27 90秒の永遠
【89.99】
HUDの片隅で、冷たいデジタル数字が時を刻み始める。
カイは、プラズマカッターの蒼い刃を、「共振性チタン合金」のフレームに押し付けた。
だが――。
「硬え……!」
下層区のどんな金属をも焼き切るはずのプラズマの刃が、合金の表面を滑り、火花を散らすだけだった。まるで、生き物が熱を吸収し、逃しているかのように。
『どうした犬! 出力が足りないのか! その安物じゃ、歯が立たないか!』
通信機からリアの苛立った声が飛ぶ。
(違う……この合金、熱伝導率が異常すぎるんだ!)
カイは瞬時に理解した。広範囲を焼こうとしても、熱が拡散して威力が殺される。一点――ただ一点に、全ての熱量を集中させるしかない。
彼は、フレームの接合部分にある、髪の毛ほどの細さの亀裂に、カッターの先端を押し込んだ。
【65.42】
全身の体重を乗せ、震える腕でカッターを固定する。
ジリジリと、わずかずつ合金が溶解していく感触。だが、遅すぎた。
安定していたはずの動力炉が、再び低く呻り始め、その白い輝きに、不吉な青い光が混じり始める。
『ガキ、炉心が不安定になり始めてる! あと60秒! それ以上は危険だ!』
リアの声に、焦りが滲む。
カイの額から流れた汗が、ヘルメットのバイザーを曇らせた。呼吸が荒くなり、防護服が酸素供給量を引き上げる。フィルターの劣化ゲージが、また一段階進んだ。
【31.05】
「……貫けッ!」
カイは叫びと共に、カッターの出力を最大まで引き上げた。
防護服のエネルギーゲージが危険域まで落ち込む。だが、その代償はあった。
甲高い金属音と共に、ついにプラズマの刃がフレームの一辺を焼き切った。眩い光と、未知のエネルギー粒子が噴き出す。
あと、一辺。
カイは、焼き切った箇所の隣の接合部に、再び刃を押し当てた。
【10.00】
HUDのタイマーが、赤く点滅を始めた。
動力炉の明滅は激しくなり、船全体が、まるで断末魔のように激しく揺れる。放射線警告音が、再びけたたましく鳴り響き始めた。
『犬! もう時間だ! 諦めて離れろ!お前を失って、この仕事が失敗に終わるのは割に合わん!』
リアの叫びが聞こえる。だが、カイの意識は、そんなものなど届かないほど深く、ただ一点に集中していた。――ログで見た、あの女性の顔。そして、彼女の遺産を蘇らせるための、目の前の希望の欠片。その二つだけが、彼の世界の全てだった。
【03.50】
彼は最後の力を振り絞る。
【02.18】
刃が、最後の一辺を貫いた。
【01.04】
カイは、あらかじめ用意していた大型のトングで、切り離された合金の塊を掴み取る。
【00.00】
タイマーがゼロになった、まさにその瞬間。安定していた白い光が、一瞬にして、制御不能を示す怒りの青へと反転した。
リアが言っていた完全な爆発ではない。だが、緊急停止シーケンスが失敗し、暴走状態へと回帰する際に発生した、凄まじいエネルギーの逆流が衝撃波となってカイの身体を襲う。
彼は機関室から廊下へと弾き出され、背中を強く壁に打ち付けた。
直後、カイがこじ開けたブラストドアの隙間が、爆風の圧力によって、ガアンッという凄まじい音を立てて完全に閉じた。
カイは、薄れゆく意識の中、トングで掴んだままの、熱く、そして美しく輝く合金の塊と、ヘルメットの中で点滅する『FILTER INTEGRITY: 15%』という無慈悲な表示を、ただ見つめていた。
お宝は手に入れた。
だが、出口は、旧時代の亡霊によって、完全に閉ざされた。