42 魂のバックアップ
静寂だった。
ほんの数分前まで響いていた銃声も、爆音も、全てが嘘のように消え去り、工房には、天井に開いた大穴から降り注ぐ、酸性雨の音だけが響いていた。
無残に氷漬けにされた侵入者たちの残骸。黒焦げになったメインサーバーの残骸。そして、なによりも、ぽっかりと空いたテーブルの上。
カイたちが、文字通り命がけで手に入れた「核」となる二つのパーツは、もう、どこにもなかった。
「……ふざけるな」
カイの、か細い声が漏れた。
「ふざけるなよッ!」
彼は、怒りに任せて、近くの工具棚を蹴りつけた。凄まじい金属音が響き渡る。
「あのために、俺は……! セクターCで、死ぬ思いをして……! それが、全部……!」
エリアナの謎も、レクス7の復活も、全てが振り出しに戻った。いや、工房の場所がバレた今、状況は振り出し以下、最悪だった。
そのカイの絶望をよそに、リアは、まるで興味を失ったかのように、彼に背を向けていた。
彼女は、黒焦げになったメインサーバーの残骸を、黙々と調べている。
「……おい! リア! 何か言えよ!」
「うるさいな」
リアは、顔も上げずに答えた。彼女は、黒焦げになったメインサーバーの残骸を、ブーツのつま先で蹴飛ばした。
「……あたしの、ここ数週間の解析データを、綺麗サッパリ、吹き飛ばしてくれた。クソが」
その声は、絶望とは程遠い、地を這うような怒りに満ちていた。
「だがな、カイ。……奴らは致命的なミスを犯した」
リアは、工房の隅にある、あの旧式のシミュレーターポッドへと歩いていった。
「奴らの計算は、完璧だった。メインサーバーを破壊すれば、あたしの解析結果も、全て消え去る……。そう、計算したはずだ」
リアは、シミュレーターポッドの後頭部、ニューラル・インターフェイスの接続基部にある、隠しパネルを開いた。
「だがな、奴らはあたしが上層区で何を学んだか、忘れたらしい。……高レベルの研究データは、常に二重三重のバックアップを取る。それが、あの世界の常識だ」
彼女が、そこから、一枚のデータチップを引き抜く。
「あたしがレクス7の魂の解析に使っていたのは、このシミュレーターの記録媒体だ。お前があの時浴びた、レクス7の『生』の記憶データは、丸ごとここにある。……メインサーバーにあったのは、その解析途中のノートに過ぎん」
リアの口元が、恐ろしい笑みで吊り上がった。
「奴らは、あたしのノートを燃やした。……その代わり、レクス7の『魂の設計図』そのものを、あたしにくれていったわけだ」
リアは、カイの絶望的な顔を見て、続けた。
「……確かに、解析はまたゼロからやり直しだ。パーツも奪われた。だがな、」
「奪い返すさ」
カイが、リアの言葉を遮った。
「……パーツがなきゃ、動かせないんだろ。なら、奪い返す」
「いや」
リアは、そのカイの言葉を、今度は彼女が遮った。
「奪い返すんじゃない。……作るんだよ。この設計図さえあれば、あの『共振性チタン合金』も、理論上は再現できる。もちろん、そのためには、また別の、地獄のような素材リストが必要になるがな」
彼女は、工房の天井に開いた大穴を、忌々しげに見上げた。
「奴らは、あたしの『巣』を壊し、あたしを本気で怒らせた。……その代償は、高くつくぞ」
それは、絶望の淵から聞こえた、魔女の、反撃の狼煙だった。




