてジゼルを呼びに向かった。
◇◇◇
「フンッ! 成金貴族に相応しいゴテゴテとした屋敷ですわね!!」
長い銀髪を翻してジゼルが従者を連れて現れた。
町で見かけたのとは違う男性のようである。浅黒い肌の出で立ちで長身だが細身の体をしっかりと筋肉が覆っているのが服の上からでも分かった。
特筆すべきなののは、執事には珍しく腰にはサーベルを携えていることであろう。傭兵上がりか何かであろうか。
「ご足労をいただき大変感謝いたします。」
ユリウスは恭しくジゼルを迎えると、カタリナもそれに続いた。
その態度に満足したのかジゼルは態度を落ち着かせ、礼と共に席に着いた。
「この紅茶をいれたのは誰!?」
コゼットが来客用においた紅茶に口をつけると、ジゼルは早速難癖をつけようと詰め寄る。
「私ですよ。ジゼル様。」
コゼットが心底嫌そうな顔で答えると、ジゼルは「ふふん」と鼻を鳴らす。
「相変わらず侍女のくせにこういうことは上達しないわねコゼット。うちのアーデルの方が美味しい紅茶を入れるわよ!」
ジゼルはニヤニヤと小姑のような意地悪を言い出すと「そうよね、アーデル?」と連れてきた執事のものであろう名前を呼んだ。
「いや、入れられませんよ。こういうこともコゼット殿の方が俺より上手いです。」
ジゼルの態度とは裏腹にアーデルは淡々と紅茶を味わって飲んだ。
表情からして「面倒だからとにかく巻き込まないでくれ」という無関心さを醸し出している。
「な”ぁぁ”あ”あ”!!」
ジゼルは話が違うと今度はアーデルに詰め寄った。「今日こそリディアとコゼットに一泡吹かせてやるから協力しなさいって言ったでしょう!」と丸聞こえの内緒話を始める。
二人がああでもないこうでもないとやっているのを見ながら、私の中に一つ疑問が生じた。
「ジゼル様はコゼットと何か因縁があるのですか?」
私からすれば至極真っ当な問いであったのだが、それが部屋の空気を一変させたのを感じた。
コゼットはこれ見よがしに目をそらし、アーデルは心底面倒な事態に身構え、ジゼルの表情はひび割れたまま硬直した。
まずったのである。それだけはすぐに分かった。
この3年間、他所との人間関係を円滑に回そうと知ったかぶりが上手くなったと思っていたのだが、今回はそれが悪い方向に出たのであった。
ぶふっwと最初にキャラじゃない吹き出し方をしたのはユリウスであった。
「あっはっはっは、ジゼル様は君のロメリアでのご学友だよ。」
私はコゼットに視線を向けた。当然非難の視線である。
コゼットはそんなものはどこ吹く風と言わんばかりに落ち着いた様子で目をつむり胸を張って姿勢を正して立っていた。
「ジゼル様はリディア様の追っかけだったんですよ。2年遅れでロメリアに向かったんです。
ただ学業でも腕っぷしでも全く相手にならなかったんで、覚えてないかもしれませんが。」
「ち、違う!! 追っかけなんかじゃない!! ライバル!! 適当なこと言うな!!」
アーデルが爆弾を投下したことによりジゼルの彼を責める口調は更に厳しくなった。
覚えてないのは違う理由なのだが、それで知己の仲であったのかと納得すると同時に、私は私でコゼットへの非難の視線を強めた。
つまり「なんでそれをあの時言わなかった?」である。
逃れるのは無理と判断してか、コゼットは気だるげな様子を全く隠さずに白状する。
「だってこの人面倒なんですよ。リディア様には勝てないからって結局つっかかってくるのは年も成績も近い私なんです。もう本当に毎回毎回大変で。」
「なんですって!? 侍女のくせに昔から生意気なのよアンタは!!」
コゼットの弁明を受けてジゼルの矛先は彼女へ向かった。
それを見て私は一度息を大きく吐いた。
先日のことから情報が錯そうしているが、つまりはこういうことだ。
ジゼルとの関係は、甘く見積もれば友人といえるものなのだろう。
町中で喧嘩を吹っかけてきたのは、ある種の恒例行事だったのだ。
にもかかわらず、それを伝えなかったのはコゼットからしたら、私がジゼルについて覚えていないことが伝わることで恒例のじゃれつきあいを自分で対処する必要に迫られるのが嫌だった。
というか、本当に『面倒臭かった』。
うむ、どう考えてもコゼットが悪い。
「謝りなさい。」
短くそう伝えるとコゼットはこれも本当に嫌そうに受け取ってから謝意を表明した。
ジゼルもゲストとして呼ばれてこれ以上騒ぐのはよくないと思ったのか、どうにか溜飲をさげて椅子に腰を深く落ち着けたのであった。
ようやく場が落ち着いたのを確認してか、カタリナが「コホン」とわざとらしく咳ばらいをする。
「では、旧交を温めたところで実務的な話題に戻しましょう。」
その言葉を私は空々しく聞いていたのだ。
だって、本当に温まったか?これ。と思うのは不自然ではないであろう。




