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10 買い物と噂話

フローリングは近づければ顔が映りそうなほどピカピカであった。


棚は広く、様々な染料が使われた布地が並んでおり、マネキンには品の良いコーディネートがされた服が着せてある。




私は気分を良くし、脚を大きく開いて腰に手を当て、反対の肘をまげて手は裏返し、爪先が唇に触れない程度に返して言った。




「おーっほっほっほ。この棚のここからここまで全部購入いたしますわっ!!」




「何言ってんですか、リディア様。そんなに買えるわけないでしょう。店にも迷惑です。バカですか?」


侍従長コゼットは顔を引きつらせながら呆れて言った。




「言ってみたかっただけよ。」


「はぁ……。よくは分かりませんが、まぁいいです。大人しくしていてください。」




コゼットに服をとっかえひっかえ合わせられているクルトは苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見ている。


ツッコミがないとやったかいもない。一度は言ってみたいセリフであったが二度と言うことはないだろう。




服選びは難航していた。


というのも、何を勧めてもクルト本人に意見を聞くと。




「いいよ……こんな高そうなやつじゃなくて。もっと普通のあるだろ。」


とばかり言って嫌がるのだ。


店に入った時からとにかく落ち着かない様子だった。




業を煮やして私が選ぼうとすれば、何を選んでも文句を言うのだ。


こんなの派手すぎる。これは落ち着かない。これならさっきのやつの方が良い。いやだ。いらない。と続くのだ。




最終的に「もうしょうがないからコゼットが選べ。」と匙を投げたのである。


すると、コゼットがフィッティングを始めた途端に大人しくなるのだ。複雑であるが、まぁ、それならそれで仕方ないと割り切った。


やることがないので悪役令嬢ごっこをしたらダダ滑りしたのである。




「しかし、リディアお嬢様がすっかり快復されたようで安心いたしました。一時はどうなるかと気を揉みましたので。」


暇を持て余し始めたのを見てか店主が親し気に話かけてきた。


話しぶりから知り合いなのだろうか。とりあえず、合わせることにした。


ここ数年でこういう立ち回りばかり上手くなってきている気がするのは複雑な気分である。




「ご心配をおかけしましたわ。もうすっかり快復いたしました。髪の色も珍しくて良いと思われるでしょう?」


「えぇ、えぇ。もちろんです。以前の黄金も美しかったですが、今の漆黒は様々な色によく合わせられますので仕立てのし甲斐があります。


いえ、失礼。もちろん、主役はリディア様ご本人でございます。こちらの服などは黒髪が良く映えると思いますがいかがですか?」




相手が触れて良いのか迷わないようにこちらから切り出したのだが、さすがは王都に店を構える商人である。


即座の切り替えしが上手いと感心した。




「えぇ、ではいただこうかしら。」


「ありがとうございます。」




店主はそれ以上は余計な言葉を用いなかった。引き際もうまい。


とはいえ、私とて煽てられて、ただただ物を買わされて良いとは思っていなかった。




「ところで、店主。最近町での流行を耳にしますか?」


曖昧な問いを投げるのは、店主に自由にボールを投げ返してもらうためだった。


この店主であれば、普段から耳ざとくしたうえで私に関係のある話題を出してくると思ったからだ。




「最近……と言われますと。やはり、リディア様の話題が多いですな。


私共などはレオ殿下の噂は常々聞いておりましたのでリディア様のお加減を憂いておりました。


ですので、此度のユリウス殿下とのお話は驚きでありましたが、同時に大変うれしく感じております。これからも是非当店を御贔屓にしてくださると幸いでございます。」




3年間屋敷に閉じこもりっきりだったので実際に町にいる人たちの関心や心情を把握したいと考えていた。世俗の情報が欲しかったのだ。


店主に言わせれば、『贔屓にしてもらってる令嬢の噂話が流れていて嬉しい』『これからも付き合いを続けたい』ということだから、少なくともリディア・パラケルスの評判は上々と見てよいだろう。


一時は嫡女が心神喪失か?伯爵領の未来は?などと話され、落ち目と見られていたのだから先日の社交界は成功とみて良いはずだ。




「えぇ、わたくしとしても、これからも良い関係を続けられると嬉しいですわ。」


現状に満足して店主が仕立てた服を受け取ろうとすると、店主が服を持ったまま離さず顔を近づけ小声で話しを続ける。


「貴族の中には、ユリウス殿下とリディア様の急接近をよく思っていない方々もございます。歴史の長い騎士系貴族の方々の心情には注意を払った方がよろしいかと。」


「……そう、心に留めておくわ。」


私の返事を聞くと店主は服を持った手を放し、もとの気の良い笑顔に戻った。




町に出たのはやはり正解であった。


人との関りは大事にせねばと改めて思う。




「リディア様、クルトの服はこれにしようと思います。いくつか買いましたが全てご覧になりますか?」


丁度良いタイミングでコゼットが戻ってくる。


たぶん、良いタイミングを計っていたのだろう。こちらも良くできた従者だ。




「家に帰ってからにするわ。とりあえず、今日着て帰るものだけ見ようかしら。」




顔を覗くとクルトの赤毛に良く似合う組み合わせだった。


地味すぎず、派手すぎない。


いいとこの少年……には見えないが、まぁ、これであれば連れて歩いても問題あるまい。コゼットのセンスはこれからも頼って良さそうである。




「……なんだよ。」


口をとがらせてクルトはこちらの様子を伺っていた。


普通に褒めた方が良いのか、変に褒めれば反発されるのだろうか、と一瞬悩んだが、細かいことをウジウジ考えるのは好きではない。




「いいじゃん。似合ってるよ。」


とだけ言うとクルトはフンッとそっぽを向いた。


気を悪くした、というわけではないようだ。肌触りが気に入ったのか袖を手のひらでさすっている。




「よし、ご飯行くぞクルト。何食べたい?」


「……なんでもいい。」




そっけなく答えるが、いらないと言われなかったので安心した。


とりあえず食べてはくれそうである。




◇◇◇




店を出て広場の出店で食べ物を買った。


テーブルがあるので一つとって座り、それぞれが買ったものを置く。




やはり、というべきか。クルトは店の前に立つと途端に居心地を悪そうにして選べなくなるので私と同じものにした。


キッシュのようなものだろうか、パイ生地に卵やチーズの生地を流し込んだものを具材と一緒に入れて焼き上げている。




「んー、これおいしいよ。ほら、クルトも食べな。」


なかなか手を付けないのでこちらから促してみた。いつまでも口を結んでパイを見つめられても困る。




クルトは目を泳がせて、切り分けたものから一番小さいものを手に取って口に運んだ。


最初の一口があまりに小さかったので「食べられてる……それ?」と疑ったが、お腹がすいていたのか二口目からは口をあんぐりあけて頬張って食べてくれたので安心した。




「……。」




しかし、コゼットは顔を引きつらせてクルトの食事姿を見ている。食べ方が汚いのだ。


私としては、そういうところはおいおい直していけばよいと考えていたが侍従長からすると、やはり屋敷の品位に関わると感じたのだろう迷った末にクルトを窘めることにしたようである。




「クルト。下手でもいいから手を使わずナイフとフォークを使いなさい、はしたないですよ。」




クルトはハッとしておずおずと手をしまったが、一瞬、私を盗み見て目が合うとキッシュに視線を戻し、一番大きな切れ端を手でつかみ、まるごと口に突っ込んだ。


コゼットの顔は更に引きつり、歯が見えていた。




「そんなにお腹すいてるなら私の分も食べていいよ。」


そういって皿を指で押してクルトに寄せる。


余程意外だったのかクルトは目を丸くしてこちらを見ている。




服屋での一件の時から感じていたが、クルトはなにかと私の反応を伺おうとする。


意識的にやっているわけではないのだろうが、たぶん本人なりにいろいろ探っているのだろう。


だから、わたしもいちいち大げさに反応はしないように心がけた。


まずは安全なのだと気持ちの面で納得して落ち着くまで待つことにしたのだ。




「その代わり、ナイフとフォークは使えよ?」




クルトは少し目を泳がせるとゆっくりとした動作で食器を使って食べ始めた。


慣れないのかぎこちない様子だったが、こういうのも少しずつ慣れていけばよいと考えている。




コゼットは少し驚いた様子で私を見ていたが、軽く微笑むと自分の食事に戻った。




ゆっくりと時間が過ぎていくのを感じる。




昼下がりの心地よい日の光があたる落ち着いた時間であったが、そんな時間も大仰な声が広場に響いて幕を閉じた。




「あーら、これはこれは、誰かと思えば煤被り姫ではありませんか? 男漁りばかりしているのかと思いましたが今日は誰も連れておりませんのね? ユリウス殿下にも愛想を尽かされましたの?」




どうやら、面倒ごとに巻き込まれたようである。


店主の言葉をもう少しシビアに受け取っておくべきだったようだと考え、誰にも聞こえないように舌打ちをして忠告の重要度を自分の中で引き上げた。

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