11 口喧嘩と手癖
町中だというのに不釣り合いなほど着飾った女性は従者をつれている。
一目見て、典型的なお貴族様だと察しがつく。
遠目で見て私だと判断できたのだから既知の仲であると思うのだが、はて、顔と名前が一致しなかった。
「オルセラ伯の嫡女・ジゼル様です。騎士系貴族の大家でございます。」
コゼットが耳打ちする。
やはりというべきか、パラケルスの対抗勢力である。顔もまったく見た覚えがないことから察するにパーティにも呼んでいないのだろう。
3年より前の記憶がない私を気遣いコゼットが気を利かせてくれたのであるが、それがジゼルには気にくわなかったようであった。
「随分とお行儀のよい従者ですわねリディア。これでは、まるで、わたくしを覚えるに苦労する端役のようではないですの?」
眉間に深く皺が寄っている。
視線は私に向いているが、明らかにその端にいるコゼットをとらえている様子だった。
コゼットは静かに頭をさげて後ろにひいた。立場的にも、ここでこれ以上の助力は望めないだろうと腹をくくってジゼルに向き直った。
「それとも、あの噂はやはり本当なのかしら? 次期パラケルス伯爵となるべく育てられたリディア嬢が心神喪失して中身が空っぽになってしまわれたなんて……。
本を頭に詰めるばかりが得意な錬金術師の後継がそんなことでは屋敷の方々もさぞ不安でしょうね?」
ジゼルが大げさに作り笑いをすると従者も応えるように続いた。
騒ぎを聞きつけた野次馬はそれが上級貴族同士のやりとりだと分かると皆目を伏せて知らんぷりを決め込んでいる。
「……。」
さて、と考える。
この場合、応戦するのが良いのか、あるいは適当に流した方が良いのか。
日本人的な感覚でいうと、町中で周囲を巻き込むように悪口大会を始めるような『やべぇ奴』が出て来たら黙って去るのが良い様に思うが……。
じゃあ、メンツ商売の貴族が言われっぱなしというのはどうなのだろう。
「やっぱ、後々余計にめんどうな事態になるんだろうなぁ……。」
ならば折衷案である。
「えぇ、このところはどうにも物覚えが悪くて困っておりますの。何せ、いろいろなことが起きて目も回るようで。
昨日の社交界なんて本当に大変でしたわ。
お言葉には心を砕かれる思いでしたが、レオ様の移り気も、わたくしの気を引きたいがあまりのことかと。
だって、まるでユリウス様とレオ様がわたくしを争って喧嘩なさっているようでしたもの。
とはいえ、わたくしなんかがお二人の寵愛を一心にうけるなんて考えると恐れ多いですわ。であれば、王家もやはりパラケルス伯の重要さを気にかけていらっしゃるのかしら。」
相手の言葉尻にはのらずに、こちらの良い様に自虐風自慢にしてぶつけた。
『うちの家は王家から引く手あまたですが、おたくは最近どうですのん?』と暗に煽ってやったのだ。
それと同時に、これは休戦の申し入れでもある。
こっちも言われたままにはしないぞ、続けるなら殴り返される覚悟をしろよ? ということである。
できれば引いてほしいところなのだが、予想外の返答が気に入らなかったのかジゼルの顔は更に険しくなった。
「この、煤被りの空っぽ女……。薄暗い部屋でゴミを集めて窯で煮詰めるばかりの錬金術師が調子になるなよ。」
野次馬には聞こえない、しかしこちらには届く唸るような声であった。
政治的な舌戦ではない。明確な敵意からくる侮辱であった。
つまり、ラウンド2である。
脇にいるコゼットとクルトの放つ空気も数度下がったように感じたのだが。
「やめろ! 押すな!!」
そんな声と共に野次馬たちが騒ぎ始めたのだ。
気づけば周りの群衆がどんどん集まり、見世物のようになっていたのだ。
チッと露骨に舌打ちをするとジゼルは胸を張り、前傾になっていた姿勢を戻した。
「ふふ、そうですわね。最近は王都でも質の良い商品の並びが多いですもの。やはり、『庶民と大変仲が良い』パラケルス伯のような方がいらっしゃると活気がでるのかしらね?
王家もそういった点に注目なされてるのではないのかしら?」
『庶民と仲が良い』と来た。
歴史がないぽっと出貴族だと揶揄しているのだろうが、貴族同士人前で口喧嘩というのは流石にみっともないと悟ったのか宮中言葉にトーンを落としてきた。
状況も合わせてみれば、お互い手を引こうという申し出であろう。
「何をおっしゃいます。辺境防衛に尽力下さる騎士の方々が泥をすする思いで国を守ってくださるからこそ都も平和を享受できるのです。
王家もそれを忘れることなどございませんわ。」
意訳「田舎乙」
ジゼルは顔を若干引きつらせるが「では、今日はお暇させていただきますわね。買い物の途中ですの。」と言い、通りざまに肩をぶつけて去っていった。
ヤンキー漫画かよと思ったが、絶対やると確信していたので体幹を強く張っていたのが功を奏した。
とはいえ、姿勢が崩れない代わりに痛みは強かった。まぁ、必要経費と割り切るしかない。
ジゼルがいなくなると胸に詰まった息をすべて吐き出す。
手先は氷のように冷たいし膝は笑っていた。自分で思っているより随分緊張しているようであった。
コゼットの顔を覗くと満足そうにパチパチと手を叩いている。
貴族の令嬢としては及第点だったのだろう。
「クルト? 大丈夫?」
突然大人の敵意に晒された少年が心配になって表情を伺ったが、これには割と平気なようであった。
意外にも芯が強いのかもしれない。
「俺は大丈夫だけど、あちらさんはそうでもないかもしれないぜ?」
得意そうに私を見上げて言った。この子はこんな表情もするのかと少し驚いたのだ。
「通り過ぎてくときにスってやった!」
財布を自慢げに私に見せびらかす。
コゼットはそれを意外そうに見つめるとよくやったと言わんばかりに、おぉ、と感嘆していたが、私はクルトの頭に拳骨をお見舞いした。
もう一仕事できてしまったのである。




