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レイン・リベリオン  作者: まくら
第二部 『主の資格』
46/55

45 隠された巣



 緊急脱出シュートの中は、完全な暗闇だった。

 金属の筒を、カイの身体が、まるで弾丸のように凄まじい速度で滑り落ちていく。爆風の熱と、自ら焼き払った巣の光景が、まぶたの裏に焼き付いていた。

 どれほどの時間が経ったか。

 やがて、傾斜が緩やかになり、カイはシュートの終着点――下層区の、さらに下層にある、巨大な廃棄物処理層の、ゴミの山へと勢いよく放り出された。


(……生き、てる)


 全身を打つ痛みに顔を歪めながら、カイはガラクタの山から這い出す。

 ここは、溶接(ウェルディング)横丁(・アレイ)からは遥か遠く、彼も足を踏み入れたことのない、未知のセクターだった。

 たった今しがたカイ自身が引き起こした隠しドックでの大爆発と、工房本体への同時襲撃のせいか、この区画を管理するギルドのものと思われる警備ドローンのサーチライトが、遠くの空を忙しなく飛び交っている。


 カイは、リアから渡された通信機を起動した。


「……リア。聞こえるか」


 返事はない。通信機は、リアとの合流地点の座標データを表示するだけだった。  カイは、追手に見つかる前に、その場を離れた。              §


 その頃、リアは、カイがいる場所とは全く異なる、下層区の最下層、旧時代の地下鉄網の暗闇の中にいた。  彼女は、解体されたレクス7の「心臓(コア)」や、あの「魂の設計図」が入ったデータチップ、そして最低限の解析機材を積んだ、頑丈な貨物カートを、錆びついた線路の上、一人で押していた。彼女の唯一の光源は、額につけたヘッドライトだけだった。


 ――キィィィ……

 不意に、トンネルの奥から、金属を引っ掻くような、甲高い音が響いた。

 リアは、足を止めた。

 ライトが照らし出した闇の中に、複数の、赤い点が浮かび上がる。

 セクターCでカイが遭遇した「スクラップ・ストーカー」。この旧時代のインフラ網を巣食う、厄介な捕食者たちだ。


 リアは、舌打ち一つすると、カートから手を離し、腰のホルスターから、特注の大口径リボルバーを引き抜いた。


「……あたしは、急いでるんだ。道を空けな、ガラクタども」


 閃光と轟音が、古代のトンネルに響き渡った。


**********


 カイは、座標が示す場所へとたどり着いた。

 そこは、セクターCとJの中間に位置する、忘れ去られた工業区画の、ただの瓦礫の山だった。


「……ここか?」


 どう見ても、合流地点どころか、人が入れる場所すらない。


(……あの魔女、俺を騙したのか……?)


 彼がリアに抱いていた、根源的な不信感が、再び頭をもたげる。

 ――『お前の『代わり』は、また探せばいい』

 リアの言葉が蘇る。陽動としての役目を終えた自分は、ここで捨てられたのか。


 カイは、怒りに任せて、目の前のコンクリートの壁を殴りつけた。

 その時だった。

 彼が殴った壁の一部が、わずかに、しかし機械的に、内側へと凹んだ。


(……隠しスイッチ?)


 カイは、その周囲を調べ、コンクリートの模様にカモフラージュされた、指紋認証パネルを発見した。

 リアから渡された通信機の裏面を、そこに押し当てる。

 重い地響きと共に、カイの目の前の壁が、スライドして開き始めた。


 そこには、地下へと続く、清潔で、乾いた空気が流れる階段があった。

 カイは、パルスガンを構え、慎重にその中へと足を踏み入れる。

 階段を降りた先は、旧時代の、地下データサーバー室だった。

 無数のサーバーラックが静かに眠り、リアの手によって、工房の医務室やシミュレーターポッドの一部が、すでに運び込まれている。

 独立した地熱発電によって、電力も確保されている、完璧な隠れ家。

 リアが言っていた、本当の巣だった。


 カイが、安堵と疲労でその場に座り込んだ、その時。

 部屋の反対側にある、地下鉄のトンネルへと続く、もう一つの隔壁が、ゆっくりと開き始めた。


 リアが、あの貨物カートと共に、姿を現した。

 彼女は、カイを一瞥すると、いつもの調子で言った。


「……遅かったな、カイ。あたしは、三十分前には着いてたぞ」


「うるさい……。こっちは、あんたの飛行機を爆破してきたんだ」


 リアは、フン、と鼻を鳴らすと、レクス7の「心臓」が眠るコンテナを、愛おしそうに撫でた。


「まあいい。これで、『魂』も『肉体』も、あたしの巣に揃った」


 彼女は、カイが持ち帰った、あの天文学的な量の「素材リスト」のデータを、目の前のホログラムに表示させた。


「……歓迎するよ、カイ。あたしの、本当の研究室へ。――さあ、仕事の続きだ」

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