1 屑鉄の街で
重油と錆びの匂いが、夜の空気に混ざって漂っていた。
下層区──都市の底。上層の輝く街並みとは隔絶されたこの区域では、街灯はほとんど機能せず、路地は薄闇に沈んでいる。足元には油水が溜まり、空気は重く、湿っていた。
黒髪で深い灰色の瞳の少年──カイは、薄汚れたジャケットの襟を立て、黙々と歩く。背後からは視線が刺さるように感じられるが、振り返ることはない。ここでは、弱みを見せれば命取りだ。
彼はこの街で生まれ、この街で育った。
そして学んだ。人は信用するものではない──少なくとも、この下層では。
目的地は廃工場の一角。そこに、ある“装置”が隠されていると聞いた。
装置の名は〈バトルギア〉。軍用の外骨格で、今は開発中止となり、上層区の廃棄倉庫から流れてきたらしい。
カイはそれを金に換えるつもりだった。食うためだ。それ以上でも、それ以下でもない。
鉄扉を押し開けると、室内には誰もいない。埃と鉄の匂い、そして中央に鎮座する異様なシルエット──人型に近いが、装甲板とケーブルで覆われた黒い機械。
近づくと、表面にかすかな発光パターンが走った。まるで呼吸をしているかのようだ。
「……これが、バトルギア?」
試しに肩部分に手をかけた瞬間、金属が柔らかく形を変え、彼の腕を包み込む。
カイは反射的に引き剥がそうとするが、逆に装甲が全身に走り、視界が黒いヘルムのHUDに覆われる。
脳内に直接、機械的な声が響いた。
《ユーザー認証完了──パイロット、カイ・レイン。任務プロトコルを起動します》
「任務? ふざけるな、俺は──」
言い終わる前に、工場の外から複数の足音。武装した集団が影から現れた。
上層区の紋章が刻まれた防弾ベスト。銃口が、一斉にカイへと向けられる。
「おいおい……何の冗談だ」
次の瞬間、HUDが真紅に染まり、視界右下に表示が現れる。
《脅威検知──排除を推奨》
カイは息を呑んだ。
機械が、彼に殺せと言っている──