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レイン・リベリオン  作者: まくら
第一部 『鉄の胎動』
11/55

11 溶接横丁の魔女



暗い隙間の向こうで、鋭い双眸がカイを値踏みするように細められた。油と猜疑心にまみれた、カイが下層区で生きてきて、最も信じてはならないと知っている種類の目だった。


「……何の用だ、ガキ」


 スピーカー越しにくぐもった、女の声が響く。声には、長年の肉体労働で染みついたような、低いかすれがあった。


「……メカニックを探している。あんたが、この辺りで一番だと聞いた」

 カイは、ほとんど絞り出すように言った。


 痛みと疲労で、立っているのがやっとだった。女はカイの様子を数秒間、黙って観察していたが、やがてスリットが閉じる。断られるのか――そう思った瞬間、背後の巨大なブラストドアが、重い油圧音を立ててゆっくりと横にスライドした。


 カイを迎え入れたのは、むせ返るようなオイルとオゾンの匂い、そして無数の機械がひしめき合う、混沌とした空間だった。壁には天井まで工具が積まれ、床には分解されたバトルギアの腕や脚が転がっている。奥ではアーク溶接の火花が絶え間なく散り、空間全体が巨大な機械の胎内のように、低く唸りを上げていた。


 その中央に、カイよりも頭一つ分背の高く、髪作業着姿の女が立っていた。年は三十代か四十代か、引き結んだ口元と、鋭い眼光が年齢を不詳にしている。そして何より目を引いたのは、無造作に束ねられた、燃えるような赤髪だった。彼女こそが、このワークショップの主、「リア」だった。


「一番だなんて、どこのバカに聞いたんだか」

 リアは吐き捨てるように言った。


「で、依頼はなんだ。見ての通り、こっちは暇じゃない」


「バトルギアの修理と……回収を頼みたい」


「回収?どこからだ」


「旧F-12セクター、ハイウェイ跡の崩落現場の……底だ」


 その言葉を聞いた瞬間、リアは興味を失ったように、手に持ったスパナで作業台を叩いた。


「帰れ。あたしは慈善事業家でも、死体漁りでもない。そんな大規模なサルベージとフルリペアが、いくらかかるか分かってんのか。お前のその身なりじゃ、腕一本直す代金も払えまい」


 リアの言葉は正論だった。正論すぎて、カイには返す言葉もない。だが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。


「金はない。だが、あんたが興味を持つはずのモノはある」


「ほう。あたしが興味を持つモノ、ね」


 リアは嘲るように笑った。カイは続けた。


「機体は軍の旧式モデル、レクス7だ。だが、ただの旧式じゃない。俺が手に入れた設計図のデータと、内部の構造が一致しない。動力伝達の方式も、関節部の駆動系も……明らかに、公式記録にない改造が施されてる。あんたなら、分かるだろ。あれはただの鉄屑じゃない。……俺に言わせれば、あんたのような本物の職人にしか価値が分からない、逸品だ」


 「逸品」。

 その言葉を聞いたリアは、一度ふんと鼻を鳴らした。だが、その目から先ほどの侮蔑の色は消え、代わりにカイの真意を探るような、鋭い光が宿っていた。このガキは、その言葉の重みを理解して使っているのか、と。

 彼女の目が、初めてカイを金にならないガキとしてではなく、対等な技術を理解する者として見た。金儲けよりも、未知の機械への探究心を優先する、職人としての目が光る。


「……面白い。その話が本当なら、な」


 リアはしばらく考え込んだ後、カイに顎をしゃくった。


「いいだろう。取引だ。まず、あたしのドローンで現場を偵察する。お前の話が本当で、その機体が面白い逸品だと判断したら、回収してやる」


「本当か!」


「ただし、タダじゃない。修理が完了するまで、お前はあたしの犬だ。雑用、部品の調達、危険なテストのパイロット……あたしの命令は絶対だ。そして、修理の過程で見つけた、その機体の特殊な技術は、全てあたしがいただく。複製しようが、他に売ろうが、あたしの自由だ。いいな?」


 それは、あまりにも一方的な条件だった。

 だが、カイに選択の余地はない。


「……分かった。取引、成立だ」


 カイが答えると、リアは満足げに口の端を吊り上げた。


「よし。なら、さっさと中に入れ。あたしの仕事場を、ガキの血で汚すなよ」


 カイがよろめきながら一歩足を踏み入れると、背後で重いブラストドアが閉まる。

 ゴウ、という密閉音は、カイが一時的な安全を手に入れると同時に、新たな檻に囚われたことを告げる音でもあった。

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