45 隠された巣
緊急脱出シュートの中は、完全な暗闇だった。
金属の筒を、カイの身体が、まるで弾丸のように凄まじい速度で滑り落ちていく。爆風の熱と、自ら焼き払った巣の光景が、まぶたの裏に焼き付いていた。
どれほどの時間が経ったか。
やがて、傾斜が緩やかになり、カイはシュートの終着点――下層区の、さらに下層にある、巨大な廃棄物処理層の、ゴミの山へと勢いよく放り出された。
(……生き、てる)
全身を打つ痛みに顔を歪めながら、カイはガラクタの山から這い出す。
ここは、溶接横丁からは遥か遠く、彼も足を踏み入れたことのない、未知のセクターだった。
たった今しがたカイ自身が引き起こした隠しドックでの大爆発と、工房本体への同時襲撃のせいか、この区画を管理するギルドのものと思われる警備ドローンのサーチライトが、遠くの空を忙しなく飛び交っている。
カイは、リアから渡された通信機を起動した。
「……リア。聞こえるか」
返事はない。通信機は、リアとの合流地点の座標データを表示するだけだった。 カイは、追手に見つかる前に、その場を離れた。 §
その頃、リアは、カイがいる場所とは全く異なる、下層区の最下層、旧時代の地下鉄網の暗闇の中にいた。 彼女は、解体されたレクス7の「心臓」や、あの「魂の設計図」が入ったデータチップ、そして最低限の解析機材を積んだ、頑丈な貨物カートを、錆びついた線路の上、一人で押していた。彼女の唯一の光源は、額につけたヘッドライトだけだった。
――キィィィ……
不意に、トンネルの奥から、金属を引っ掻くような、甲高い音が響いた。
リアは、足を止めた。
ライトが照らし出した闇の中に、複数の、赤い点が浮かび上がる。
セクターCでカイが遭遇した「スクラップ・ストーカー」。この旧時代のインフラ網を巣食う、厄介な捕食者たちだ。
リアは、舌打ち一つすると、カートから手を離し、腰のホルスターから、特注の大口径リボルバーを引き抜いた。
「……あたしは、急いでるんだ。道を空けな、ガラクタども」
閃光と轟音が、古代のトンネルに響き渡った。
**********
カイは、座標が示す場所へとたどり着いた。
そこは、セクターCとJの中間に位置する、忘れ去られた工業区画の、ただの瓦礫の山だった。
「……ここか?」
どう見ても、合流地点どころか、人が入れる場所すらない。
(……あの魔女、俺を騙したのか……?)
彼がリアに抱いていた、根源的な不信感が、再び頭をもたげる。
――『お前の『代わり』は、また探せばいい』
リアの言葉が蘇る。陽動としての役目を終えた自分は、ここで捨てられたのか。
カイは、怒りに任せて、目の前のコンクリートの壁を殴りつけた。
その時だった。
彼が殴った壁の一部が、わずかに、しかし機械的に、内側へと凹んだ。
(……隠しスイッチ?)
カイは、その周囲を調べ、コンクリートの模様にカモフラージュされた、指紋認証パネルを発見した。
リアから渡された通信機の裏面を、そこに押し当てる。
重い地響きと共に、カイの目の前の壁が、スライドして開き始めた。
そこには、地下へと続く、清潔で、乾いた空気が流れる階段があった。
カイは、パルスガンを構え、慎重にその中へと足を踏み入れる。
階段を降りた先は、旧時代の、地下データサーバー室だった。
無数のサーバーラックが静かに眠り、リアの手によって、工房の医務室やシミュレーターポッドの一部が、すでに運び込まれている。
独立した地熱発電によって、電力も確保されている、完璧な隠れ家。
リアが言っていた、本当の巣だった。
カイが、安堵と疲労でその場に座り込んだ、その時。
部屋の反対側にある、地下鉄のトンネルへと続く、もう一つの隔壁が、ゆっくりと開き始めた。
リアが、あの貨物カートと共に、姿を現した。
彼女は、カイを一瞥すると、いつもの調子で言った。
「……遅かったな、カイ。あたしは、三十分前には着いてたぞ」
「うるさい……。こっちは、あんたの飛行機を爆破してきたんだ」
リアは、フン、と鼻を鳴らすと、レクス7の「心臓」が眠るコンテナを、愛おしそうに撫でた。
「まあいい。これで、『魂』も『肉体』も、あたしの巣に揃った」
彼女は、カイが持ち帰った、あの天文学的な量の「素材リスト」のデータを、目の前のホログラムに表示させた。
「……歓迎するよ、カイ。あたしの、本当の研究室へ。――さあ、仕事の続きだ」




