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レイン・リベリオン  作者: まくら
第一部 『鉄の胎動』
18/38

18 最後の切り札



 オークショニアが高らかに開始を告げると、会場の熱気が一気に膨れ上がった。


「さあ、まずは小手調べ! 希少金属(レアメタル)100トンから!」


 矢継ぎ早に、下層区の有力者たちから声が上がる。武器の密輸ルート、ギャングの縄張り、非合法なドラッグの製造レシピ。欲望にまみれた「資産」が、ステージ上の小さなパーツに注ぎ込まれていく。


『まだだ、犬。泳がせておけ。こいつらはただの前座だ』


 リアの冷静な声が、カイの焦りを抑えつける。

 やがて、小者たちが脱落していくと、戦いはリアが警戒していた二者に絞られた。攻撃的なコールで場を支配しようとする「赤蛇会(せきじゃかい)」のボスと、一切の表情を見せず、的確な価値の資産だけを提示する「仮面のディーラー」。


「『エクスチェンジ』の管理する、セクターDの水の利権の半分!」


 赤蛇会のボスが、周囲を威圧するように叫ぶ。会場がどよめいた。それは、並の組織では到底太刀打ちできない、巨大な資産だ。

 だが、仮面のディーラーは動じない。彼の代理人が、静かに一枚のデータカードを掲げた。


「上層区の警備ドローンの、最新ステルス化技術の設計データ」


 再び、会場が静まり返る。暴力で支配する赤蛇会に対し、仮面のディーラーは「技術」という、より高次元の資産で対抗していた。


『……よし、犬。やれ。クリスタル一つ』


 リアの命令を受け、カイは初めて声を上げた。


「超高純度データクリスタルを、一つ」


 カイのか細い声は、しかし、会場の隅々まで響き渡った。全ての視線が、後方の席に座る名も知れないガキへと突き刺さる。リアが言った通り、このクリスタルの価値を知る者にとって、それは他のどんな資産よりも雄弁だった。

 赤蛇会のボスの顔が、侮辱されたように怒りで赤く染まる。


「ガキが……舐めた真似を! 水の利権全てだ! それに、うちの兵隊100人をお前の組織の護衛に一年間つけてやる!」


『乗るな、犬。奴はムキになってるだけだ。仮面のディーラーを待て』


 リアの言う通り、仮面のディーラーが再び札を上げた。


「ステルス化技術に加え、それを無効化するジャミング技術のデータも」


 その一言で、赤蛇会のボスは顔面蒼白になり、自らの席に深く沈んだ。技術の応酬では、もはや勝ち目がない。


 戦いは、カイと仮面のディーラーの一騎打ちとなった。


「クリスタル、二つ目」


「最新鋭バトルギア用の、模擬戦闘データ一万時間分」


「クリスタル、三つ全てだ!」


 カイが最後の資産を投入した。これで、リアから託された軍資金は尽きた。

 会場が息を呑む。三つのデータクリスタル。それは、このオークションの歴史でも滅多に出ない、破格の価値だ。

 だが――。


「……面白い。では、こちらはこの『資産』を」


 仮面のディーラーの代理人が、最後の一枚を掲げた。


「『プロジェクト・アマリリス』に関する、未公開の初期研究データ」


 カイの心臓が、凍りついた。

 なぜ、その名前を知っている。なぜ、それがこんな場所に出てくる。


『……これまでだ、犬』


 リアの声が、絶望的に響いた。


『降りろ。そいつは、あたしたちが払える価値を超えている』


 カイの手が、汗で濡れる。ここで降りれば、全てが終わる。レクス7も、エリアナの謎も、全てが。

 だが、カイの脳裏に、別の光景が浮かんでいた。奈落の底で見た、黒いカスタムギアの残骸。あのハイエナたちが嗅ぎつけた「お宝」。リアですら、その価値を正確には知らないはずの情報。

 カイは、リアの命令を、初めて無視した。


「……待った」


 カイは立ち上がり、全ての視線を集めながら、静かに、だがはっきりと告げた。


「その入札、受けよう。こちらの追加資産は――情報だ。……セクターFの崩落現場の底に眠る、軍の新型カスタムギア、一個小隊分の、手付かずの残骸の正確な座標」


 シン、と会場が水を打ったように静まり返った。

 耳元の通信機からは『このバカ犬! 何てことを!』というリアの絶叫が聞こえる。

 仮面のディーラーが、初めてカイの方をゆっくりと向いた。仮面の奥で、その目がわずかに見開かれたのが分かった。


 オークショニアが、震える声で尋ねる。


「……仮面のディーラー様、これ以上の入札は?」


 長い、長い沈黙。

 やがて、仮面のディーラーは、ほとんど見えないほど、わずかに首を横に振った。


 ガァンッ!

 オークショニアの持つ木槌が、高らかに鳴り響いた。


「落札ッ! 量子カスケード変調器は、後方の運び屋殿に!!」


 木槌の音が響き渡った後、会場を支配したのは、祝福の拍手ではなく、獲物を見つけた獣たちの、重く、粘つくような沈黙だった。あちこちから、値踏みするような囁き声が聞こえ始める。


 その声の残響の中、カイは、会場にいる全ての人間が放つ、欲望と嫉妬と殺意に満ちた視線を、ただ一人で受け止めていた。

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