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レイン・リベリオン  作者: まくら
第二部 『主の資格』
51/55

50 第九カーブの死角



 セクターDとEの境界。かつて地下鉄の線路と並走して作られた、巨大な地下搬入路。

 今は廃棄され、照明も落ちたその暗闇の中を、冷たい雨音だけが満たしていた。

 時刻は、深夜0時。


 カイは、トンネルの天井付近、錆びついた換気ダクトの上に伏せていた。

 眼下には、緩やかなカーブを描く道路――「第九カーブ」が広がっている。

 ここは、地下水脈の影響で常に磁場が乱れ、上空のドローンの監視の目が、わずか数秒間だけ途切れる死角だ。


『……来るぞ。時間通りだ』


 ノイズ混じりの通信機から、リアの声が響く。

 彼女は数キロ離れた隠れ家から、奪った暗号キーを使って敵の通信を傍受していた。


 遠くから、重い振動が伝わってくる。

 やがて、闇の向こうから、強力なヘッドライトの光芒が現れた。

 先頭に、重装甲のカスタムギアが二機。

 その後に、巨大なコンテナを積んだ装甲輸送車が二台。

 そして殿(しんがり)に、さらに二機の番犬。

 完璧な護衛陣形だ。正面から挑めば、ものの数秒で挽き肉にされるだろう。


 だが、カイの心拍数は、平常時と変わらなかった。

 彼はパルスガンのスコープを覗き込み、指をトリガーにかける。

 狙うのは、敵ではない。


(……3、2、1……ドローン通過)


 上空の監視の目が逸れた、その瞬間。

 カイは、天井の支柱に仕掛けておいた、指向性爆薬の起爆スイッチを押した。


 ――ドォン!


 乾いた破裂音と共に、トンネルの天井の一部が崩落した。

 巨大なコンクリート塊が、先頭の番犬二機の目の前に落下する。直撃ではない。道を塞いだだけだ。

 輸送車が急ブレーキをかけ、隊列が詰まる。


『敵襲! 前方に障害物!』


『ドローン、映像を送れ! ……クソッ、磁気嵐で映らない!』


 敵の通信が混乱する。教科書通りの兵士たちは、視界を奪われ、足を止められたことで、一瞬の思考停止に陥った。

 その隙を、カイは見逃さない。


 カイはダクトから飛び降りると、ワイヤーを使って音もなく空中に舞った。

 着地したのは、殿を務めていた番犬の一機、その背中だ。

 カイは機体の首元――排熱のためにわずかに開いた装甲のスリットに、正確にナイフを突き立てた。  そこにあるのは、メインカメラの伝達ケーブルだ。リアとの解剖学で叩き込まれた知識が、分厚い装甲の裏にある「急所」を彼に教えていた。


「なっ!? 視界が……!」


 視力を奪われた番犬が、パニックを起こして腕を振り回す。その腕が、隣にいたもう一機の番犬を直撃した。

 同士討ち。隊列はさらに混乱の渦に叩き込まれる。


 カイは、混乱する二機を放置し、輸送車の影を縫って前方へと走る。

 彼の姿は、敵の熱源センサーには映らない。リアの特製ジャミングコートと、カイ自身の心拍制御が、彼を周囲の瓦礫と同化させていた。


 先頭集団では、道を塞がれた二機の番犬が、警戒態勢をとって銃を構えていた。


「どこだ! どこから撃ってきた!」


 彼らは「敵部隊」を探している。たった一人の人間が襲撃してくるとは、夢にも思っていない。


 カイは、輸送車の底を滑り抜け、先頭車両の真横に出た。  そこには、番犬の脚部関節が、無防備に晒されている。

 カイはパルスガンの出力を最大にし、躊躇なく引き金を引いた。


 閃光。

 一機の番犬が、膝から崩れ落ちる。

 もう一機が反応して銃口を向けるが、そこにはもう誰もいない。カイはすでに、崩れ落ちた機体の影へと移動していた。


『……馬鹿な。熱源反応なし。敵が見えない!』


『亡霊か!?』


 恐怖が、兵士たちの判断を鈍らせる。

 カイは、影から影へと移動しながら、的確に、敵の「(センサー)」と「足」だけを破壊していった。

 殺す必要はない。動けなくすれば、ただの鉄屑だ。


 戦闘開始から、わずか三分。

 四機の番犬は、互いにぶつかり合い、あるいは膝をつき、完全に機能不全に陥っていた。

 輸送車のドライバーたちは、恐怖にかられてキャビンをロックし、震えているだけだ。


 カイは、静寂を取り戻したトンネルの中で、パルスガンの放熱フィンを戻した。

 汗一つかいていない。

 これが、リアと作り上げた「狩り」の成果だった。


『……終了だ、カイ。上空のドローンが戻ってくるまで、あと二分。……積荷を奪え』


「了解」


 カイは輸送車の荷台に近づくと、奪った暗号キーを使って電子ロックを解除した。

 プシュー、という音と共に扉が開く。

 その中には、厳重に梱包された軍用コンテナが鎮座していた。

 ケースの刻印を確認する。『イリジウム高密度結晶体』『第伍世代ニューラル・プロセッサ』。

 間違いなく、リストにある素材だ。


 カイは、リアが手配していた自律型の運搬ドローンにコンテナを積み込むと、動けなくなった番犬たちに背を向けた。


「……あばよ、エリート共」


 捨て台詞を残し、カイは闇の中へと消えていく。

 ドローンの監視が戻った時、そこには機能不全に陥った精鋭たちと、空っぽになった荷台だけが残されていた。

 対ギア戦闘のプロフェッショナルたちが、たった一人の狩人に翻弄され、敗北したのだ。

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