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13 従者の追憶

3年前の事件から、リディア様は随分変わられた。


パラケルスに仕える傭兵隊の隊長の指導の下、クルトと共に木剣の素振りに励むお姿を見て考えている。


コゼットめは学術都市ロメリアのあるアリステリア領に領主公爵エレオノーラの内弟子としてリディア様が迎えられた時からお仕えしている。

リディア様が5つの時である。年は私が7つ上だ。わたしは周りより幾分か頭の回転が速いと評判であったためパラケルスに仕えていた母よりロメリアでの彼女のお世話を任じられたのだ。


幼少の頃から風変わりな方であった。私が仕える以前のお話を伺っていた時から「マジか、こいつ。」と思うエピソードは枚挙にいとまがない。

そして、ロメリアでの彼女はその逸話でさえ若干マイルドに伝えられていたのだと戦慄するばかりであった。


わたしは10年過ごしたロメリアの甘味の味を知らない。すべてリディア様に取り上げられて食べられてしまったからだ。

ちなみに、この時よりレオ王子との婚約関係はあったが、文のやりとりはすべて私に丸投げして代筆させ、ご本人は読書に没頭しておられた。


庶民や年下など目下の者にはとりあえずそれなりに寛容に振舞っておいでであったが、

周囲の貴族令嬢令息に対しては愚図だ阿呆だと臆面もなくなじり、少しでも反抗されればまず論戦をもってぶちのめし、そのついでと言わんばかりに腕っぷしでも黙らせる。

教授達にも反骨精神むき出しで論破してやろうとくってかかる有様であった。


とにかくやることなすこと滅茶苦茶な方であった。


彼女のお付としてとはいえ、ロメリアで学ぶことは自分の将来を大きく切り開く良い機会だと分かっていても、あの傍若無人の悪役令嬢に仕えるのはとにかく骨が折れた。

この方を置いてパラケルスに逃げ帰り別の働き口を探そうかと考えいくつ夜を過ごしたかはもう数えていない。


「ありがとう」と「ごめんなさい」が、とにかく口から出てこない方であった。


それでも事件のおり、リディア様の心肺が停止した際はひどく狼狽したのであるから自分の心根とは分からないものだ。

後から母に言われた話では顔からは血の気が引いて幽鬼のようにふらふらとした足取りで何度も水を汲みに行ってはお顔を布で拭いていたそうだ。


彼女が目を覚ましてからも、とにかく大変な日々であった。

言葉さえ忘れてしまわれた様子は痛々しく、屋敷のものだけでなく領民もみな大層嘆いていた。


結局のところ私も含め、伯爵家の跡取りとして不安だの、うつけだものだのと言ってはいても、彼女の語る『ある夢』をまぶしく見上げていたのだと思う。

世間の評判とは裏腹に彼女は私たちパラケルスの領民にとっては太陽のようなお方であった。


では、今の彼女はどうであるのか。

私はこの方との距離感を測りかねていた。


少なくとも物腰は随分と柔らかくなっておいでだ。

だが、奇行も増えた。


身体を拭く手伝いをしようとしたアントニオを突如殴り飛ばした時は、ついに錯乱したかとも思ったが、お言葉が分かるようになってからは態度が一変して、むしろ彼を気遣うあまりアントニオの方が困っているとも聞く。

だが、そんなことは序の口とばかりに、ある日突然、屋敷にある金目の物を持って野道を裸足で爆走しているところをユリウス殿下に保護されて帰ってきたのだ。


少しずつ常識が戻っていっていると安堵していく日々を送っている中、ユリウス殿下と共になんとかレオ殿下の企みからパラケルス家の名誉を守ったと誇らしく感じていると、

今度は気晴らしに出た帰りに、ぼろ雑巾のような少年を拾ってきた。そこで私は人生で初めて己の目を疑った。


しかも、連れ帰った11にもなる少年の服を剥いで風呂に連れ込もうとする始末で、もう本当に頭のネジが外れたのかと悲鳴をあげそうになった。完全に変態である。(もちろん、リディア様を急いで引きはがし執事に風呂番をさせた)


どう考えても正気を失っておいでである。こればかりはもう間違いない。

侍従たちの中には、パラケルス家はもう終わりだと見切りをつけ転職先を探す者もいた。


ただ、私は彼女をどうしても見捨てる気になれなかったのだ。


もちろん、古い付き合いからくる情もある。

過ごした時間の長さだけでいえば、カタリナ様を含めパラケルスの誰よりも長い。


だが、それとは別に彼女の真摯さが私の最後の後ろ髪を引いたのだ。


屋敷にいるものに限らず、その身分も問わず、彼女は非常に腰が低く相手の話をよく聞いて学ぶようになった。

そして、パラケルス領・領民失踪事件にあたってはその身を賭して事件を解決し民の無事を領民と一緒になって喜んでおられた。


拾ってきた少年にも適切な距離を守るように心がけておいでのようであった。

私などは年下の子供を扱うのは上手い方であると自負していたが、今のリディア様に及ぶかと問われれば首をかしげることになる。

もっといえば、人を『扱う』という表現が似つかわしくないのだ。


それは、クルトに対してだけでなく侍従である私や、誰に対してもそうであった。


かつての彼女にはない人の血が通う温かさがそこには確かにあった。


はて、と自分の気持ちを問うと中々答えが出せずにいる。

私は以前のリディア様と今の彼女のどちらを慕っているのだろう。


視線を向けると、剣の訓練を終えてへたりこんでいるクルトをよそにリディア様は徒手空拳の訓練に励んでおいでであった。


わたくしめからすれば、魔力が尽き、剣も失えばあとは己が拳しかないという気概に感心しているのだが、ご本人は照れ臭いのか「気晴らし」と言い張っている。

まるで怒りの形相にさえ見える迫力で拳を何度も何度も叩きつけている木に向かって「ユリウス」と呼んでいたのを耳にしたが、きっと次の婚約者となるお方を守るために励んでいるのだろう、まったく見上げた心がけであると感動したものだ。


わたしはその厳しい自己研鑽をされているリディア様を労うために甘味を届けようと用意することした。


「ありがとう。コゼット。」


なんのことはないお礼の言葉に、わたしは嬉しさとともにどこかに寂しさも感じた。

この気持ちの整理の仕方をこれから長い時間を経て学ばねばならないのかもしれない。


「カタリナ様からの伝言です。夕方にユリウス殿下がおいでになります。なんでも内密に話したいことがあるとか。」

「そうなの? 分かった。準備しておくわ。」


短いやりとりからも、彼女の心がどこにあるのか探ろうとしている自分を見つける。


こんなに滅茶苦茶な人の行動一つ一つに心が振り回されてしまうのだ。

同じ家に生まれていたなら、生まれたときから一緒にいたなら、あるいはこの方の考えることがもっとよく分かるのであろうか。


しかし、そんな不安を表に出さないようにしている。意地というやつなのか。あるいは別の理由かもしれない。


要件を終えて離れて見ていると彼女は身支度を整え、夕方になればご自身の婚約者となるユリウス殿下を迎えていた。

大丈夫だ。この方は少しずつ成長なされているのだ。

自分にそう言い聞かせて、遠くから見守るしかないお二人の会話を、ただ推測するしかなかった。


ユリウス殿下が笑いながら何かを話されているので、きっと殿下が冗談をいったのだろうかと思っていたら、リディア様から張り手が飛び出した。


後ろではカタリナ様が絶望の声とともに崩れ落ちたのが聞こえた。


はて、私は以前のリディア様と今の彼女のどちらを慕っているのだろうと再び頭を悩ますこととなったのであった。


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