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レイン・リベリオン  作者: まくら
第二部 『主の資格』
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49 狩りの地図

 地下の隠れ家に戻った時、カイの肩には、気絶した大柄な男が荷物のように担がれていた。

 迎えたリアは、カイの無事には目もくれず、彼がもう片方の手に持っていた「黒いデバイス」だけに視線を固定した。


「……上出来だ。思ったより早かったな」


「荷物が重かったからな。急いだだけだ」


 カイは男を部屋の隅にあるパイプ椅子に乱暴に座らせると、手際よく拘束バンドで手足を固定した。  その動作には、一切の躊躇いがない。まるで、ただの物品を梱包するような手つきだった。リアは、そんなカイの様子を興味深そうに一瞥したが、すぐにデバイスを受け取り、解析用のコンソールへと向かった。


 やがて、男がうめき声を上げて意識を取り戻した。

 彼は状況を理解できず、周囲をきょろきょろと見回し、そして目の前でモニターを操作する赤い髪の女と、扉の前で腕を組んで立っている無表情な少年を見て、顔色を変えた。


「お、お前らは……! オークションの……!?」


「騒ぐな。鼓膜が破れる」


 リアは振り返りもせずに言った。


「安心しな。お前の命にも、お前が知っているチンケな情報にも興味はない。用があるのは、お前の『生体認証』だけだ」


 リアは男に近づくと、小型のスキャナーを男の瞳に押し当てた。

 男が悲鳴を上げる間もなく、網膜パターンがスキャンされる。

 ピピッ、という電子音と共に、リアの手元のデバイスのロックが解除された。


「……よし。認証クリア。これで軍の専用回線への『裏口』が開いた」


 男の役目は、それで終わりだった。リアは男の首筋に麻酔針を打ち込み、再び強制的に眠らせた。 彼女にとって、人間はパスワードを入力するためのキーボードに過ぎなかった。


「見ろ、カイ。これが奴らの『血管』だ」


 リアがメインモニターに表示させたのは、下層区の地図の上に網の目のように広がる、複雑な光のラインだった。

 それは、軍の非公式部隊が使用している、極秘の補給ルートの全貌だった。


「奴らは、上層区から定期的に物資を降ろしている。食料、弾薬、そして……レクス7の再生に必要な、希少なパーツ素材」

 

 リアの指が、一本のラインをなぞる。


「明後日の深夜0時。第404輸送部隊が、セクターDとEの境界にある『旧搬入路』を通過する。積荷リストには……あったぞ。『イリジウム高密度結晶体』、それに『第伍世代ニューラル・プロセッサ』」


「……なんで、そんな高級素材が下層区に?」


「奴らのカスタムギアのメンテナンス用さ。高性能な機体ほど、ここの汚れた空気じゃすぐにガタが来る。奴らが自分たちの機体を直すために運んでくる最高級の予備パーツ……それを、あたしたちが頂くんだ」


「……そもそも、なんであいつらは、こんな掃き溜めにずっと居座ってるんだ? 表向きの治安維持にしては、装備が過剰だろ」


「実態は違うからな」


 リアは、地図上のいくつかのポイント――軍の拠点が疑われる場所――を指差した。


「奴らはここで何かを守り、何かを隠している。……例えば、上層区じゃおおっぴらにできない非人道的な実験施設や、裏金のなる木をな。長期駐留しているのは、この街のゴミ掃除のためじゃない。自分たちの汚れ仕事を、闇に隠し続けるためさ」


 カイが息を呑む。

 だが、今はその巨大な闇よりも、目の前の目的だ。

 リストにある素材は、彼らが求めていた「買い物リスト」の最重要項目だった。


「……護衛は?」


「装甲輸送車が二台。護衛のバトルギアが四機。……それに、上空には監視ドローンが常時展開している」


 それは、カイ一人が生身で挑むには、あまりにも無謀な戦力差だった。

 だが、カイの目に恐怖はなかった。あるのは、獲物を値踏みするような、冷徹な計算だけだ。


「……四機か。正面からじゃ勝てない」


「当たり前だ。だが、お前はもう兵士じゃない」


 リアは、ニヤリと笑った。


「お前は狩人だ。奴らのルート、時間、編成、全てが分かっている。……罠を張る場所も、時間をかける準備も、全てこっちが決められる」


 リアは、地図上のある一点を指し示した


「ここだ。旧搬入路の『第9カーブ』。ここは構造的に電波障害が起きやすく、ドローンの監視が一瞬だけ途切れる死角だ。……ここで、奴らの足を止める」


 カイは、その地図を頭に叩き込む。

 シミュレーターで学んだ戦術、実戦で培った殺しの技術、そしてリアの用意周到な計画。

 全てのピースが、一つの絵を描き出していく。


「……分かった。狩りの準備をしよう」


 カイは静かに言った。

 その横顔は、以前のような「生きるために必死な少年」のものではなく、目的のために淡々と作業を遂行する、プロのものになっていた。

 眠っている連絡員の男は、後でカイの手によって、セクターJのゴミ捨て場にでも廃棄されるだろう。彼が目覚めた時、全ては終わっている。あるいは、彼が持ち帰る「恐怖」の報告こそが、リアの狙いなのかもしれない。


 工房の照明が落とされる。

 モニターの青白い光だけが、二人の共犯者の顔を照らし出していた。

 獲物は決まった。場所も決まった。

 あとは、牙を研ぐだけだ。

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