表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レイン・リベリオン  作者: まくら
第一部 『鉄の胎動』
20/38

20 魔女の奇策



赤蛇会(せきじゃかい)の連中が、空から現れた異質なドローンに気を取られている。その時間は、ほんの数秒。だが、カイが動くには十分だった。


『犬!ケースをワイヤーに固定しろ!』


 通信機から、リアの命令が飛ぶ。それは、救助を求める声ではなく、カイの理解力を試すような、冷徹な指示だった。


『そして、すぐにそこから離れろ!』


 ――救助じゃない。これは、陽動だ!

 カイはリアが何をしようとしているのかを、瞬時に理解していた。彼は躊躇なく、抱えていた「量子カスケード変調器」のケースのハンドルを、ドローンから伸びたワイヤーの先端にある電磁ロックに接続した。


「ハッ! てめえ、命が惜しくなってお宝を差し出すか!賢明な判断だぜ、ガキ!」


 赤蛇会のボスが、勝利を確信して下卑た笑みを浮かべる。

 だが、カイはケースを差し出したのではなく、その場に置いただけだった。彼はすぐさま、壁際まで後退する。


 次の瞬間、リアのドローンが、垂直に上昇するのではなく、水平に、路地の出口へ向かって猛烈な勢いで加速した。

 ワイヤーに繋がれたシールドケースが、地面から数センチ浮き上がる。リアのドローンが生み出す猛烈な加速に引かれ、わずか10キロほどの超高密度ケースは、さながら数十キロの鉄塊にも匹敵する破壊力を持つ凶器と化す。


「なっ――!?」


 その鋼鉄の振り子は、まずボス自身が咄嗟に地面を転がって回避するのを強いた。そして、その直後に彼の部下たちの足を砕き、陣形をめちゃくちゃに崩壊させた。リアはさらにドローンを巧みに操り、ケースを壁に叩きつけた。衝撃で壁が砕け散り、その破片が混乱を助長させる。


 裏路地が混乱の坩堝(るつぼ)と化す中、カイはリアの次の手を読んでいた。


『犬、上だ!』


 リアの指示通り、カイは壁に設置された古い非常階段へと駆け上がり、屋上を目指す。

 下からは赤蛇会の残党の怒号と、騒ぎを聞きつけたエクスチェンジの警備兵の警告が聞こえてくる。


 カイは雨に濡れた屋上を、滑るように駆け抜けた。

 すると、先ほど路地をめちゃくちゃにしたドローンが、カイの進路の先に回り込み、例のケースを彼の目の前にそっと着地させた。


 カイはケースを拾い上げ、再び走り出す。

 リアのドローンは、カイの上空を旋回しながら、彼の逃走ルートを確保するように、前方の監視カメラをEMPで無効化したり、警備兵の注意を引くために陽動のノイズを撒いたりしていく。

 それは、歪で、一言の会話もなく、しかし見事な連携だった。


 やがて、カイはリアに指示された、セクターJの端にある古い給水塔の屋上へとたどり着いた。

 眼下には、セクターJの混沌としたネオンの海が広がっている。遠くで、サイレンの音が鳴り響いていた。


『……よくやった、犬』


 通信機から、初めてリアの賞賛とも取れる声が聞こえた。だが、すぐにいつもの調子に戻る。


『だが、感心している暇はない。エクスチェンジの警備が街を封鎖する前に、ここから出る』


「どうやって。この高さからじゃ……」


『あたしの本当の『足』を、そこに用意してある』


 リアがそう言った直後、カイの背後で、給水塔の屋上に偽装されていたハッチが、音もなくスライドした。

 闇の中から姿を現したのは、流線型のボディを持つ、小型のステルス輸送機だった。そのコックピットで、リアの赤い髪が、計器の光を浴びて不気味に揺れていた。


「乗れ。お前の仕事はまだ終わってない」


 リアが、口の端を吊り上げて笑う。

 カイは、この「溶接(ウェルディング)横丁(・アレイ)の魔女」の底知れなさに、改めて戦慄するしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ