14 婚約者の暗躍
足を組んで椅子に座った。
ゲストであるユリウスを上座に座らせ、客間にカタリナと並んで応対している。
私は腕を組んでそっぽを向いている。全身をもって不機嫌であることを表しているのだ。
カタリナはあわあわとしながら一度は私を窘めたが、わたしの意思が固いことを認識するとどうにかユリウスに釈明をしようとした。
「お気になさらないでくださいパラケルス伯。これは私が軽々に発した冗談が悪いのですから。」
困った顔で返事をするユリウスにカタリナは「……殿下がそうおっしゃるなら。」と引き下がった。
今生の母であるカタリナの胃痛の種を作るのは心苦しいが私はこの件については自分のスタンスを曲げる気がなかった。
ユリウスが発した『冗談』とやらは、わたしに言わせてみれば面白くもなければ品もなかった。
貴族としてはありがちな冗談であったのかもしれないが、それがどうした。腹が立つものは腹が立つのだ。自分の中のユリウスの評価を一段落とすべきであるのかを考えてさえいた。
「ところで、本日はどのような件でお越しいただいたのでしょう? やはり、娘との婚約についてでしょうか?」
「いえ、その件に関して、王家はリディア嬢が拾い上げた少年を育てる期間を待つことについて異論はございません。急な話ではありましたが、こちらの申し出もそうであったのですから仕方のないことだと納得しております。」
カタリナはその話を聞くと向かいにはバレないようにホッと息をついた。
やはり、クルトを使った遅延策を取ることで家に何かしらの不利益を被るのではないかと悩んでいた部分はあったのだろう。
「では、どのようなご用件でございましょう? 我が領地のことに関することならばお話もお伺いできますが、王都内の事情となりますと私共で力になれることがありますかどうか……。」
遠回しな表現だが「うちに関係ない話なら持ち込んでくれるな」ということだ。
カタリナとしては依然ユリウスとの協力関係は慎重に見極めている段階なのだから、突然来訪されて無理難題をふっかけられては溜まったものではないと警戒しているのであろう。
カタリナの言を受けてユリウスは少し困った表情で考える様子を見せた。
その姿を見て私は意外な印象をもった。この権謀術数の腹黒男はノープランで相手に『お願いごと』をするようなタイプではないと思っていたからだ。
王位継承争いに関しては明確に王太女イザベラに先んじられているとはいえ、いまだ有力な第二候補として見られているユリウスは王都内で大きな影響力を持っている。
王都内の問題であれば自領に力を蓄える領主貴族よりも手持ちの勢力を使う方が効率的なはずであるのだ。
にもかかわらず今はまだ成立していない婚約の相手の家を頼るというのはかなり意外であった。
「何か王家がらみの問題なのでしょうか? 表に出せない類の?」
私は状況を見かねて助け舟を出すことにした。
個人的な因縁だの心境だのはいったんよそにおいて『ビジネスパートナー』として歩み寄る方が良いと考えたためである。
「確証はないのですが……。」そんな前置きから入り、ユリウスは言葉を濁して話題を迂回させた。
「15年前に国境沿いであった『八百長戦争』は覚えていますか?」
この場合の「覚えているか?」はつまり私が座学で学んだかどうかの確認であると受け取り、思い出しながら答える。
「たしか、傭兵を雇用して戦線を広げるだけ広げた戦争ですわよね?
表向きは辺境伯と隣国の政治的な対立に端を発したということになっていましたが、実際は干害が原因で農家の収入がなかったのでその補填事業として傭兵需要を作ってなんとか領民を食わせようとしたとか。」
畑が致命的な打撃を受けたために、口減らしに農村から大量の失業者が放出された。
しかし、農業以外の経験がない人たちを受け入れられるほど職が溢れているわけではない。放出された失業者はたちまち盗賊集団となり自領に留まらない脅威となった。
それを『傭兵』という形でどうにか雇い入れて暴徒化するのを防ごうとしたのだ。
「その通りです。ただの盗賊の封じ込みが狙いの戦線だったため、戦端が開かれることはありませんでした。
しかし、仕事をしなくても給料は出る。身の危険もない。領主は『とにかく暴れてくれるな』と弱腰。
となれば、その待遇に多くの民が飛びつくのは後から考えれば当然であったのかもしれません。しかし、規模は辺境伯の予想をはるかに超え、コントロールが効かなくなったのです。」
向かい合っている軍団が日に日に膨れ上がっているのを見て隣国は焦り、兵士の大増員を行った。
その結果、戦線は伸びに伸び、辺境伯領だけで片付く問題ではなくなったのだ。
「最終的には我がヴェスタリア王家が近衛と常備軍を持ち出して最悪の結果だけは回避しました。」
無計画な兵力の大動員からの大戦争という結果は防がれた。
「辺境伯は責任を取る形で罷免され、隣国との緊張も緩和されました。しかし、より根深い問題が残りました。」
ユリウスは苦虫を嚙み潰したような表情で続けた。
「そもそもの問題は雇用が足りていないことが原因でした。曲がりなりにも戦線はそれを解消する手段としてだけは機能していたのです。
それを無理やり解散させたとなれば……。」
武装した集団がコントロール下から外れたのだ。
「王家と周辺諸侯はこの武装集団の解散に力を尽くしましたが、取り逃しもありました。
その中でも、力を持ち、狡猾な者たちは地下組織となり様々な網を張りコネクションを作っていったのです。」
「コネクション……と言いますと。」
この時点でかなり嫌な予感がしていた。
というか、王家がらみの問題であるという情報を合わせれば、これがパラケルスにとっても問題になる可能性があると気づいた。
ここにいたって初めて背中から汗が滲む自身の愚鈍さに呆れさえしたのだ。
普段はオロオロとしているカタリナが腹をくくり領主として、政治家としての顔になっているのも私の直感が間違いではないことを告げているようであった。
「愚弟、レオがその地下組織と繋がっているのではないかという疑いがあります。そして、その活動期間中に婚約関係があったパラケルス伯爵家にも疑いの目がかかっているのです。」
つまり、『うちに関係ない話なら持ち込んでくれるな』とは全くもって見当違いの苦言であったのだ。
ユリウスはパラケルス伯爵、自身が婚約をもちかけた家に手が打てるうちに状況を伝えに来たのである。
「私は、ある協力者と共に近日中に王都内の地下組織の一掃に乗り出すつもりです。どうかパラケルス伯にもご協力願いたい。」




