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レイン・リベリオン  作者: まくら
第二部 『主の資格』
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34 急所を突け



 十分間の休憩は、カイの疲労を癒すには、あまりにも短すぎた。

 彼が水のパックを飲み干すと、リアは待っていたとばかりに、工房の隅にある、床が補強された訓練スペースへとカイを促した。

 壁には、無数の傷が刻まれている。リアが、ここで一人、どれだけの時間を過ごしてきたのかを物語っていた。


 リアは、壁に立てかけてあった二本の訓練用ナイフを手に取り、そのうちの一本をカイに投げ渡した。

 それは、刃が潰され、当たっても切れることのない模造品だった。だが、その重量は本物と変わらない。


「構えろ」


 リアが、感情のない声で言った。


「あたしを殺すつもりで、かかってこい」


「……本気かよ」


「お前の敵は、お前が殺意を向けた瞬間に、容赦なくお前の心臓を抉りに来る。訓練でそれができん奴が、実戦で生き残れるとでも?」


 リアの言葉には、反論の余地がなかった。

 カイは覚悟を決め、ナイフを握りしめると、下層区での喧嘩で身につけた、荒々しい構えを取った。

 そして、床を蹴り、リア目掛けて突進する。


 カイの攻撃は、速く、そして重かった。生きるために振るってきた、野良犬の牙。

 だが、リアはほとんど動かなかった。

 カイが振り下ろしたナイフを、リアは最小限の動きで受け流す。カイの身体が、勢い余って前のめりになった瞬間、リアの足がカイの軸足を払った。

 カイは体勢を崩し、無防備に床に叩きつけられる。息が詰まる。その首筋に、リアの冷たい訓練用ナイフの先端が、寸止めで突きつけられていた。

 ――わずか、数秒の出来事。


「……無駄が多すぎる」


 リアは、カイを見下ろしたまま、冷たく言い放った。


「怒りと勢いに任せた攻撃は、ただのエネルギーの浪費だ。敵に、カウンターの好機を与えているだけだ」


 彼女が壁のパネルを操作すると、カイの横に、人体と、標準的なバトルギアの骨格図が、ホログラムで投影された。


「人体も、バトルギアも、構造は同じだ」


 リアは、ホログラムの首筋や、関節部、動力炉などを指し示していく。


急所(バイタル)があり、関節(ジョイント)があり、心臓(どうりょくげん)がある。『殺す』というのは、感情で殴りかかることじゃない。相手のシステムの、最も脆い部分を、最も効率的に破壊する、ただの『作業』*だ」


 その言葉は、カイが今まで信じてきた「戦い」という概念を、根底から覆すものだった。

 リアはナイフを収め、カイに顎をしゃくった。


「立て。もう一度だ」


 その日から、カイの訓練は二本立てになった。

 昼間は、シミュレーターで「戦術」を脳に叩き込まれ、夜は、リアとの直接訓練で「殺しの技術」を体に刻み込まれる。

 何度挑んでも、カイは赤子の手をひねるように、リアにあしらわれ、床に転がされ続けた。


 数日が経ち、カイが全身の痛みで倒れ込むように眠りにつこうとしていた、ある夜。

 リアが、一枚のデータパッドを、彼の目の前に放り投げた。


「今日はここまでだ。明日の夜明けまでに、そのデータパッドに入っている、人体と主要バトルギア六種の急所(バイタル)マップを、全て暗記しろ」


 カイが、抗議の声を上げるよりも早く、リアは言葉を続けた。


「……暗記できなければ、明日はお前が実験台だ。あたしが、その急所とやらを、一つ一つ、お前の身体で教えてやる」


 リアはそれだけ言うと、背を向けた。

 カイは、データパッドに映し出された、無数の赤い点で埋め尽くされた、おぞましい解剖図を前に、言葉を失うしかなかった。

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