4 鉄屑の獲物
廃工場全体が震えるほどの衝撃音。
カイの右腕と、機械兵装の男の巨大なブレードが火花を散らしてせめぎ合っていた。
近距離で見た男の装甲は、軍の標準ギアとはまるで別物だった。
各部に追加された外骨格ユニット、背部の推進スラスター、そして腕の内部でうなりを上げる回転機構──
明らかに、公式には存在しない改造品だ。
《相手兵装:推定カスタムモデル。出力差あり》
「そんなこと……見りゃ分かる!」
押し返される感覚と同時に、膝のアクチュエーターが悲鳴を上げる。
カイは咄嗟に踏み込みを外し、横へ飛んだ。
直後、男のブレードが床を切り裂き、鉄板を紙のようにえぐる。
「ガキ一人にしては上等だ……だが所詮、拾い物の旧式だな」
男が背部アームを展開。
そこから伸びた銃口が、まるで蛇の首のようにしなってカイを狙う。
連射音。
壁のコンクリートが削れ、鉄骨が弾ける。
シールドを展開しても、衝撃が骨に響く。
――長く受けていたら押し潰される。
《戦術提案:周囲構造物を利用して距離を取る》
HUDが廃工場の簡易マップを表示する。
屋根の鉄骨梁、隣接する資材置き場、錆びたクレーン。
カイは舌打ちしながらも、その提案を無視できなかった。
「……チャンスは一度だな」
わざと後退し、弾丸の雨をかわしながら梁の下まで誘導する。
男が距離を詰めてきた瞬間、カイは脚部スラスターを短く噴射。
梁へ飛び上がり、真上から蹴りを叩き込む。
衝撃で男がわずかによろめく。
だが倒れない。
逆に背部スラスターを点火し、反動で梁ごと吹き飛ばしてきた。
破片と鉄粉が空中を舞う。
視界が赤く染まり、警告音が耳を刺す。
《装甲損傷率:12%。このままでは持久戦は不利》
「……知ってるよ!」
カイは廃工場内に散乱する巨大な機械の残骸の影に身を滑り込ませた。
追撃の足音は、すぐそこまで迫っていた。
身を隠したプレス機の陰で、カイは息を殺し、反撃の機会を窺う。
男のギアが、注意深く周囲を警戒しながらゆっくりと近づいてくる。
その時、カイの視界の端で、別の動きがあった。
工場の天井クレーンの操縦室。そこに、いつの間にか複数の人影が現れている。
彼らは音もなくクレーンを操作し、巨大な電磁石を男の真上へと移動させていた。
「なんだ……?」
カイが呟くのと、男が異変に気づくのはほぼ同時だった。
だが、遅い。
クレーンから強力な磁場が発生し、男のカスタムギアが床からわずかに浮き上がる。動きを封じられた金属の巨体。
「なっ……民間人か!? いや、違う……この手際は……!」
男が混乱する隙を突き、天井の梁から数人の影が飛び降りた。
彼らはワイヤーランチャーを男のギアの関節部に撃ち込み、さらに動きを拘束していく。
その連携は、まるで手慣れた狩人のようだった。
《未確認の勢力。識別コード、該当なし。敵対行動は見られない》
HUDの分析も追いつかない。
彼らはカイにも、男にも属さない、完全な第三勢力だった。
拘束された男が、信じられないものを見たかのように叫んだ。
「お前たちは……"調停者"! なぜここに……!」
"調停者"と呼ばれた集団の一人が、ゆっくりとカイの方を向いた。
ヘルメットの奥で、赤い単眼スコープが静かに光る。
その視線は、カイを獲物として値踏みしているようにも、協力者を探しているようにも見えた。
敵か、味方か。
あるいは、この廃工場にいる全員が、彼らの「審判」の対象なのか。
カイはギアの出力を落とさぬまま、新たなプレイヤーの登場を前に、ただ立ち尽くすしかなかった。