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レイン・リベリオン  作者: まくら
第一部 『鉄の胎動』
22/38

22 毒の海と鉄の墓場



 リアの工房での新たな日常が始まって、数日が過ぎた。

 カイの生活は、依然として犬としての労働に明け暮れていたが、その内容は以前とは少しだけ違っていた。リアは、レクス7の膨大な解析データと睨めっこしながら、時折カイに専門的な質問を投げかけたり、高度な工具のメンテナンスを命じたりするようになったのだ。

 それは、カイを試しているようでもあり、無意識のうちに弟子として扱っているようでもあった。


 そして、作戦の準備が整った日、リアはカイを呼びつけた。


「行くぞ、犬。最初の買い物の時間だ」


 リアがカイに投げ渡したのは、分厚く、継ぎ目のない暗灰色の防護服だった。


「セクターCは、ただの廃棄物処理場じゃない。上層区の連中が、認可されていない化学薬品や、失敗した生物実験の残骸を、何十年も垂れ流し続けた『毒の沼』だ。そのスーツがなければ、お前の肺は五分で溶ける」


 さらに、リアは掌サイズの、無骨なスキャナーを渡した。


「あたしが作った『共振スキャナー』だ。お目当ての合金は、特殊な周波数の振動を常に発している。それに反応する。使い方は分かるな」


 カイは黙って頷き、重い防護服を身につけた。リアから受け取った地図データを頭に叩き込み、彼は一人、工房の裏口からセクターCへと向かった。


 溶接(ウェルディング)横丁(・アレイ)を抜け、いくつかの区画を通り過ぎるにつれて、下層区の空気が明らかに変わっていく。鼻を突く化学的な悪臭。地面を濡らす雨は、粘り気を帯びた油のようだった。

 セクターCの境界には、巨大な防護壁がそびえ、管理ギルドの武装した警備員が唯一のゲートを固めている。正面から入れるわけがなかった。


 カイはスカベンジャーとしての本領を発揮し、壁を迂回する。やがて、壁の下部を流れる、巨大な排水管の放出口を見つけ出した。中はヘドロと有毒ガスに満ちているが、ここを抜けるしかない。

 カイは防護服のフィルターを最大にし、躊躇なくその闇へと身を投じた。


 どれほどの時間が経ったか。

 排水管を抜け、彼がたどり着いた場所は、高台になった崖の上だった。

 そして、その眼下に広がる光景に、カイは言葉を失った。


 地平線の彼方まで続く、巨大なクレーター。

 その底には、どす黒く、虹色に輝く液体の湖が広がり、そこから突き出すように、原型を留めないほどに錆びつき、溶けかけた巨大な機械や建物の残骸が、無数に林立している。

 空は、絶えず立ち上る有毒な蒸気によって、病的な黄色に染まっていた。時折、湖の中から巨大な何かの影が動き、不気味な泡が浮かび上がる。


 ここが、セクターC廃棄物処理場。

 下層区の住人たちが、本当の地獄と恐れる場所。


 カイは胸元から、リアに渡された共振スキャナーを取り出した。

 スイッチを入れる。だが、モニターに表示されたのは、無反応を示すフラットなラインだけだった。

 彼が探す「共振性チタン合金」は、この広大な毒の海の、どこか深くに眠っている。


「……なるほどな」


 カイは、ヘルメットの中で自嘲気味に呟いた。


「幸運を祈る、か」


 その言葉の意味を、彼は今、身をもって理解した。

 カイは崖の斜面に足をかけ、眼下に広がる鉄の墓場へと、一歩を踏み出した。

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