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異世界コールセンター! ~冒険案内受け付けます~  作者: 國樹田 樹


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魔石シャワー大事件・前編


 寮母、いや【彼】の場合は寮父と言うべきなのだろう。


 だが一度他の案内人がそう言ったところ、およそ口には出来ないとんでもない目にあったらしい―――という嘘か本当かわからない噂があるので、実行したいとはイサもユッタも思わなかった。


 ちなみになぜナターリャが寮母という言い方に拘るのか、また名前は本当にナターリャなのかどうかは、誰も知らない。


「ど……どうしたんですか。寮母ナターリャさん」


 強烈な存在感に圧倒されつつも反応できたのはユッタの方だ。名を呼ばれた寮母ナターリャ―――フリフリ白エプロンの下は黒いタンクトップに革のぴちぴちパンツ―――な彼は、胸の前で組んだ両手を握りしめ(いわゆるぶりっ子ポーズだ)よくぞ聞いてくれたとばかりに前のめりに話し出した。


「んっもー! ユッタくんてば!! どうしたもこうしたもないわよ! アナタ、今日の朝シャワー浴びたでしょ! その時魔石をちゃんと止めたか覚えてる!?」


 エプロンよりも厳つい系バイクが似合いそうなナターリャは唾が飛ぶ勢いで話し出した。彼はぷりぷり怒りながらユッタに詰め寄っている。イサは何だか嫌な予感がした。


「シャワー? 確かに浴びたけど……あ。あれ……? そういやおれ、止めた覚えが……??」


 ナターリャに詰め寄られて仰け反っていたユッタが朝の己の行動を思い出そうと思案する。どうやら言われたことに思い当たる節があるようだ。


「止めてないでしょ! お昼にアナタの部屋からお湯が溢れ出して、魔石は使用過剰で暴走してたんだもの!」


「うっわ……マジすいません……!」


 びし、と人差し指を突きつけられて叱責されたユッタは大焦りで頭を下げた。魔石の暴走……きっとユッタの部屋はものすごい有様だったろう。イサは想像するだけで顔が引き攣った。


 ユッタが頭を下げたことでひとまず溜飲が下がったのか、ナターリャは大きなため息を吐いてから呆れ顔で首を横に振る。


「水浸しなのは直してもらったけどねえ、ユッタくんの部屋の魔石は割れちゃったから今日は使えないし、交換も明日になりそうなのよ。あと、真下にあるイサくんの部屋のシャワーも魔力ショートを起こしちゃってて使えないの」


「えっ!?」


 まさかの巻き込み事故で自分も被害を被ったと知ってイサは驚きの声が上げた。そんなイサを気の毒に思ったのか、ナターリャはイサを慰めるように優しくぽんと肩を叩く。


「ごめんねえイサくん。全部ユッタくんが悪いから、恨むならユッタくんにしてね。ってわけで二人とも、今日は大浴場か、誰かの部屋のシャワーを貸してもらって頂戴。それとユッタくんは罰金を覚悟してね」


「うへえ……」


「いやユッタ、ほんと何やってんの……?」


 イサは隣にいるユッタをじとりと睨んだ。


「あ、あははー……まあそう気にするなって!」


「気にするわ!」


 悪びれず開き直るユッタにイサは突っ込みを入れた。これがユッタのように男なら仕方ないで済ませられるのかもしれないが、イサにとっては大問題である。


「いいじゃん別にー。大浴場行けば良い話だろ? 裸の付き合いしようぜイサ!」


「いやだ!」


 全く反省していなさそうなユッタが肩を抱いてこようとするのをイサは全力で阻止した。ついでに脇腹に一撃を入れておく。


「痛って! んな怒るなよお。てあれ? そういや、イサって大浴場で見かけたことないよな?」


 急に思い出したらしいユッタが首を傾げながらイサに問う。イサは一瞬ぎくりとしたが、前々から準備してあった答えを口にした。こういう時のために、ある程度は返事を用意しているのだ。


「……人と一緒に入るの好きじゃなくて」


「何だよ潔癖症かよー。お前のその貧弱なナリを見てやろうと思ってたのによー」


(誰が見せるか!)


 イサの答えに一応納得したのか、ユッタは不服そうに頬を膨らませている。別に女としてのスタイルについて言われたわけではないとわかっていても、貧弱という言葉には少しカチンときた。


「大きなお世話だよ! っていうか全然反省してないでしょユッタ!」


「へへっ、まあこういう事もあるって。そう気にすんなよ!」


「気にしろ!!」


「あっはっは!」


 ユッタは笑って誤魔化そうとしているが、イサにとっては笑い事ではない。何しろイサは大浴場は使えないのだ。それに、誰かの部屋のシャワーを借りるというのもリスクが大きい。


 さてどうしたものか、と悩みつつユッタに突っ込みを入れていると、彼の耳がにゅっと伸びてきた筋肉質な腕に掴まれていた。


「痛い痛い痛い! え、ちょ、ナターリャさん!?」


「ユッタくんアナタ全然反省してないわね~? いいわ~ちょっとお灸を据えてあ・げ・る♪ イサくん、ユッタくん少し借りるわねー♪」


「どうぞどうぞ!」


 ユッタの耳を掴んで引っ張っていくナターリャに、イサは満面の笑みで両手を差し出しユッタを売りつけた。コイツは一回痛い目を見るべきだと、今日助けてもらったのは明後日に投げて同僚に別れを告げる。


「じゃあねユッタ。明日も会えるのを祈ってるよ」


「あ! イサお前! こんの裏切り者おおおー!」


「少しは反省したほうが良いよユッタ。でも今日は本当ありがとうねー!」


「感謝してるなら助けろ馬鹿―!」


 巨体のナターリャに引き摺られていくユッタに手を振り見送った後、イサは自分の部屋に戻りながら頭を抱えた。


(どうすればいいんだろう……)


 しょんぼりしながら自室の扉前で立ち止まる。


 正直、一日くらい風呂に入らずとも死にはしない。けれど出来ればお風呂には入りたい。それもたっぷりのお湯で身体を流したい。贅沢なのはわかっているが、それが日本人の人情ってものである。


 しかし自室のシャワーは使えないし、大浴場には行けるはずもない。イサは困り果てた。


(ムール統括長はいつでも相談に来て良いって言ってくれたけど、今日はあんなことがあった後だし、それにお風呂程度の事で頼るのもなぁ……そうだ! こうなったら、たらいでも借りてお湯を沸かしてそれで入る……?)


 一瞬ジャンの顔が浮かんだが、今日の彼にこの程度の事で迷惑をかけるわけにはいかないと思い直す。そしてイサは苦肉の策を思いついた。この際湯が貯まるものがあれば何でも良いのである。


 たらいはナターリャに頼めば借してもらえるだろう。大きさはどれほどかわからないが、無いよりマシだ。


「うん、そうしよう!」


 大きめのたらいならキッチンで沢山お湯を沸かして貯めればお風呂代わりになるかもしれない。そう考えたイサは踵を返して意気揚々とナターリャのいる管理人室へと向かった。



「ナターリャさーん! あ、いない……」


 寮母であるナターリャは寮の入り口すぐ隣にある管理人室で暮らしている。案内人達はみな寮に住み込みなので、困ったことがあれば管理人室に来てナターリャに伝えるようになっているのだ。


 けれど今は不在だった。きっとユッタに反省させるため、どこかで何かをしているのだろう。


 ユッタが何をさせられているのかは知らないが。


「う~ん。どうしよう……」


 たらいか、もしくはそれに似た何か桶のようなものを借りたいが、ナターリャがいなければ話にならない。帰ってくるまで待つか、部屋に戻って他の方法を考えるか、イサは悩んだ。明日も仕事なのであまり長居もしていられない。それに、ユッタには潔癖症を装ったが、ナターリャに何か突っ込まれた場合どう返答するかも考えねばならない。同じ答えで納得してくれば良いのだが。


「ビルニッツ? どうした」


「あ……ムール統括長」


 そうしてうんうん唸っていると、案内所に繋がる通路からジャンがやってきた。彼は何か書類を持ってきたようで、片腕に束を抱えている。表情は普段と変わりないようでほっとする。


「ナターリャさんにご用ですか?」


「ああ。案内人達の秋用制服についてサイズ確認の書類だ」


「そうなんですね。でも今ナターリャさんは不在で……ユッタにお灸を据えてまして」


「エルトーラスに? 一体何をやらかしたんだ」


「それが―――」


 イサは事の経緯を説明した。ユッタが魔石シャワーを止め忘れて、イサの部屋のまでもが使えないことと、全く反省しない様子の彼を怒ったナターリャが引き摺っていったことなどだ。


「ふむ。エルトーラスには良い薬になるだろう。しかし……ビルニッツ、君の部屋まで使えないとなると問題だな」


 すべてを話し終えると、ジャンは空いている方の手を顎に当てて考える仕草をした。それに、イサは問題ないと首を振る。


「はい。でもナターリャさんにたらいをお借りしようと思って」


「たらい? なぜそんなものを」


 そう答えると、ジャンはわけがわからない、とばかりにきょとんとした。

何故? を全面に押し出している彼に詳しく説明するのは気が引けたが、聞かれた以上は答えるべきだろうかとイサは続けた。


「お湯を沸かして貯めたら、なんとか入れるかなと」


「確かに君は小柄ではあるが……流石にそれは」


 説明すると、ジャンは驚いたように目を丸くした。というより、ちょっと引いているらしい。ジャンの様子にイサは恥ずかしくなった。何だか女の沽券とかそういうものが揺らいでいる気がする。


(う……がさつだって思われたかな)


 気まずくて頬が熱くなる。しかしそうしようとしているのは事実なので他に言えることもなく、イサは湧き上がった羞恥心に思わず顔を伏せてしまった。


「風呂なら俺の部屋のを……いや、それは流石に……まずい、か。そうだ、管理職専用の浴場がある。そこを使えばいい。あそこなら滅多と使う人間はいないし、使用中の掛札をすれば札の術式が他人の侵入を防いでくれる」


「いいんですか!?」


 居たたまれない思いをしていたイサだったが、ジャンからの有り難すぎる提案に弾かれたように顔を上げた。ジャンが頷く。


「構わん。普段は俺かエキディウス、それとローベニクくらいしか使う人間はいないからな」


「ありがとうございます!」


 イサが礼を告げると、ジャンはあの時と同じようにふわりと微笑んでくれた。やはりこの顔は心臓に悪いなと思いながら、イサは自分の頬が熱くなったのを再び感じた。


「礼には及ばん。それより、困った事があればすぐに俺のところに来るよう言っただろう。遠慮はするな」


「は、はい」


 氷の色の瞳を眇めて、念を押すように言うジャンにイサはこくこく頷いた。微笑んでくれてはいるものの、有無を言わさない雰囲気にそうする他ない気がしたからだ。


「場所はわかるか? 東棟にある居住施設内の一番奥、突き当たりだ。着替えなどの用意ができたら行くと良い。入り口の守衛には伝えておく」


「わかりました。本当にありがとうございます!」


 ジャンから場所の説明を受けたイサは満面の笑みで彼に感謝した。管理職の居住施設には寮母の代わりに守衛さんがついており、案内人含め施設内に入るには許可が必要となっている。イサも新人研修の見学で入ったことがあるが、やはり管理職専用なだけあって造りは豪華なものだった。


(これはお風呂、期待できるかもしれない……!)


 ユッタのせいでシャワーが使えないと聞いた時は絶望的な気分だったが、まさに渡りに船、いやジャンである。


 イサはジャンを見送ってから踵を返し、一度部屋に戻ってから着替えを持って東棟に向かった。


 入り口前に立っている守衛に挨拶をすると笑顔で通してくれる。ジャンが伝えておいてくれたのだ。やはり仕事が早いと有り難く思いながら足取り軽く通路を進むと、精美な彫り装飾の入った白い扉に行き当たった。そこをくぐり、ジャンが言っていた通り建物一番奥の突き当たりまで進むと濃青の両開き扉が見えてくる。左右に掘られているのはシュトゥールヴァイセン国の国章だ。

 イサは扉に着いている金色の取っ手を握った。


「わあ……!」


 扉を開いたイサが開口一番発したのは感嘆の声だ。


 眼前にアラビアン・ナイトもかくやな光景が広がっていた。青や金、銀といった鮮やかな彩りがイサの目に飛び込んでくる。


(何これ!! 凄い!!)


 ふらりとよろけるように室内に進んだイサは思わず呆気に取られた。なんだこれは、と驚嘆の思いで室内を見渡す。


 まず高い天井から垂れ下がる重厚な濃紺の天鵞絨カーテンに目を奪われた。

 縁には金の房が着いており、頭上を彩るいくつもの雫型のオリエンタルランプがそれらをきらきらと輝かせている。


 そして足下に広がるのは大輪の華が描かれたアメジストパープルの絨毯だ。銀色の華はすべて刺繍で描かれていて、ランプによって出来た陰影が華を立体的に際立たせていた。


 壁面にはずらりと翡翠色の大理石化粧台が並んでいる。その横、部屋の際奥にもう一つある扉が浴室へと繋がるものなのだろう。


 彫刻が美しいマホガニー色のシェルフに置かれている籐の籠はおそらく脱衣籠だ。この部屋にあるものでイサが唯一親近感を抱いたのは籠くらいなものだった。他はすべて、元の世界ならばイサにはお目にかかれないような一品ばかりだ。


(し、しかもこれ、浴室の前にあるってことは脱衣所なんだよね……? 異世界、恐ろしい……)


 化粧台に籠、ということは豪華さはさておき脱衣所であることは間違いない。

 しかしここだけで舞踏会が開けそうな勢いである。流石異世界の管理職施設。イサは妙なところで納得した。


(寮の大浴場は割と普通の浴場って感じだったもんなぁ)


 案内所に来たばかりの頃、施設案内で寮の大浴場を見学したことがあるが、ここまで豪華ではなかったし、どちらかといえば素朴な見た目だった。なのでやはり管理職ならではの施設だからこそなのだろう。


(シャワーが使えないのは困ったけど、こんなお風呂に入れることなんてもう無いだろうし、ちょっと得したかも。いやでも、何か壊したりしないよう気を付けないと……!)


 良いお風呂に入れるのは幸運だが、正直ここまで豪華だと迫力に圧倒されて落ち着かない。


 イサはおっかなびっくりな気分で服を脱ぎ風呂の準備をした。


(服は部屋の一番端っこに置いておこう……)


 脱衣所ですらあれこれ触るのは気が引けて、イサは脱衣籠の置かれている中でも一番小さい籠に自分の服を纏めて入れて、隅っこに押しやった。


 それから恐る恐るな足取りで浴場に続く扉へ進んでいく。お風呂だというのにリラックスより緊張感が勝っている気がした。


 そのせいかもしれない。


ジャンに言われていた札のことを、すっかり忘れていたのは―――




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