53 地底からの咆哮
セクターD、旧搬入路。
かつて物流の大動脈だったこの場所は、今や軍の臨時基地によって完全に封鎖されていた。 重厚なバリケード、自動機銃座、そして探照灯の光が、雨の降りしきるアスファルトを冷たく照らしている。
「……異常なし、か」
見張り台に立つ兵士が、退屈そうに欠伸を噛み殺した。
「本当にここから出てくるんですかね? もう二ヶ月ですよ。地底で野垂れ死んでるんじゃないですか?」
「口を慎め。相手は一個小隊を全滅させた化け物だぞ」
上官がたしなめた、その時だった。
ズズズ……。
足元の地面が、微かに震えた。
地震か? いや、違う。振動は一定のリズムを刻んでいる。まるで、地底から巨大な何かが、岩盤を砕きながら浮上してくるような――。
「……熱源反応! 真下です! 急速接近!」
オペレーターの絶叫が響く。
「総員、散開ッ! 来るぞ!」
指揮官が叫ぶのと、基地の中央のアスファルトが爆発するのは同時だった。
轟音。
噴き上がる土砂とコンクリートの雨。
その土煙の中から、一つの巨大な影が、ゆっくりと、しかし圧倒的な威圧感を持って立ち上がった。
錆びついた装甲。無骨なフォルム。
古びた旧式の機体。
だが、そのカメラアイだけが、以前とは異なる、鮮烈で凶悪な翠の光を放っていた。
「……ターゲット確認! レクス7だ! 撃てッ! 蜂の巣にしろ!」
四方八方から、一斉射撃が開始される。
大口径のマシンガン、対ギア用ミサイル。轟音と閃光が、レクス7を包み込む。
だが、コックピットの中は、奇妙なほど静かだった。
(……遅い)
カイは、襲い来る無数の弾道を、スローモーションのように認識していた。
『第伍世代ニューラル・プロセッサ』が、外部センサーの情報を脳に直接流し込み、戦場の全てを立体的に把握させている。
カイは、操縦桿を握っていない。
ただ、思考するだけだ。「前へ」と。
レクス7が動いた。
それは、機械の動きではなかった。獣の跳躍だった。
爆炎を切り裂き、瞬きする間に包囲網の真っ只中へと踏み込む。
ミサイルの直撃を受けるが、その衝撃は機体を揺らすことすらなく消滅した。『共振性チタン合金』のフレームが、着弾の瞬間に分子振動を起こし、エネルギーを拡散・無効化したのだ。
「……馬鹿な! 装甲が抜けない!?」
兵士たちが恐怖に顔を歪める。
カイは、目の前の装甲車を見据えた。
武器は使わない。
右腕を振りかぶり、ただ、殴る。
――ドォォォォンッ!
一撃。
たった一撃の拳打が、数トンの装甲車をひしゃげさせ、紙くずのように吹き飛ばした。
圧倒的な質量と速度。そして、それを完全に制御する「主」の意思。
『……ハッ、いいザマだ』
通信機越しに、隠れ家でモニターを見ているリアの笑い声が聞こえる。
『出力係数、反応速度、フレーム剛性……全てが計算通り、いやそれ以上だ。これなら、上層区の最新鋭機だろうが紙切れ同然だぞ』
カイは、返事の代わりに、次なる獲物へと視線を向けた。
基地に配備されていた、数機の量産型バトルギア。
かつては死闘を繰り広げた相手が、今はただの「止まった的」にしか見えない。
(……行くぞ、相棒)
カイの思考に、機体が歓喜で応えるように唸りを上げた。
それは、一方的な蹂躙の始まりだった。
下層区の闇に、反逆の狼煙となる爆炎が、次々と咲き乱れていく。




