⒉初めまして、もしかして精霊さんですか?
前の回で文章を付け足したので、読んでないと結構時間が跳躍してます。読んでなかった人は是非!読んで下さい(宣伝の思惑)。
「強力粉をふるいにかけます」
「はい」
「強力粉の入ったボウルに塩と砂糖、酵母を入れ、ぬるま湯をかけます」
「はい」
「竜巻を起こしてかき混ぜます。三、二、」
「はい、じゃない駄目ですぅ!」
すっかり仲良くなった二人は、約束通りにパンを作っていた。リアナが何年も前に麻で作ったエプロンは、ヴェリーこそジャストサイズだが、リアナには心持ち窮屈だ。
ただ、数え切れないほどたくさん針で指を刺した記憶があるので、当分は新しいエプロンを作る予定はない。
「では、どうやって混ぜるのですか?」
ヴェリーが首を傾げた。
「もう! ヴェリーは学びませんね。コレで混ぜるのですよ、コレで」
パン作りのために一致団結した二人は、なんと開始一分で仲間割れしていた。
喧嘩するほど仲が良いということだろうか?
そういうことにしておいてあげよう。
「次に、こねる工程です」
「はぁい」
リアナの返事が雑になったのはきっと気のせいである。リアナは良い子だから。
「自分が出せる最大限の力でこねましょう。辛かったことなどを思い出したら良いそうですよ」
良い子なリアナはヴェリーに大義名分を貰えたので、己が感じていた負の感情の全てを掌に流し込んだ。
具体的には、ヴェリーに布団を剥がされたことへの恨みとか、ヴェリーが天然ボケを連発していることへの苛立ちとか……。
バンッ!
「これはこれは、元気な音が出ましたね」
リアナは無言でニコリと笑った。
「リアナ? 悩みがある顔をしています」
「そうですね?」
リアナは顔に浮かんだえくぼを消した。
「きついなら相談して下さい。この契約精霊が全力でお応え致します」
相談相手次第では、ありがたい言葉である。本来なら、安心感で抱きつくところのはずだ。本来なら。
しかしリアナは、額に青筋を浮かべた。
「はい。なら、お願いを聞いてくれますね?」
「なんなりと」
リアナは口角をグイッと持ち上げて、一歩退く。窓の外の木に、一羽の小鳥が止まった。
「初めまして、もしかして精霊さんですか?」
「えぇ?」
「どうやら当たっていたようです。しかし、貴女はなんだか精霊には見えませんね。敢えて例えるなら、人の感情を黒く塗り潰す悪魔のようだ」
口しか笑っていない顔でそこまで捲し立てると、リアナはヴェリーに近付いた。
「お願いですから、どうか真っ当な上位精霊になって下さい」
(あぁ、清々しました。我ながら完璧な伝え方です)
ヴェリーは美しい口をあんぐりと開けてリアナを見つめている。いつもの無表情じゃないから、反省していそうだ。リアナは心の中で勝利の雄叫びを上げる。
「私が悪魔だとは、不本意ですね」
自称真っ当な上位精霊の第一声は、これだった。リアナは期待の眼差しを向ける。
「しかし、私のどこが改善点か、よく分かっていないのです」
ヴェリーにしては真面目な台詞だ。よしよし、と頷いてリアナは続きを促す。
「私の考察を述べても良いですか?」
リアナは悪意の籠もっていない綺麗な笑顔で頷いた。
「私はずっと、リアナを育ててきました」
「そうですね」
「だから、個人的には人間に寄り添ってきたつもりです」
「一理あります」
「その私に反抗するのはよろしくありません」
リアナの綺麗な笑顔が崩れ落ちた。木の枝に止まっていた小鳥が、拙い羽ばたきで上昇する。
「頑張っているのに認めてくれないとは、親不孝にも程があると考えます」
リアナは泣きそうで、口をつぐんだ。
(私がヴェリーを叱るつもりだったのに、今の状況では立場が逆転してません?)
「分かりましたか、リアナ?」
「うぅ、はぃ……」
ヴェリーは得意げに頷いた。丁度、リアナがヴェリーにしたように。
「素直な子は好きですよ」
リアナは歯をキリキリと噛み締めて、涙を抑えた。
そのとき下を向いた衝動で、まな板の上のへこんだパン生地が目に入る。
「あぁ、私達、パンを作っていたんでしたね……」
リアナの精神は、パン生地よりもへこんでいた——。
その後の、発酵や成形の工程は、静かに平和に滞りなく進んだ。
なぜなら、リアナはゲンナリとしていたし、ヴェリーも言い過ぎたと思ったのか母親の優しさをを全身で表現していたから。
それは、外の小鳥の囀りが響いているほど、静かだった。
***
この世界の生物を分ける方法の一つに、"魔器"という考え方がある。魔器とはその名の通り、魔力を溜められる器のことだ。
しかし、生物の中で魔器を持っている物はごく僅か。なぜなら、後天的に身に付けることが不可能だからだ。
故に、生まれつき魔器を持っている人は、一部の例外を除くと、魔術師になる。
そして、精霊を除く生物は魔力を使いすぎたり吸収し過ぎたりすると魔力不足や魔力中毒になって命に影響を及ぼしてしまうことがある。例えるなら、器にはいつも一定のスープが入っていなければならなくて、極端に少ないせいで器が割れることが魔力不足。逆に多過ぎて、溢れた分の魔力を異常に欲してしまう事態が魔力中毒だ。
魔器の大きさは人それぞれで、そもそも持っていない人がほとんどだし、あったとしても見つけ切れないくらいの小さい器ばかりだ。大きな器を持つ人は必ずどこかで素晴らしい業績を残して英雄となる。
約四半世紀前、その大きな魔器を持つ稀有な人達からも〈神の娘〉と言われた天才魔術師がいた。彼女の名はエリナ・カリスティア。彼女の体には魔器がない。
だが、これは大多数の平民の"魔器が備わっていない"とは訳が違う。
エリナは人類でただ一人、無尽蔵に魔力を溜めることができるのだ。
彼女が八歳になったとき、その才能は発掘された。
ここ、ロエルーカ王国では、子供が八歳になる年に、魔術量を測る儀式が執り行われる。エリナが魔石に手を触れたときの大人たちの驚きようと言ったら、尋常ではなかった。
それを喜んでいない者が一人いた。エリナ本人だ。周りからの拍手喝采を浴びる中、己の小さな手を畏怖の目で見下ろして、口を曲げている少女を、親さえも見ていなかった。
彼女が人前で魔術を使うことはなかった。その理由の噂は、有力貴族に制限されている、強大な魔術を人に当てない優しさだ、など色々な方面に派生していたが、彼女の本心は誰一人知らない。
彼女は十六歳の夏、底のない魔術を依然として人に見せないまま、街を去った。その後、彼女がどのような人生を歩んだかは、やはり誰も知らない。失踪の原因の噂は、隣国の刺客に拉致された、魔物を倒す冒険に出掛けた、などまたもや多岐に渡った。神の娘の噂は派生してしまうものなのだ。
それでも、失踪から六年が経ったある日、本人から王都に一報が入った。
——八月十三日に子供を産む。名はリアナ。関係者各位に感謝申し上げる。
素っ気ない事務的な三文だ。それだけでも、人々は歓声を上げた。〈神の娘〉の生存確認できただけでも大きな収穫。さらにこの連絡は、もう一つの解釈ができる。
——子供が産まれたら、王都に帰る。
エリナの前向きな暗示。これを知った国民が感極まらない訳がなかった。
全国の病院を調査してエリナの居場所を突き止めると宣言する貴族も現れたが、緊急会議の結果、彼女を待つことになった。もし帰って来なかったらどうするのだ、という反論も、それが〈神の娘〉の意向ならそうさせれば良い、という王の意見で静まった。
しかし、エリナは永遠に帰還不可能になってしまった。
エリナが通院していた小さな病院からの突然の訃報だった。子供を産んだ直後だったそうだ。
人々は呆然とする他、術がなかった。
では子供はというと、看護婦たちが持ち上げようとしたときに風のように消えたのだという。閉めていたはずなのに開いていた窓の外にもいなかった、らしい。
という伝説の少女をとある事情で探すべく、国内最高峰パーティ「七星騎団」が一人、〈微風〉ルシア・レンハイトが情報を集め回り始めて一週間が経つ。
しかし、情報を持っているからと言われて金貨を出してもハッタリだったり、ただの地図を有り得ないほど高額で売られたりで、情報集めが得意だけど短気な彼は、堪忍袋の尾が半分切れていた。
王都周辺は調べた彼は、次は〈第二の王都〉ラドかと当たりを付け、エルメからラドへ飛行魔術で飛んでいた。馬車で行っても良かったのだが、途中のドラヴァーン断壁で大きく迂回しなければならないところが面倒だったのである。
というわけで、ルシアがドラノアイの森の上空を颯爽と通っていると、その森の中に一軒の小屋が見えたような気がした。
ドラノアイの森には、〈死人の台地〉という別名がある。誤って入ったら即、魔物の餌食となるからだ。流石の「七星騎団」でさえも全員無事に帰って来られるかどうか、分からない。
そんな危険な所に人が住むわけないだろ……、とルシアは自分に言い聞かせ、通り過ぎた。
しかし、しばらく飛行していると、再び脳裏にあの小屋が浮かんできたのだ。
なるほど確かに、言われてみればものすごく気になる。魔物が家を作るわけないから、人間が住んでいるか、もしくは少し前まで住んでいたか、の二択になる。
そうとなったら突撃するのみ!
ルシアはニヤリとした。彼は情報調査をするときは全身の血が騒いでしまう性分なのだ。
ルシアは、自身の肩に留まっていた使い魔を軽く叩いた。
「ピッ」
「いい返事じゃねぇかよぉ、焼き鳥」
ちなみに、ルシアの"軽く"は常人の全力の二倍ほどある。
「ピィィ」
「そこの小屋を覗いて来い」
今通った方を顎でしゃくりながら、ルシアは命令した。
「ピヨッ」
小鳥が勢いよく羽ばたく。それを舐め回すように見たルシアは、言葉を付け足した。
「少しでも見落としがあったら、唐揚げにしてやるからなぁ?」
小鳥が心持ち、スピードを上げた。
かくいう小鳥はというと。
(ピヨ、ピピヨロロロ……、ピッピィ!)
言語化すると、こうなる。
(どうしよう、リアナとかいう人の顔すら分からない……、ころされるぅ!)
自身の豆より小さい目を鵜の目鷹の目にして、頑張っていた。
そして、小鳥は遂に、目標のログハウスを見つけた。
窓から中を覗ける位置にある小枝で足を休めると、どうやら人間が二匹いる。
その二匹は、仲良く笑い合っているように見えた。
(ピピヨ、ピヨピヨ?)
つまり。
(リアナかな、もう一人は誰だろう?)
自分の力で分かることではないので、ご主人様に考えさせようと思って、木々の上で自分の出せる最大音量で鳴いた。
ご主人様が見えないなぁと、密かに思いつつ。
ルシアは森の上空で、ワイバーンに見つけられないくらいの高速で飛び回っていた。単独での魔物討伐は駄目、絶対。
(あぁ、面倒くせぇなぁ! さっさとしろ、肉用若鳥!)
負けん気の強い彼でも、まぁまぁ怖い。
恐怖心を振り落とすように、三分間の超高速飛行を続けた。
「ピ、ピピピピピィ……」
(今、聞こえたなぁ?)
小鳥の頼りない言葉だけで、ルシアは方向と距離を把握した。そして、今度は超高速着地。木々に砂埃が当たって、跳ね返り、ルシアの目に入った。
(痛ぇ…………あぁ?)
ルシアは砂のせいで赤くなった両目をカッと開く。小屋の傍で、何かが蠢いているのだ。
(なんだぁ、アイツ? レッサーボア⁉︎)
ルシアが敵と認識してもう一度見たとき、それはドドドドド……と音を立てながら森に逃げた。
「おい、待てこの野郎!」
怒声も虚しく、二度目の砂埃に目を痛めた隙に、逃げられた。
しかし、今日の目的は魔物討伐ではない。ルシアは大股で小屋の入り口に向かう。
小鳥が再び肩に乗った。青い羽がキラリと輝く。
「唐揚げはお預けになったなぁ? 残念だなぁ?」
「ピィッ」
ルシアは上機嫌にカラカラ笑いながら、扉の握りに手を掛けた。
(開いてんじゃねぇかよ)
ギィッ——。
「あっ」
中には、小柄な少女が一人、座っていた。彼女はルシアを振り返り、何を思ったのか台所の方に視線を泳がせ、それから立ち上がる。
「よぉ、住人」
彼女はルシアの無礼な態度に少しも動じずに、微笑んだ。
「初めまして、もしかして精霊さんですか?」
ルシアの堪忍袋の尾が、切れた。
新キャラの暴走癖が窺えられる回となりました。
これからは、なるべく月曜日と木曜日に更新する予定です。用事があってズレる可能性はあります。ご了承下さいませ。