表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/1

第一話 二人はいつまでも幸せに……




『がははははっ! 勇者よ、人間の身でよくここまでやったものだ!』

「……魔王、最期になにか言い残すことはあるか?」


 今際の際、聖剣〈マータニティー〉を喉もとに突き付けられた魔王は、ニヤリと笑みを浮かべて転生勇者シアリスに呪いの言葉をかけた。


『ああ、そうだな……。勇者よ、お前が本当の幸せを掴むことは、もう二度とできないだろう。末代まで……いや、もはや末代まで呪う必要もない。貴様の代で、血筋は途絶えるのだからな! がははははっ!』

「そうかよ!」


 勇者は首を刎ね、魔王は絶命する。

 その瞬間だった。緑色の閃光が死骸から放たれ、魔王の間を包み込んだ。


「うっ、これは……フィルっ!」

「勇者!」


 シアリスは隣で前衛を勤めていた女騎士フィルを庇うように前に出て、ぎゅっと抱きしめた。

 魔王の自爆魔法ボムラだ。絶命の際にすべてを巻き込む大爆発が起こる……かと思いきや、光線は数秒で止んだ。


「……おい、無事か?」

「あ、ああ……」


 重戦士デュファストンの声でシアリスが再び目を開けると、魔王の死骸は大気に溶けるように消滅していた。


「も、もしかして……」

「俺たち……勝ったのか……?」


 シアリスとフィルは、抱き合ったまま顔を見合わせた。


「なんだよ、フィル! 抱きしめちゃって、お熱いのー!」

「ちゃ、茶化すなよ、馬鹿!」


 魔術師セロフェンが茶化すように言って、フィルは顔を真っ赤にして押しのけるように勇者から身体を離した。


「みなさん! 大丈夫でしたか?」


 後衛の賢者エストラーナが駆け寄り、その場の全員に回復魔法をかける。

 魔王とその召喚獣によって負った戦闘の傷がみるみる癒えていくと、勇者パーティー一行は腰を下ろしてほっと一息ついた。


「これで、ようやく終わったんだな……。みんな、今までありがとう……」

シアリスが一同の顔を見回して感慨深げに言うと、デュファストンは首を振った。

「お礼を言うのはまだ早い。帰るまでが冒険だからな」

「そうだぜ、シアリス。報奨だって貰ってないしよ! こうなったらたっぷり王国からせしめてやろうぜ!」

「せしめるなんて……民の血税ですよ!」


 茶化すように言うセロフェンを、エストラーナがたしなめた。エストラーナは魔王討伐を依頼したプレグランド王国のお姫様なのだ。

 いつもの光景に一同は笑い声をあげる。そのやり取りに張りつめていた緊張が一気に解けたようだった。

 しばしの談笑の後、シアリスは膝を打って立ち上がった。


「さあ、みんな、王国に帰ろう!」




   ― ― ―




 魔王討伐に成功した勇者一行は、国を挙げての歓迎を受けることになった。

 通りに舞い散る花びらに、楽隊が奏でる陽気な音楽。王都コンドルムは歓喜のムード一色で、凱旋式には国民だけでなく、国王自らが城を出て一同を出迎えた。式典にご馳走にと、忙しなくも平和な時間が過ぎていく。

 払った犠牲は大きかったが、これで魔物との戦争に終止符が打たれ、平和な時代が帰ってくるのだから、それも当然のことだった。

 帰還から数日経ったある夜、勇者は女騎士の部屋を尋ねた。


「シアリス……こんな時間にどうしたんだ?」

「ちょっと話がしたくてな」

「あ、ああ、そうか……。いいぞ、入って……」


 フィルは今にも眠ろうとしていたのか、薄手の寝間着姿だったが、上着を着て出迎えてくれた。

 シアリスはソファーに腰を下ろし、短い赤髪をいじっている最初の仲間に目をやった。


「思えば長いようで短い冒険だったな……。最初は、俺とフィルから始まったんだった。こんな俺についてきてくれて、ありがとう、フィル。君がいなかったら……」

「そんな、水くさいこと言うなよ……俺とお前の仲だろ?」

「そうだな……」


 シアリスは緊張を押し殺すように、ぎゅっとズボンの裾を握った。ドキドキと、胸の鼓動がやけに大きく聞こえる。

 転生者としての前世の記憶もこの頃では随分と薄れてきたが、おそらく、このような体験は前世でもしたことがなかったのだろう。

 この一言に、今後のすべてがかかっているのだ。今までの関係を壊してしまうかもしれない一言だ。ふいに降りた沈黙に、口がやけに乾く。


「その……きょ、今日は……」

「お、おう……」

「その、お願いがあってきたんだ」

「お願い?」


 それを聞いて、フィルはほっと安堵の息を吐いた。


「なんだよ、水くせーな! いいぜ、なんでも言ってみろよ!」

「あの、な……」

「うん?」

「その……結婚、してくれないか?」

「結婚? いいに決まってるじゃねぇか! 大歓迎だよ! まったく、そんなこと……で……えっ?」


 フィルは信じられないというように、目を丸くして勇者を見た。じっと視線が合って、顔が一気に真っ赤になる。


「ほ、本気なのか?」

「本気だ。これからの人生をフィルと過ごしたい」

「て、てっきり、俺は……姫様を選ぶかと……」

「エストラーナか? なんで?」

「い、いや……その……」


 フィルは視線を外し、もじもじと手遊びして言った。


「な、なんで俺なんだよ? 全然、女っぽくねぇし、おしゃれでもないし、剣を振ることしかできない筋肉馬鹿なのに……」

「そんなの関係ない。そんなフィルが好きなんだ」


 シアリスはフィルの手をぎゅっと握って、その目をじっと見つめた。


「シアリス……お、俺……」

「フィルは……どうなんだ?」

「お、俺も……」


 フィルは喜びに涙をにじませる。

 その続きは言えなかった。

 シアリスはキスをすると、フィルをぎゅっと抱きしめた。力強く、熱い口づけを何度も交わす。二人は固く結ばれ、そのままお互いの温もりに身を寄せるように、じっと動かなかった。

 翌日、勇者と女騎士の結婚が発表され、王国は祝賀ムードに包まれる。純白のウエディング・ドレスに身を包んだフィルの美しさは、今まで彼女を筋肉女と馬鹿にしてきた男たちをアッと驚かせるほどの美しさだったと伝えられている。



 ――そして、魔王を討伐して結ばれた二人は、いつまでも幸せに暮らしました。



 ……と、子ども向けの絵本にはそう書かれている。しかし、二人の本当の戦いは、ここから始まるのだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ