15 犬の牙
ハイエナたちのバギーから放たれた威嚇射撃の弾丸が、カイの足元のコンクリートを削り取った。
彼は咄嗟に、破壊されたカスタムギアの装甲版を盾に身を隠す。耳元では、レクス7を吊り上げるウィンチの、重くゆっくりとした作動音が響いていた。あの巨体をこの奈落の底から引き上げるには、数分では済まない。
(やるしかない……!)
カイはパルスガンを構え、反撃の機会を窺う。
バギーは三台。散開し、カイを攪乱しながら、頭上のワイヤーを狙おうとしている。多対一、しかも相手は機動力で圧倒的に勝るビークル。まともに撃ち合えば、数秒で蜂の巣だ。
『犬、三時の方向に二台。お前の頭上、崩落で突き出た鉄筋がある。五十センチほど上を狙え』
通信機から、リアの冷徹な声が響いた。戦闘の混乱の中にあっても、その声には一切の動揺がない。彼女はクレーンの操縦と並行して、外部センサーで戦場を完全に把握していた。
カイはリアの指示を信じ、遮蔽物から一瞬だけ身を乗り出すと、言われた通りの場所へパルスガンの引き金を引いた。
銃弾が、天井から突き出ていた瓦礫の塊を支える、最後の鉄筋を断ち切る。
直後、小規模な瓦礫の雪崩が発生。カイを回り込もうとしていたバギーの一台がそれに飲み込まれ、もう一台は回避しようとしてバランスを崩し、横転した。
「チッ、あのガキ!」
リーダーらしき男が舌打ちする。
カイはすぐに遮蔽物へと戻る。リアとの連携は、カイに活路を見出させた。だが、敵も素人ではない。リーダーの男は、カイを足止めすることが目的ではないと判断したのか、残った最後の一台に命令を下した。
「リーダー! ワイヤーを直接狙います!」
「やれ! あの魔女のオモチャを墜としてやれ!」
リーダー機がカイに銃撃を浴びせて足止めしている間に、最後の一台が猛然と加速。天井へと伸びる、命綱であるワイヤーの真下へと突進していく。その車体前部には、ワイヤーを切断するための大型プラズマカッターが搭載されていた。
『まずい、犬! アレを止めろ!』
リアの声に、初めて焦りの色が混じる。
カイはリーダー機からの銃撃を肌で感じながら、遮蔽物から飛び出した。
ワイヤーへと向かうバギーとの距離は、絶望的に遠い。今からでは間に合わない――。
だが、カイは諦めなかった。彼はスカベンジャーだ。戦場は、常に利用できるガラクタで満ちている。
カイは走りながら、足元に転がっていたカスタムギアの腕部の残骸を拾い上げ、ありったけの力でバギーの進行方向へと投げつけた。
「なっ!?」
数トンの鉄塊が飛んでくるとは予想していなかったのだろう、バギーの運転手が驚いて、わずかにハンドルを切る。
その一瞬の隙。
カイは膝をつき、パルスガンの照準を固定する。狙うのは装甲の厚い車体ではない。プラズマカッターにエネルギーを供給している、剥き出しの極太ケーブルだ。
引き金が引かれ、閃光が走る。
放たれた弾丸は、寸分違わずエネルギーケーブルを焼き切った。
直後、バギーは制御を失ったプラズマカッターからエネルギーを逆流させ、激しい火花を散らして大破、炎上した。
「てめぇ!」
激昂したリーダーがカイに銃口を向ける。だが、その時にはすでに、レクス7の巨体はハイエナたちの手が届かない高さまで吊り上げられていた。
万策尽きたことを悟ったリーダーは、忌々しげに舌打ちすると、残った部下と共に暗闇の中へと撤退していった。
静寂が戻った地下空洞に、カイは荒い息をつきながら、その場に座り込んだ。腕には、先ほどの戦闘で浴びた銃弾の破片が掠り、血が滲んでいる。
見上げると、空っぽになったウィンチのワイヤーが、主を待って静かに降りてくるところだった。
『……時間だ。上がってこい』
リアの、感情の読めない声が響く。
カイは傷ついた腕を押さえ、そのワイヤーへと、ゆっくりと歩き出した。