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異世界コールセンター! ~冒険案内受け付けます~  作者: 國樹田 樹


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上司の土下座と部下の葛藤


「すまなかった!!」


「っひ」


 目覚めたイサは目の前の光景に悲鳴を上げた。


 なぜか、水も滴るどころかずぶ濡れの上司が、床に座って自分に土下座していたからだ。しかも自分は裸に青い長衣のようなものをかけただけの姿である。これは夜着だろうか。


(わ、私どうしてこんな状況!?)


 イサは頭を整理しようと思考をフル回転させた。まず裸であること。そしてこの部屋の風景。


 ああそうだ。ここは脱衣所だ。管理者用の。そしてイサは浴場に居たはずだ。けれどジャンが入ってきて―――それはイサが掛札を忘れたからで―――次にエキディウスが入ってきて、ジャンがイサを隠してくれた。


 が、その結果イサはのぼせたのだ。


(私、お風呂でのぼせて倒れたんだ……じゃあここに運んでくれたのはムール統括長……しかいない、よね……? で、起きたら土下座……ええと……つまり、それって)


 真面目なジャンのことだ。倒れたイサを責任感から介抱してくれたであろうことは想像に難くない。


 実際、のぼせていたはずなのに体温は落ち着いているし、頬が熱いのはたんに自分が裸で恥ずかしいだけだ。青い長衣はおそらくジャンのもので、彼が掛けてくれたのだろう。


 ということは、だ。


「み、見ました……よね?」


 長椅子で状態を起こしたイサが胸元を長衣で押さえながら聞くと、頭を下げていたジャンの方がぎくりと跳ねた。よく見れば彼は白いシャツに白いズボンという仕事をする時の姿になっている。


 元々着ていた服なのだろう。彼の着替えは今イサが被っているせいだ。


 ジャンの服はなぜかずぶ濡れで、シャツが張り付いているせいで彼の肌が薄ら透けていた。正直、目のやり場に困ってしまう。なのに長い足を折りたたみ地面で正座しているのだからあまりにもちぐなぐな光景である。


(ムール統括長、どうして濡れてるんだろう。でも、謝ってくれてるのってたぶん、私の裸を見てしまったから……ってこと、だよね?)


 ジャンの行動はおそらく不可抗力とはいえ女の裸を見てしまったからだろうと見当を付けたイサはひとまず事実確認を試みることにした。何より自分が知りたい。


 頭を下げたまま動かないジャンに、イサはもう一度尋ねてみる。


「あの、私の裸……見えてしまいましたよね……?」


「う……」


(あ、やっぱり)


 ジャンが言葉に詰まったのがわかった。気の毒なほど挙動不審な上司を見ているとイサは逆に申し訳なくなってしまう。そもそも入浴時の掛札を忘れたのはイサだ。そのせいでジャンはこんな事態になってしまったのだ。ある意味被害者である。イサの性別を知ることになったあの時と同じだ。


「あの、気に……」


 しないでください、とイサが続けようとした瞬間、そろりと顔を上げたジャンは口元を引き結び苦悶に耐えるような表情をしていた。斜め下に向けられていた薄薄氷色の瞳が戸惑うように、かつ気まずげにイサを映す。


「すまない! 君を運ぶ時に、少しだけ……! 短時間ではあるがこの目にしてしまった! 申し訳ない!」


 まるで罪を告白するかのように思い詰めた表情のジャンが、目元を赤く染めながら、けれども眉根を強く寄せ険しい顔で独白した。


 イサにジャンを責めるつもりは毛頭無いというのに彼は必死に言葉を紡いでくれている。イサは単に確認をしただけなのだが、ジャンには責められているように聞こえたのかも知れない。けれどイサには怒りなどは全く無い。それどころか上司に土下座されている理由がわかってただ納得していた。


(まあ……胸どころか裸まで見られたことは流石に死ぬほど恥ずかしいけど……元はといえば私が悪いし)


 結局のところすべてをジャンに見せてしまったのだと思うと嵐のような羞恥に襲われるが、今はまず、地べたに正座で座ったままの上司を何とかしなければいけないとイサは自分を奮い立たせた。


「不可抗力なのはわかっていますので謝らないでください。ものすごく恥ずかしいですが……忘れていただけると大変有り難いです……むしろ私の方こそ掛札を忘れてしまい本当に申し訳ありませんでした……」


 蚊の鳴くような声で言いながらイサは頭を下げた。自分の不甲斐なさに脱力もしていた。


 ジャンは今回もイサが倒れたのを助けてくれたに過ぎない。

 なのに謝罪をされるのは間違っている。土下座なんてもっての外だ。


「ち、違うっ。それについて謝っているのではないっ、いや、確かにそれも謝罪すべきではあるが……!」


「え、と? ではどういう……?」


 けれど上司に否定される。言い淀むジャンにイサは疑問符を浮かべた。それについて謝っているのではない、とは一体どういうことだろうか。他に何かあるのだろうか?


 見当もつかず、イサはきょとんとした顔でジャンの言葉を待った。


「その、だな……」


 彼は言いにくそうに口を開いたり閉じたりを繰り返していた。けれどやがて意を決したように、ぐっと目に力を入れてイサを見る。


「本当にすまない……!! 俺は、意識の無い君に……その、無体を働いてしまった! どこへなりとも突き出してくれ! 辞職もしよう! 責任は取る!!」


「は??」


 言って、ジャンは再びばっと頭を下げた。土下座だ。今度こそ正真正銘本物の土下座だ。


 絨毯にジャンの額がひっついてしまっている。イサは仰天して目を剥いた。


「え、ちょっ……!? 待ってくださいムール統括長、事情が全くわかりません……! 辞職って何ですか!? 無体って!?」


「俺は卑劣だ……寝ている君に、あのような……っ」


 ジャンの口からとんでもない言葉が飛び出して、イサは一瞬呆けてしまったが飲み込んだと同時にパニックを起こした。ジャンはまるで犯罪者か何かのような口振りではないか。


 辞職、無体、卑劣。およそ彼には似つかわしくない単語ばかりが並んでいる。


 ジャンは額を絨毯に付けたまま続けた。


「君が倒れた後、ここに運びその椅子に寝かせ、熱冷ましの術をかけたところまでは良かったのだ。しかし……俺は眠る君に不埒な、真似を。本当にすまなかった!!」


 どうやらジャンはイサが眠っている間に何かをしてしまったらしい。がイサには記憶が無いので全くわからない。身体に変わった様子があるかと聞かれれば否と答えるし、それどころかのぼせていたというのに怠さすら感じない。身体のどこかにおかしな変化なども無いのだが。


「それは……具体的には、どういう……?」


 恐る恐る聞いてみると、ジャンは土下座していた頭を少しだけ上向け、イサを見上げた。濡れた美形の上目遣いに思わずイサがうっと声に詰まると同時に、ジャンが瞳を揺らして口を開く。


「眠る君に……その……口付け、を」


「く、くちづけ……」


「そ、それ以上はしていない! 断じて! したくはあったがしていない!!」


「そこまで言わなくて良いです!!」


 正直すぎる告白にイサはただ驚くばかりだ。ジャンの言葉を復唱しながら、あの美麗な尊顔が己の顔に近付いた様を想像して赤面する。何というか、絵面の破壊力が凄まじい。というより、それ以上したかったとは何だ。


(覚えてないけど……っ何て言うか!! 恥ずかしい!!)


 イサは得も言えぬ感情に耐えられず片手で顔を覆った。それを泣き出したと勘違いしたのか、ジャンは意気消沈した面持ちで視線を落としながら懺悔の言葉を紡ぐ。


「本当にすまない……君は俺を軽蔑しただろう。これは犯罪だ。どんな罰でも受ける。エキディウスかローベニクに報告すれば査問委員会によって俺は裁かれるだろう。君の前に姿を見せることも二度と無い。君の性別については明かさねばならないが、決して悪いようにはしないし、不利にはならないと約束する。……ビルニッツ、本当にすまなかった」


 深い悔恨を滲ませた苦しげな声音はイサの胸を突いた。それどころか、ジャンが淡々と説明してくれる今後の予定に焦ってイサは慌ててて顔から手を離した。まさか口付けがこんな事態にまで発展するとは思わずぱかりと口が開く。


(っていやいやいや! 流石に思い詰め過ぎでしょ!)


 ジャンの生真面目さにイサは驚きを通り越して少し呆れてしまった。


 確かに意識の無い女性相手にすることではないし、普通なら犯罪だがイサはジャンの正直さが好ましいと思えた。むしろ恥ずかしさはあれ嫌悪感なども感じていない。


 胸を触られた時と同じだ。それに、ジャン自身が自分を犯罪者だと断言しているせいで責める気にすらなれないのだ。


(案内所は男性限定だし……そこに私程度とはいえ女性が目の前にいたら、まあそういう気分になっても仕方ないのかも……)


 男所帯である案内所では色々と貯まる鬱憤もあっただろうと、イサはジャンの行動を突発的なものと断定した。そうでなくとも、口付けされたと聞いてもイサは全然嫌だとは思わなかったのだ。この場合、当事者間で解決できるならそうするべきだろう。何よりイサは、ジャンという人間が人として好きだ。


(人として……だよね?)


「あの、ムール統括長、私は気にしていないので……その、ここは男性ばかりですし、女性が私しかいなければまあ……そういう気持ちになることも致し方ないでしょうし……なので、そんなに思い詰めないでください。私はムール統括長が辞職されるなんてこと望んではいません。むしろ逆です」


 ふと浮かんだ疑問をひとまず置いておいて、イサはジャンに語りかけた。視線を床に落としたままの上司を見つめて微笑みかける。その気配に気付いたのか、ジャンがこちらを向いた。


 けれど、ジャンは思い詰めた表情のまま首を横に振る。


「俺は……幼少の頃から男に無理矢理手込めにされる女達を散々見てきた。そうされた女達が辿る末路もすべてだ。俺が君にしたことは許されることでは無いんだビルニッツ。頼むから、そう簡単に言ってくれるな。君という女性は、イサ・ビルニッツ……いやイサ・カブラギ。君という女性はそんな風に軽々しく扱って良い人間ではないんだ。君は誰からも尊重され、慈しまれ、愛されるべき存在なのだから」


「え……」


 真摯で真っ直ぐな瞳と、言葉が、イサの胸に突き刺さる。ジャンはイサを窘めるように、諭すように優しくゆっくりとそう語った。彼の薄氷色の瞳には哀しみとも取れるような真剣さが滲んでいて、深い苦悩が感じられる。ジャンは、イサが自分を軽んじるような発言をしたことを、強く悲しんでいるようだった。


「その……」


 まさかそんな顔をされると思わず、イサは言葉に詰まった。それに、ジャンが優しく瞳を細める。


「イサ・カブラギ。君は優し過ぎる……俺のような卑劣な者にすら慈悲を与えるなど……君はきっと、誰に対してもそうなのだろうな」


「ムール統括長?」


 イサを見上げたジャンが眩しそうに瞳を細めた。その微笑とも、泣き笑いともいえない表情にイサの目が惹き付けられる。目が離せなかった。ジャンの浮かべたそれが、あまりにも綺麗過ぎて。


「エキディウス達に訴えろと言っても、君は聞かないのだろう」


 そう言ったジャンが一度立ち上がり、イサの前に来て膝をついた。そうして、下からイサを一度見上げてから頭を下げる。


「約束しよう。この先何があっても、俺が君を守ると。それが今回仕出かしたことの詫びになるかはわからないが、仕事ではもちろん、君がここにいる間、俺は全力で君が健やかに過ごせるよう努める。もとよりそのつもりではあったのだが、君に約束はしていなかったからな。どんな些細な事でも良い。俺を頼ってくれ。元の世界の話がしたければいくらでも聞くし、聞かせて欲しい。君がどんなところで育ち、どんな風に考え生きてきたのか、こことどう違うのか……今までオウガスト以外には誰にも話せなかったのだろう?」


「っ……」


 顔を上げたジャンに真っ直ぐ見つめられて、イサは喉を詰まらせた。


 あまりにも真摯な瞳に射貫かれる。じわり、と目尻に熱いものが浮かんだ。


「君は眠っている間、兄を呼んでいた。……兄弟がいるんだな」


「はい。兄が一人、います……」


「そうか」


 こみ上げた涙をぐっと押しとどめたイサが答えると、ジャンは優しい顔で頷いた。

 それに、余計涙が溢れ出しそうになる。


 元の世界の家族について、話したのはオウガストだけだ。


 彼と離れてからは誰にも話せていない。イサはいつか元の世界へ帰ることを考えて、あまり個人的なことは同じ案内人仲間にも話さないようにしていた。話してしまえば郷愁の念に駆られるだろうし、そうしたら、きっと泣いてしまうとわかっていたからだ。


 ジャンがイサの事情を理解してくれていることは確かに心強かった。けれどやはり上司という関係性で気安く話しかけることはできなくて、ましてや元の世界への望郷の思いを語ることなど考えもしなかった。


 けれどジャンは聞いてくれるのだと言った。聞かせて欲しいと言ってくれた。

 それが、イサには堪らなく嬉しかった。


「ありがとう、ございます……ムール統括長」


「礼を言われるほどのことではない。それどころか、俺は謝罪する側だ。君がもし、気が変わって後から俺のことを許せないと思ったならいつでもエキディウス達に報告してくれ。君の性別については言わないが、ビルニッツからの報告はすべて真実だと奴らには話しておく」


「それは本当に大丈夫なので……!」


 自嘲するように言うジャンをイサは慌てて制止した。気が変わるなんてことは絶対に無いのに、この上司は本当に生真面目が過ぎる。


「俺はいつでも覚悟していると言いたかっただけだ。その、今日は本当にすまなかった。それと今更だが体調は大丈夫か? 顔色は良さそうだが」


「大丈夫です」


 その覚悟は必要ないのだが、と思いつつイサが自分の体調について答えると、ジャンは一つ頷いて立ち上がった。そして、扉の方に身体を向けると横目でちらりとイサを差す。


「なら君もそろそろ服を着た方が良いだろう。風邪を引いてはいけない」


「あっ! そそそ、そうですね!」


 本当に今更だが、イサはまだ裸なのだ。上にジャンの青い長衣を羽織っては居るが、前掛けのように片手で押さえているだけである。


「俺は外で待っていよう。またエキディウスが来てもいかんからな」


「は、はい」


 イサの返事にひとつ頷いたジャンはそのまま静かに脱衣所を出て行った。と同時に、イサは大急ぎで自分が持ってきていた着替えを手早く身につけた。


「お待たせしましたっ!」


 着替え終わったイサが脱衣所から出ると、ジャンが扉の前で待っていた。彼はイサが手にしている青い長衣に目をやって軽く首を傾げている。それに、イサが苦笑した。


「これ、洗ってお返しします」


「気にしなくて良い。俺も後でまた入りに来るからな。その時に着る」


 言ってジャンが手を差し出してくる。だがイサは長衣を渡すのを躊躇った。


「でもあの……私の肌に触れていたので……そのままお返しするのは忍びなく……」


 そう言いながらイサが目を泳がせていると、はたりと一瞬固まったジャンが慌てたように手を引っ込めた。


「そっ……そうか、君が気になるならその、わかった。頼む」


「はい」


 そして、ぐっと顎を引いて重々しく頷く。ジャンの目元が少し赤い。そしてイサの頬も赤かった。お互いに恥ずかしくて照れている。なんだかむず痒い空気が流れていた。


「じゃ、じゃあ私はもう行きますね! お風呂本当に助かりました! ありがとうございました!」


 その空気に耐えられなくて、イサは捲し立てるようにそう告げると頭をばっと下げてからくるりと踵を返した。何だか腹底がそわそわしていて落ち着かない。嫌な気分では無いが、今にも悶絶して喚いてしまいそうな心地だった。


「その、ビルニッツ」


 足早に立ち去ろうとしたイサの背中に声が掛かる。イサが振り返ると、数メートル後ろにジャンが立っている。彼はほんのり赤く染まった顔のまま、綺麗な瞳をイサに向けていた。


 ジャンの目に、イサが映っている。他には誰も居ない。ここは管理職用の居住施設では一番突き当たりになるため、誰か他に人間がいたらすぐに気付けるけれど今、この場に居るのはイサとジャンだけだ。その二人きりの空間で、ジャンの声が続いた。


「……これだけは、言っておきたいのだが」


「な、何でしょう?」


「イサ・ビルニッツ……いや、イサ・カブラギ。君は……」


  一度言葉を切ったジャンが視線を僅かに下に向け、また上げた。イサを見ている。


「君はとても、綺麗だと、俺は思う」


 真っ直ぐ、面と向かってそう言われて、イサの時間が一瞬止まった。


(綺麗……きれい? 私が?)


 ジャンの言葉を脳内で繰り返し、かみ砕き、そして咀嚼する。それからじわじわとせり上がってきたのは、少しの恥ずかしさと、とても大きな、喜びだった。


「……あ、ありがとう、ございます……!」


 きっと今、自分の顔は真っ赤だろう。それをよくわかりながら、イサはジャンにぺこりと頭を下げて、そして今度こそ自分が住む案内人寮へと戻った。



(はんそく反則反則反則反則だから……っ!!)


 内心絶叫しながら早足で自室に戻ったイサは、部屋に入り扉を閉めてから大きく息を吐いた。


「っはー……!」


 外はすでに夜になり、室内灯の明かりがイサの足下に影を落としている。扉に鍵をかけ、くるりと振り返って扉に背中を預けたイサは自分の影を見つめた。


 とても顔が熱い。熱すぎる。まるで燃えているようだ。


「っ~~~~!!」


イサは、真っ赤に染まった顔を両手で覆うと、そのままずるずると床に崩れ落ちた。


(ムール統括長と、口付け……!!)


 ジャンが告白した彼の行動を、今になって再びありありと考えさせられる。


 生真面目で厳しいけれど実は優しくて、心根も容姿もすべてが恐ろしいほどに綺麗なあのジャンが、イサに口付けたのだ。


 胸を触られた時は、彼はイサを女として意識していなかったはずだ。


 けれど今回は違う。


 イサが女だとわかっていて、そして『イサだとわかっていて』彼は口付けている。


 それの、意味するところは―――


(違うってば! 自惚れちゃ駄目……!!)


 一瞬浮かびそうになった思考をイサは頭をぶんぶん振って追い払った。

 たんにイサがたまたま、ここで女一人だっただけだ。


 他にいないから。ただそれだけだ。


 なのにそう思うと悲しくなるのはどうしてなのか。


 イサは自分の唇に指先でそっと触れた。覚えていないけれど、感触も知らないはずだけれど、ここに確かに―――ジャンの唇が触れたのだと、そう思うと言い表せない感情に心が支配される気がして。


(綺麗って何!? 『それ以上したかった』って何!?)


 ジャンの言葉の意味を思い浮かべようとしてしまったイサは、まるで逃げ込むようにベッドの中へと飛び込んだのだった。


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