41 壊された巣
「……あたしの『足』の場所が、バレてる……!」
リアの戦慄が、カイにも伝染する。
正面の液体窒素トラップで稼げた時間は、ほんの数十秒。
リアがコンソールを叩き、隠しドックの内部ハッチを強制ロックしようとするが、手遅れだった。
ゴウッ!
工房の天井、その中央部が、凄まじい爆音と共に内側へと吹き飛んだ。 熱風と粉塵が、工房の全てを叩きのめす。
天井に開いた大穴から、暗視ゴーグルを装着した黒服の部隊が、ラペリングロープを使って次々と降下してくる。その数は、十を超える。
「カイ! レクス7の『心臓』を守れ! あれだけは渡すな!」
リアが絶叫する。
敵の目的は、カイやリアの殺害ではなく、解体中のレクス7と、工房内の資産の制圧だ。
カイは、シミュレーターで叩き込まれた戦術を、本能で実行していた。
彼は、リアが指示するよりも早く、解体中のレクス7の胴体部分、その剥き出しになったコクピットの影へと飛び込んでいた。
そこは、工房の中で唯一、敵の射線を遮ることができ、なおかつ「心臓部」を守れる、最高の防衛拠点だった。
「ファーストチーム、対象Aを制圧! セカンド、対象Bと機体を確保しろ!」
降下した敵部隊が、完璧な連携で二手に分かれる。
リアに向かった部隊が、彼女のコンソールに向けて、粘着性の拘束弾を放った。
「チッ!」
リアは、咄嗟に作業用の椅子ごと床を蹴って回避する。
だが、カイに向かった部隊の動きは、それよりも速かった。彼らは、カイが潜むレクス7の残骸を半円状に包囲し、一斉に銃口を向ける。
カイは、パルスガンで応戦する。
シミュレーターでの訓練が、彼の動きを変えていた。闇雲に撃つのではない。リアに叩き込まれたバイタルマップに基づき、敵の装甲の隙間、関節部だけを、冷静に狙い撃つ。
数発の銃弾が、敵兵の肩や膝を正確に捉え、二人の動きを止めた。
だが、敵は「兵士」だった。
仲間が倒れても、一瞬たりとも陣形を崩さない。
カイが二人を無力化した、そのコンマ数秒の隙に、別の兵士が彼の死角へと回り込んでいた。
(しまっ――!)
カイが気づいた時には、すでに銃口が彼の頭へと向けられていた。
――ガァンッ!
突如、工房の天井を走っていた巨大なクレーンアームが、カイを狙っていた兵士の頭上を、凄まじい勢いで薙ぎ払った。
「……あたしの工房で、好き勝手させてたまるかよ!」
リアは、コンソールを奪われながらも、予備の端末から、工房の全システムを「武器」へと変えていた。
クレーンアームが、巨大な鉄の尾のように暴れ回り、自動溶接機が、敵の退路を焼き切る。
工房は、一瞬にして、カイとリアが仕掛けた、混沌の戦場と化した。 だが、敵の指揮官――ヘルメットの形状が他とは違う、リーダーらしき男は、その混乱の中にあっても、冷徹だった。
彼は、リアの操るクレーンの動きを冷静に見切ると、一言、部下に命じた。
「……作戦変更。プランB。機体は放棄、ターゲットの『資産』のみを回収する。撤退だ」
「資産、だと?」
リアが、その言葉の意味を理解する。
リーダーの男は、部隊の数名をカイとの銃撃戦に割かせ、残りの兵士と共に、一直線に「ある場所」へと向かった。
――リアが、レクス7の解析のために使っていた、メインサーバーラックだ。
「やめろ!」
リアが叫ぶ。
だが、兵士たちはサーバーラックに小型の爆弾を設置すると、同時に、カイが命がけで手に入れた「量子カスケード変調器」と「共振性チタン合金」の二つを、強奪していった。
「カイ、伏せろ!」
リアが叫ぶと同時に、サーバーラックが爆発四散した。
轟音と、強烈な電磁パルスが工房全体を襲う。
敵部隊は、その爆発を盾にするように、天井の大穴から、次々と撤退していく。
数分後。
静寂が戻った工房は、無残な姿を晒していた。
天井には大穴が開き、酸性雨が降り注いでいる。リアのサーバーは黒焦げになり、そして、カイたちが命がけで手に入れた「核」となる二つのパーツは、跡形もなく消え去っていた。
「……嘘だろ」
カイの、絶望に満ちた声が響く。
敵は、カイとリアを殺さなかった。
彼らは、二人から、レクス7を再生させるという希望そのものを、根こそぎ奪い去っていったのだ。




