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キリフへ至る途

本編これです、番外、設定を3本連続投稿します。よろしくお願いします。

 ふと気づくと、バスに乗っていた。ぱちり、と一つ瞬きをしてから車内を観察する。

 やや古めいた型らしく、よく揺れる。降車ボタンも最近見るスタイリッシュなタイプではなく、どこかレトロさを感じる、やや大ぶりなデザインだ。

 車内は満員と呼ぶほどではなく、けれど空いてるとは呼べないレベルに乗客が居た。それなりに人は居るようだが、騒がしさのようなものはなく、皆静かに着席している。

 なんとなく、違和感のようなものを抱きそうになったところで、窓からの風景に意識をとられた。


 長閑としか表現しづらい、よく言えば自然溢れる、悪く言うなら田舎っぽい、都会とは呼べない風景。

 バスの通る道はぎりぎりアスファルトで舗装してあるが、それ以外はどう見ても畦道。というか、バスが通る部分だけアスファルトで、なんなら道の端は普通に砂利道だ。逆にもう全部砂利道方が良かったのでは? と思ってしまう。


 流れていく景色を眺めていると、なぜか通行人たちがこちらを見ながら手を振っている。みな一様に立ち止まり、こちらを見て、大きく、小さく、手を振っている。どうやらバスが見えなくなるまで、手を振っているようだった。

 疑問に思い、隣に座る姉に問いかけると、私たちに母が居ないからだと教えられた。


 母が居ない? ……そういえば、思い出せない。


 私たちにはばあちゃんしか居ない。母が居ない、親の居ない子供だから手を振られるのは当たり前だと姉が言う。言われてみれば、そうか、と納得する。

 このバスに乗っている女たちは皆、母が、親が居ない子どもだから。



- - - - - - - - - -

 ぱちり、と目を醒ますと、見慣れた天井。

 あぁ、夢だったのか、と納得しつつ、不思議な夢だったと首をひねる。

 だってわたしの母は健在だし、姉なんて居ないのに。

 ぐっと体を伸ばして、ベッドから下りた。きらり、サイドボードに載せておいた羽根が陽を反射して光る。

 そうっと撫でて、身支度にかかった。

- - - - - - - - - - -



 片親なら○、親無しなら◎がつけられ、リストに乗るのだと姉が教えてくれた。

 母が居ないなら父は居るのか、と思うも、自分に父など居ただろうか? 思い出せない。

 リストに乗った者から選ばれて、ここに居ると教えられる。そうか。私たちはリストに乗ったから、バスに揺られているのか。


 なんのリストだろう、と考えそうになると、だから皆が手を振っているんだと言われ、意識をそちらへ持っていかれてしまい、それもそうかと納得する。

 手を振り返した方が良いか、と尋ねると、その必要はないと言われた。そうなのか、と答えるも、自分が今一つ納得できない顔をしていたのだろう。

 必要はないが、笑いかけてやると良いと言われたので、その通りにした。手を振る人々は、笑顔で応えると嬉しそうに見えた。



- - - - - - - - - -

 ぱちり、と瞼を開くと、いつもの天井。

 どうやら、この夢は続き物らしい。前回の続きらしい場面から始まり、少しずつ進んでいると思われる。

 それにしても、リストってなんだろう。私に母は居るが、父親は居ない。姉だって居ないし、ズレがひどいな。

 あとバスに向かって皆が手を振るのも、よくわからないし、なんで笑いかけるんだ?

 サイドボードの羽根を一つ撫でて、立ち上がった。

- - - - - - - - - -



 斜め後ろの妹に、どこへ向かってるの? と聞くと「キリフ」と答えた。

 聞き覚えは無いはずなのに、なぜか、そこへ行くのが当然だと納得した。だって、そのためにバスに揺られているんだから。


 妹たちがはしゃいだように盛り上がっている。「キリフ」へ行くのは、誇れることであるようだ。

 真後ろの妹に、どんな場所なの? と聞いても「知らない」としか返ってこない。知らないのに、素晴らしい場所で、行けるのが誇れること?


 バスに降車ボタンはあるが、誰も押さない。ときどき停留所のようなもので停車して誰かが乗ってきたり、かと思えば通過したりしている。降りる人は、誰も居ない。

 あれはなに? とボタンを指して聞くと、今回は使わないと教えてくれた。

 今回は、ということは、次回以降があるんだろうか?


- - - - - - - - - -

 覚醒して、一瞬だけ迷う。そう、あれは夢。これは、現実。緩慢に体を起こして、サイドボードに手を伸ばす。

 今日は妹が来ると言っていたはず。羽根を撫でながら、一日の予定を確認した。

- - - - - - - - - -




 最初こそあれこれと自分にいろいろ話しかけて教えてくれた周囲も、目的地が近づいているのか、徐々に口数が少なくなっていく。


 「キリフ」に行くのは女だけ。リストに乗っている者から選ばれる。

 このバスに乗っているのは「キリフ」行きだけだから、道行く人々はこちらへ手を振る。


 わかったのは、これくらい。

 自分の隣に座る姉と、斜め後ろと、真後ろに座る妹が教えてくれた。二つ後ろに座っているばあちゃんは、静かに目を閉じている。


 話すべきことはもう無いとばかりに、話しかけても答えが返らないことが増えた。ばあちゃんに至っては、初めから首肯か頭を振るくらいしか返事をくれなかったが。

 もう少しくらい、話してたって良いじゃないかと思うけど、そういえば周りは全然話し声がしないと気づいた。

 もしや、車内は私語厳禁だったりしたんだろうか。そうだとしたら、悪いことをしてしまった。少しだけ反省した。


 やがてバスは静かに停車し、前方の座席から少しずつ下車していく。自分たちは後方に座っているので、おとなしく順番を待つ。


- - - - - - - - - -

 眼前の天井に、一瞬だけ違和感を抱いて、気のせいだと頭を振る。

 なんだかひどく体がだるいし、頭も重い。風邪のひき始めなのかもしれない。

 サイドボードに手を伸ばしながら、風邪薬をどこに仕舞ったか考える。羽根を撫でて、ベッドから出た。

- - - - - - - - - -



 バスを降りると、皆は足早にどこかへと向かう。出遅れた自分は慌ててそれを追いかけた。

 どんなに急いでも追いつけない。皆どうしてあんなに早く歩けるんだろう。まるで滑るように進んでいく。

 するすると、まるで水面を滑っているみたい。例えるならそう、泳いでいるような。

 自分の足が一歩ずつしか進めないのが、悔しい。


 途中で小さな集落を抜けて、しばらく進むと不思議な空間に出た。

 やや窪んだ地面にゴツゴツと大岩を敷き詰められた広場みたいな場所で、周囲にはどこかへ繋がる、いくつもの坂道が並んでいる。


 一目見て、これはダメだと思った。


 何が、かはわからないが、ダメだ、と。

 バスに乗っていた皆は散り散りに坂道を登っていく。あの人たちとは、もう二度と会えないのだ、と直感した。


 人間の足とは思えない速さで登る女たち。足場は決して良いとは言えず、むしろあちこち岩が剥き出しで道と呼べるかも怪しい。傾斜も厳しく、ガイドも無しに登って良いものでは無いはずだ。

 けれど祖母も、妹たちも、するすると登っていく。


 いやだ、待って。


 自分も追いかけようとして、先に登りかけていた姉が、くるりとこちらを振り返り、姉の登ろうとしている坂道とは違う坂道を指さした。


「あんたはあっち。こっちには来るな」


 姉がそんなふうにぞんざいな言葉遣いをするのは初めてで、驚いて足を止めてしまった。

 こちらの手首を掴み、坂道の登り口から進路を逸したと思うと、ぼそぼそと何か呟いて、姉はするすると坂道を登っていった。

 あっと思った瞬間にはもう、姉の姿は影も見当たらず、考える前に体が動いた。


 追いかけなければ。


 姉が違う坂道を指さし、わざわざ登り口から足を逸したというのに、自分は姉が登った坂道へ足を踏み出しかけた、瞬間。


 尋常ではないスピードで、目の前の坂道から何かが転がり落ちてきた。

 見間違えるわけがない。だって……あれは。あの人、は。


 姉、だった。


 さっきまで話していた、動いていた、生きていたはずの、姉が。

 およそ生命の感じられない色、温度、形で、驚くような速さで、眼前にどしゃりと転がった。


 人間がこんな形になるわけがない。こんな色になるわけがない。

 そう思いながら、恐る恐るそれ(・・)に触れると、驚くほどひんやりしていた。

 ついさっき、自分の手首を掴んだ温度が思い出せなくなっていく。

 だって、さっきはあんなに温かかったのに。……ほんとうに?

 あんなに柔らかかったのに。……ほんとうに?


 助けを呼んだところで、もう助からないことがわかってしまう。

 けれど、このまま放置しておくわけにもいかない。早く、人を呼ばなければ。そう思うのに、喉は張りついたように声が出ない。


 さっきまで晴天だったはずなのに、雲が増え、陰りが多くなる。じわりと雨の匂いが漂い始めた。

 それで何かを察知したのか、ここへ来る途中に通り抜けた集落の人々が集まりだす。その表情が心なしか嬉しそうに見えた。


 自分はこんなに胸が潰れそうだというのに。


 気づけば集まった人々に押し退けられ、自分と姉は随分と離れてしまった。さっき触れた姉の冷たさで、自分の指先がじんじんと冷えていくのがわかる。

 集まった人々が何やら騒いでいる。けれど、その声はまったく自分に届かない。へんなの。あんなに騒いでいるのに。


 姉は最後に、何か呟いていた。なんと言っていただろうか。たしか、そう。


「ウグイ」


 自分を呼ぶ声に、意識が引き戻される。はっと目を瞬けば、目の前に大柄な男が立っている。

「……オジロ」

 そうだ、姉は最後に、この男の名を呼び、何か言っていた。なんだったろう。

「ヤマメから言われてたんだ。何かあれば頼むと」

 考えようとするけど、オジロの声で思考を霧散させられる。


 ぐわんぐわんと視界が揺れる。頭が割れそうに痛い。体が鉛になったように、重い。

 きゅーっと見えない真綿で首を締められるように息苦しく、呼吸もままならない。

 立っていられなくなって、ぐらりと傾いだ体をオジロが受け止めてくれた。がっしりとした体は、びくともせずに私を受け止める。


 ヤマメ(ばあちゃん)も、私を心配してくれていたようだ。何も言わずにするすると坂道を登ってしまうから、私のことなんてどうでも良いのかと思った。疑うだなんて、なんというばあちゃん不孝なのか。


「他は皆、登ったのか?」

 人集りに囲まれた姉を一瞥して、オジロが問う。そちらへ視線を向けそうになって、慌てて逸らした。今は、とても落ち着いていられない。

「……わたしだけ、」

「構わない」

 登り損ねた、と言い切る前に、オジロに遮られる。

「今回はもう足りた(・・・)。もう必要ない」

 足りた、とは。必要ない、とは。思わずオジロを見上げると、(いたわ)るような目をしていた。


「家族が減って悲しいだろうが、俺が居る。なに、これでも兄として、妹分を養うくらい、なんてことない」

 そう、そうだ。オジロは、兄だった。姉より少し年上の、兄。わたしの、兄。


 ……ほんとう?

 わたしに、兄なんて、居た? だって、わたし、いちばんおねえちゃんでしょ、って、なんども。


 がんがんと頭痛がひどくなる。息を吸いたいのに、思うように吸えなくて、ただひゅーひゅーと弱々しい空気の洩れる音だけ響く。

「ウグイ」

 オジロからの呼びかけに、息苦しさに涙の滲む目でオジロを見上げれば、怖いくらい真剣な顔が近づく。

 あ、と思う間に、唇が塞がれた。

 キスした、と考える前に、重なった唇から空気が送られてくる。途端に息苦しさが解消されて、ちかちかしていた視界がクリアになる。


 知らず、酸素を求めるように口を開くと、ぬるりとした何かが滑り込んできた。

 息苦しいはずなのに、なぜか楽になるのが不思議で、とろりと送り込まれる唾液を必死に嚥下する。

 気づけば自分からも舌を伸ばして、絡んだ舌を緩く吸い上げていた。

 濡れた音を立てて離れた唇は、つう……と銀の線が伝い、今しがたのキスの生生しさを表しているようだった。


 さっきとは違う息苦しさに視界が滲む。というか、キス、初めてだったんだけど、あまりにも強烈すぎて、よくわからなかった。


「そんな心配そうな顔するな。俺が居る」

「うん」

 オジロが言うから、そんな気がしてきた。さっきまでの動揺も、スーッと引いていくから不思議だ。

 さっきまでの息苦しさも、嘘みたいに引いていた。なんだったんだろう。まるで魚が水中から引き出されたみたいな……。

「ウグイ」

 名前を呼ばれると、考えていたものが全て霧散してしまう。不思議。何か、考えていた気はするのに、どうでも良くなってしまう。

「しばらくここを離れても良いし、気晴らしに旅にでも出るか? つらいだろうが、ウグイを一人にはしない」

 琥珀色の瞳を見ていると、なんだかソワソワする。じりじり、熱に浮かされて、背中が焦げてしまいそう。


「ここは、悲しいことを思い出しそうだから、旅が良いな」

 オジロが、一人にしないと言ったのなら、そう(・・)なのだ。もう孤独にはならないだろう。だって、オジロが言ったのだから。

 それに、オジロが居るなら、寂しく、ない。


「そうだな。どこが良いか。希望があれば遠慮せず言うと良い。俺がどこへでも連れて行く」

 嬉しそうに眩しく笑ったオジロが、私を抱き上げて歩きだす。私を片腕で抱き上げて、その肩に座らせた。まるで重さなんて感じないように運ぶから、大きな体の力強さを実感する。

「オジロと一緒なら、どこだって楽しいよ」

 目の前のオジロの頭を抱きしめると、嬉しそうに目を輝かせたオジロが笑う。

「ウグイは謙虚だな」

「お手軽で手がかからないのが美点だよ」

「あぁ。思い切り甘やかしたいから、もっとわがままでも良いんだが」

「……ほんとはね、すごくわがままなの。もっとキスしてほしい」

 オジロの頬にキスすると、オジロは堪えきれないように肩を震わせて笑い、肩から私を下ろして抱きしめた。

「お安い御用だ」

 重なる唇が優しくて、嬉しくて、私はなぜだか涙が溢れた。




 それから私は、オジロと二人で旅をして、あちこちを巡った。

 オジロは宣言通りに私を思い切り甘やかして、大切にしてくれた。唯一の宝物のように、手中の珠のように、優しく、甘く、扱ってくれた。

 旅を続けるうちに、家族を失った悲しみも癒え、まるで最初から二人だけだったような気もしてくるから不思議だ。



 旅の始まりはあちこちへ行ったはずで、いろんな場所を巡ったけど、気づけば山奥の、なんだか神域のような場所で暮らしていた。

 庭から見下ろした先には、なんとなく見覚えのある岩場が遠くに見えて、もしやと思った。

 私のことは物静かな女の人たちがお世話してくれて、不自由なく暮らしているけど、この人たちはもしかしたら、私と同じように、バスに揺られてやってきたのかな。


 一度だけ、オジロに問いかけたことがある。

「ここはきりふ……なの?」

 オジロは驚いた顔をしていたけど、すぐに笑って、

「よく気がついたな?」

 と言った。むしろ気づかないわけがないと思うんだけど、私はどれだけぼんやりしてると思われてるのか。


 きっと私がどこかへ行きたいと言えば、オジロは連れ出してくれる。

 だけどそうすると、今ここに居る、私のお世話をしてくれる人たちが、暮らしていくのに困ることになるみたい。


 あの人たちは、私のお世話をするためだけに存在しているのだと、オジロが話していた。

 お世話をする人が居なくなると、存在意義がなくなってしまうなら、あの人たちはどうなってしまうのか。

 少し考えただけで怖くなってしまったので、おいそれと「出かけたい」なんて言えなくなった。


 それにオジロも、私がここで暮らしているのを見ると、嬉しそうにしている。

 もしかしたらオジロは、自分の縄張りに囲いたいタイプなのかもしれない。というか、きっとそうだ。




 バスに揺られてたどり着いた先で、家族を失い一人になったけど、オジロが迎えに来てくれたおかげで、私はこうして幸せに暮らしている。

 ときどき、何かを思い出しそうでぼんやりとすることはあるけど、そんなときはオジロが強く抱きしめてくれる。そうすると何も考えられなくなって、ただ、オジロのことで頭がいっぱいになる。


 私はこれからもオジロと二人で生きていく。

本人はハッピーエンド。

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