表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レイン・リベリオン  作者: まくら
第一部 『鉄の胎動』
23/38

23 地獄の羅針盤



 崖からの最初の一歩は、カイのブーツを足首まで、結晶化した化学物質の砂に沈ませた。

 鼻を突くアンモニアの匂いと、金属が腐食する酸っぱい匂いが混じり合い、防護服のフィルター越しにすら、カイの嗅覚を鈍らせる。眼下の毒の湖からは、不気味な熱気が陽炎のように立ち上っていた。


(……長居はできないな)


 HUDの片隅には、防護服のフィルター耐久度を示すゲージが表示されている。残り時間は、約八時間。それまでに目的のブツを見つけ、ここを脱出しなければならない。


 カイはまず、リアの作った『共振スキャナー』を頼りに、反応がありそうな方角を探すことにした。

 そのためには、より高い場所が必要だった。彼は、巨大なビルほどの大きさがある、横倒しになった輸送船の残骸へと向かう。足場は脆く、一歩踏み出すごとに、いつ崩落してもおかしくない金属の悲鳴が響いた。

 スカベンジャーとしての経験が、安全なルートを本能的に彼に教える。体重をかけるべき場所、避けるべき腐食箇所。それは、この地獄を生き抜くための、唯一の羅針盤だった。


 輸送船の頂上、かつてブリッジだった場所にたどり着いたカイは、再びスキャナーを起動した。

 数秒の沈黙の後、モニターに一本の微弱なシグナルが灯った。北東の方角。断続的で、今にも消えそうなほど弱い。だが、確かに「共振性チタン合金」の反応だった。


「……見つけた」


 カイは安堵の息をつき、慎重に残骸から降りて、シグナルの示す方角へと向かい始めた。

 道中、彼はこの土地の「住人」たちと遭遇した。

 毒の湖から這い出てきた、アメーバ状の半透明な生物。そして、周囲の金属片を体に取り込み、擬態する、全長2メートルほどのサソリに似た機械生命体――スカベンジャーたちが「スクラップ・ストーカー」と呼ぶ厄介な捕食者だ。


 カイは戦闘を避け、息を殺して彼らの縄張りを迂回する。スキャナーの反応は、徐々に強くなっていた。

 やがて、彼は巨大なクレーターの縁にたどり着く。その中心部、粘度の高い、緑色の毒の沼に、巨大な船が半分沈んでいた。

 それは、カイが見たこともない、異質なデザインの巨大な船だった。上層区の直線的な設計とはまるで違う、無数の砲塔と分厚い装甲。下層区に転がっているどんな鉄屑よりも、さらに古い時代のものだとカイは直感した。おそらく、戦うためだけに作られた「軍艦」と呼ばれる代物だろう。


 スキャナーが、これまでで最も強い反応を示している。合金は、間違いなくあの船の中、おそらくは動力機関部だ。


 カイは、船体へと続く、かろうじて沈んでいない残骸の道筋を見つけ出し、一歩を踏み出そうとした。

 その時だった。

 船体の、黒く開いた巨大な穴から、何かが這い出てきた。

 それは、カイが道中で見かけたスクラップ・ストーカーだった。だが、大きさがまるで違う。体長は10メートルを超え、その巨体は、この軍艦の残骸そのものを巣にしているようだった。


 巣の主は、カイの存在に気づいていない。だが、あの船に近づけば、必ず戦闘になる。

 防護服のタイムリリミットが迫る中、カイは眼前の巨大な番人と、その奥に眠るお宝を、ヘルメットの中から静かに見据えていた。

 リアの言った通り、タダで落ちてるような代物ではなかった。

 この地獄の番人から、どうやって目的のブツを奪い取るか。カイの、本当の仕事が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ