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8 託された声



 思考が停止した。

 カイの世界から、サーバーの駆動音も、天井から滴る水の音も、何もかもが消え失せる。

 ただ、モニターに映る「エリアナ・セレスティア」と名乗る女性の顔と、頭蓋に響くその声だけが、カイの全てだった。


『――再生ログ、01。私の名前は、エリアナ・セレスティア。もし、あなたがこれを見ているのなら……私の愛しい「小さな星(アステル)」。無事に育ってくれたのですね』


 アステル。

 その響きに、カイの心臓が大きく跳ねた。忘れていたはずの名。記憶の残響の奥底で、確かにそう呼ばれていた気がする。

 映像の中のエリアナは、まるでカイが目の前にいるかのように、優しく、そして悲痛な表情で続けた。


『あなたを一人にして、ごめんなさい。でも、あなたを守るためには、こうするしかなかった。私は、「プロジェクト・アマリリス」……上層区が、人の魂を兵器に組み込むために始めた、恐ろしい計画の中心メンバーでした』


 エリアナの言葉は、カイが漠然と抱いていた疑念を、残酷な確信へと変えていった。下層区で起きている失踪事件。非合法なカスタムギア。その全てが、このプロジェクトに繋がっている。


『彼らは、バトルギアとの適合率を強制的に引き上げるため、下層区の子供たちを……。私は、その非道に耐えられなかった。この計画の全てを記録した「オリジナルデータ」を、このレクス7に隠し、あなたと共に下層区へ逃がしました』


 彼女は涙を堪えながら、必死に言葉を紡ぐ。


『このログは、そのオリジナルデータを開放するための、最初の鍵にすぎません。聞いて、アステル。全てを終わらせるには、プロジェクトの心臓部……セクターガンマの最下層に廃棄された「沈黙(サイレント)()聖域(サンクチュアリ)」を見つけなければなりません。このレクス7だけが、その場所の扉を開けることができる』

『お願い、カイ。真実を――』


 その言葉が言い終わる前に、突如、映像がブツリと途切れた。

 カイを現実へと引き戻したのは、隣にいた専門家の、合成音声とは思えないほど切迫した声だった。


「まずい。ここまでだ」


 専門家は素早くユニットを引き抜き、コンソールをシャットダウンしていく。その冷静だったはずの動きには、明らかな焦りが滲んでいた。


「どういうことだ?」

「このファイルの暗号は、ただの鍵じゃなかった。開いた瞬間、発信源を探知する信号が作動する仕組みになっていた。……もう、来ている」


 専門家の言葉を証明するかのように、遠くから重く硬質な地響きが伝わってきた。複数――いや、一個小隊規模のバトルギアが、この区画一帯に降下してきている音だ。


「誰が……調停者か、それとも」

「どちらでも結果は同じだ。私たちは『知りすぎた』。ネズには報酬はきっちり請求する。だが、ここからは別行動だ。幸運を祈る」


 専門家はそう言うと、カイとは逆方向のダクトへ、音もなく姿を消した。

 一人残されたカイの耳に、建物の外で何かが破壊される轟音が響く。追手はもう、すぐそこまで迫っていた。


 カイは歯を食いしばり、転送されたばかりのログデータを自身の端末にしまい込む。

 エリアナの顔。アステルという名。託された言葉。

 混乱する思考の中で、しかし、カイの心は不思議なほど澄み渡っていた。


 もう、ただ生き延びるために逃げるのではない。

 カイは自身の過去と向き合い、母親が託した真実を暴くために、自らの意志でこの戦場を駆け抜ける。


 決意を固めたカイは、追手の包囲網が完成する前に、闇の中へと駆け出した。

 孤独な戦いは、今、確かな目的を持った「使命」へと変わった。

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