12 ショタと手をつなぐ
「なんでだよ! 今のはおかしいだろ!!」
クルトは全力で拳骨に抗議した。
明らかにそれまでのものとは違う反応である。
「リディア様……。」
コゼットもクルト擁護のようだ。
そう考えると、財布をスったこと自体はあまり問題にならないのだろう。
たとえ、噂を流されたとしても「騎士が身に着けたものを気づかない間に子供に盗られるってマジ?」という感じなのだろうか。
『お前、サバンナでも同じこと言えんの?』構文である。そう考えれば、もはや恥として財布をスられたことを言いふらすこともないのかもしれない。
オルセラ伯爵家とは禍根を残すかもしれないが、そもそも相手は町中で喧嘩をふっかけてくるような状態なので関係ないのだ。
しかし
「クルト、あんたが私のためにやったのは分かる。
あんたもあんたで今までいろいろあっただろうから、今さら法律だの道徳だのを持ち出して説教する気はない。」
まっすぐ、この小さな少年を見つめて諭すように語った。
最初に出会った時には貴族の家に匿われている自分が彼に何かを諭すことは傲慢であるとも思っていたし、それがなんの解決にもならないことが分かっていたからしなかった。
「でも、私のためにやってくれたんなら……。」
少し言葉に詰まった。
言っていいのか迷ったのである。少なくとも、彼が初めて私のためにとしてくれたことにこんな扱いをしてよいのか。
「こんなやり方なら受け取れない。私は嬉しくない。」
それでも、きっぱりという必要があると思った。
たとえば、昨日。彼が路上で気絶した女の財布を盗んで逃げたのなら私は何も言わなかった。
だけど、今日は考えるのだ。
「……。」
クルトはまだ少し納得がいってないようだった。口をとがらせてうつむいている。
「ほら、返しに行くよ。私が謝ってあげる。」
手を差し伸べた。
この子と出会ってから一番緊張した時間であったように感じる。ジゼルとの口喧嘩なんてなんでもないと思った。
しかし、クルトはおずおずと自分の手を重ね、繋いでくれた。
ただただ差し出すように手を伸ばしているので私が握るしかなかった。
それでも、そっぽ向かれて拒まれなかったことに心の底から安堵したのである。
コゼットは少し目を細めてこちらを見ていた。
まぶしいものを見るようにもくだらないものを見るようでもある。
私が手を引いて歩きだすと、クルトもついてきてくれているようだった。
◇◇◇
ジゼルを見つけ、財布を返すとネチネチと嫌味を言われたが、私はただただ頭をさげて謝った。
やはり、というべきか騎士となるものが身に着けたものを気づかない間に盗られるというのは恥であったのか、しばらくするとジゼルは従者を呼びつけてフンと鼻を鳴らし去っていた。
日は既に落ち始めており、建物に照り返される光の色もオレンジになっていた。
広場に戻るとコゼットが立ち尽くして待っていた。
「待ってなくてもよかったのに。」
気恥ずかしさから茶化すように言うとコゼットはクルトの頭を軽くなでる。
「待っていたかったのです。」
目を細め笑っていた。
元々は路地にいる子供を拾ってきたことに対して大反対をしていた彼女であるが、今日一日共に過ごして少しずつ心境に変化があったのであろう。
「でも、夕餉の支度をすっぽかしてしまいました。リディア様から奥様に弁明してください。」
図々しい物言いであったが、喜んで承諾した。
クルトは何もしゃべらない。
やはり、落ち込んでいるのだろうか。
良かれと思ったことを拒否され、手を引いて謝りにつれて行かれたのだ。
こんなことをする必要があったのだろうかと問われれば、少なくともコゼットの反応を見る限りではないのだと言い切れた。
わたしだって、わざわざそんなことをしてグチグチと嫌味を言われて気持ちが良いわけではない。
では、なぜ? と自分でも思うのだ。
「帰るよ。クルト。」
できるだけ、平静を装って声をかけた。
私はこの子を傷つけてしまったのではないか。その反応が返ってくるのが怖い様に思えたからだ。
すると、クルトは喉を震わせた声で返事をした。
「……いいの?」
視線は足元を見ている。
うなだれて、表情は見えなかった。
返事に詰まった。
ただ、繋いだ手を少し握り返してくれたのを感じた。
この寄る辺のない姿を見て思い出す。
路地で見た姿である。
それで思い当たった。
つまり、わたしはこの子をまたあの路地に戻したくないのだ。
たとえば、パラケルス家で教育を施したとして、3年後にこの子を見送らねばならない時がくるだろう。
では、文字の読み書きができればよいのか? 数字の計算ができればよいか?
大人として一人で生きていかなければならなくなったときに、「あなたのためにムカつくやつの財布を盗んでやった」などと言う者を周りはどう思う?
一度や二度なら良いだろう。
でも、それが「良いこと」なのだと今、学んでしまったら?
それをダメなことだと心の底では分かっているコゼットや、他の大人たちとは違うのだ。
この子は『今』大人を見て学んでいるのだから、それはダメだと『今』一番正しい方法で教えてあげなければならないのだと、そう思ったのではないのか?
「当たり前でしょ。 ちゃんと、ただいまって言えよ?」
返事はない。
しかし、手はちゃんと握り返してくれている。
『親』は大変だな、と思った。
こんなに小さな存在の一挙手一投足に心が振り回されてしまう。
血がつながっていたなら、もっと小さいときから一緒に過ごしていたなら、あるいはこの子の考えることがもっとよく分かったのであろうか。
「リディア……。」
「んー?」
蚊の鳴くような細い声からも、肌から伝わるわずかな熱や力加減からも、この子が今何を考えているのかを図ろうとしていっぱいっぱいだ。
だけど、努めてそれを表に出さないようにしている。意地というやつなのかもしれない。あるいは別の理由かも分からない。
「俺……頑張るよ……。」
とつとつと自信のない声であった。
「なるよ。
俺。勇者になる。」
この子がこれからどのように成長していくのか。
いつか私の手を離れる時が、3年後なのか、あるいはもっと先なのか、前なのかもわからない。
ただ、私が今日渡したいと思っていたものを、この子は最高の形で受け取ってくれていた。
「うん、頑張ろうね。一緒に。」
離れない様に繋いだ手をしっかりと握ると、同じ力で握り返してくれたのを感じた。




