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「世界平穏の繁栄と平和の証」


 世界が忘れようとも、私は忘れない。

 優しい陽だまりへ、君とともに。



 長らく続いていた魔王と勇者との争いはあっけなく、幕を下ろした。数千年にも渡る長く、永遠とさえも誤解してしまっても、絶望してしまってもいいくらいの戦闘と戦争と殺し合いの末、勇者陣営の勝利で筆は置かれた。

 物語はここで終わり。これから綴られるのは、英雄譚のみであるはずが、ここにおいて。この場面において、筆は再び取られた。彼らと、彼女らを。再び書き記すと真っ黒なインクへペン先は浸される。

 これからの希望へ。

 幸せへ。浸される。

 かつての勇者一行にとって、凱旋とやらは慣れないものでしかなかった。と、同時に。出迎える人々も、出迎え慣れていなかった。カラッと晴れ渡り、ここ数日は曇りのことを心配しなくてもいいくらいの快晴に包まれた青空を眺めながら、てらめく、銀髪をバッサリと首から下までを雑に切った女性は呟く。


「……終わったのね」


 そこには歓喜の言葉よりかは、成し遂げた達成感よりも、いまいち現実か夢かの判断がつかない朧気な印象を周りの人へと与えた。

 実際、彼女の言葉通り、勇者一行が魔王を打ち倒せることは夢幻の話であった。夢幻(むげん)の絵空事であり、無限に続く希望の願い事でしかなかったはず。

 それが叶ったとあれば、喜びよりも戸惑いが勝ってしまうのだろう。


「……あぁ、終わった。大変だったがな」


 多少なりとも舗装され、人々の軌跡でならされた道。その地へ足をつける集団の先頭を歩く一人の男が前を見据え、決して銀髪の女性へ顔を向けることもなく、淡々と応える。

 態度とは裏腹に、真っ赤な――深みよりも鮮烈さを与えるような赤髪をツンツンと立たせ、屈強な体に背負った大剣は数多の戦いでも一切の刃こぼれもしていない、頑強な出で立ちをしていた。さながら、彼の体を象徴しているかのような、頑丈さである。

 そんな彼が真っ直ぐ見ていた視線を僅かに後ろを気にするような、素振りをちらりと見せると。


「どこかの誰かは魔人にお熱だったみたいだけどな」


「いいじゃないか。可愛かったんだし」


 銀髪の女性の近くを歩いていた遊び尽くしたはずの栗色の髪を今度はウルフのような切り方をして、さらに楽しみ尽くそうとしている童顔な男はあっけらかんと言い捨てる。

 そのくらい、罪の意識も、罪悪感もなくて平常心だけが言葉を巧みに操るのだろう。

 可愛かったから良かった。

 可愛いから仕方ない。

 そのくらいの意識でしかないのだろう。

 勇者一行にいて欲しくない存在ではあるはずで、長らく魔人との戦争を見聞きしたはずの人間が、凄惨な――子どもか年老いた人かは関わらず亡き者にされた現状を目の当たりにしたはずの者が、なおも変わらず、魔王との決戦を後にしても言い放つのだ。

 平和ボケなんかではない。

 戦争していた時も、目の前で人が殺されても彼は「平和だな」と口ずさんでしまうのだろう。

 平和主義者でも、平和思考でも、平和意識でも、なんでもない。ただただ、狂人なだけだ。

 勇者一行の、それも魔人への恨みつらみがあるはずの過去なんか気にせず、可愛いと言ってのけてしまうのだから。そうやって、争った場面は何度かあった。

 だが、その度に彼は口を閉ざさず、あえて開いて言ってしまうのだ。


「はぁ……そうやって、喧嘩を売るな。もう終わったことに儂は怒りたくない」


 その隣を歩く男が心底思っているだろう重苦しく吐き出す。背丈は誰よりも高く、それこそ銀髪の女性から見てしまえば遥か高くそびえ立つ山脈と見間違えても仕方ないほどの長身。衣類はそれこそ修道服ぽいもので、いかにも厳格な雰囲気を醸し出してはいるものの、服袖から覗く翡翠色の鱗と指の間に広がる水かきに、鋭く突き刺さってしまえば抜けなくなるような黒曜石を思わせる爪。

 これが彼の威厳とやらを、恐怖に変える要因ではあるだろう。


「怒るって? またまた……魔人からしてみれば僕達だって同じようなものさ。やってることは何一つ変わらない、ただ僕達が勝って魔人は負けた。ただそれだけで終止符を打って、はーい終わり、ってならそもそも争いなんかしない方がいいんだよ。どうせ殺し合うことになるんだから」


 栗色のウルフカットの男は軽快なステップを踏んで答える。さも当然に。必然に。

 その純白な服をなびかせながら。鱗の男のような修道服であれど、彼のはもっと聖職者に近いのかもしれない。そんな人間が、勇者一行に含まれているのだ。


「歩み寄りも、話し合いなんかもせず、ただただ暴力で片付ける種族なんか可愛いものだよ。論理的に片付けるのがもったいないくらいに」


「……この数年間一緒にいたが、お前のことを好きになれそうもない」


「いいよ。全人類に好かれようだなんて思わないさ。僕が一方的に好きなだけで充分さ」


 両手を広げ、真上を見上げる栗色の男。その表情に一切の陰りはない。むしろ、澄み渡った青空と一緒で、晴れ晴れとした気分なのだろう。頬を撫でる柔らかい風に身を委ねるくらいには。


「で、勇者様はこの後どうするのかな? 魔人殲滅しに行くわけ?」


「そうしたいが、しばらくは傷を癒さなきゃいけない。休養だな。ついでに働き口も見つけなきゃならん」


「だったら、力仕事がいいんじゃない? あなた、腕っ節には自慢があるんだから用心棒とかいけそうだけど」


 銀髪の女性がなんとはなしに提案してみた。気軽に言ってみたものではあったが、的を得てはいるのだろう。

 あの魔王を打ち倒した勇者を用心棒にできるとあれば、貴族や伯爵、はては公爵だって欲しがるはずだ。魔人と争いを続けている辺境にだって、人手はいくらあっても足りない。と、すればこれほどの人材を放っておかないだろう。

 だから、勇者は女性の言葉を聞いて逡巡の思考を流す。


「そうだな……魔王を倒しても争いは終わらないしな」


 そこには、限りなく将来的な絶望が込められていた。

 不毛な争い。至って平穏な日々に隠された、残酷な残滓。魔人が全て滅んだわけではない。魔王が死んだからといって、魔人という脅威が滅んだわけでもない。

 これから起こることは、復讐か怨恨による弔い合戦である。ともすれば、勇者が休む暇はないだろう。

 だからこそ、勇者である赤髪の男は憂いて声を染めていく。


「………………俺は、何を殺すんだろうな」


「少なくとも、魔人だね。僕達がすることは今も昔もこれからも変わらない。そうしなきゃ、また魔人に怯える日々がきちゃう」


「儂達のすることは後進の育成に、魔人に負けない存在へ意志を託すことでもある。守ることもだが、自衛手段は確保しておかなければ、弔い合戦などという消耗戦に対処できなくなるからの」


「貴方達は真面目なのね」


 これからの勇者一行として、様々な対応方法を模索していた集団とはかけ離れた思考だった銀髪の女性は、ポツリとつぶやいてしまう。

 彼らとの差を体感して口から飛び出たわけじゃない。

 ただ、自分が考えていた呑気なものとは違っていただけに過ぎない。

 見ていた部分が違ったのだ。


「はぁ……君も、もう少し緊張感があればいいのに」


「いいじゃない。そのお陰で魔王を倒せたじゃない」


「それは……結果論だし、いいよ。はぁ……この子が勇者一行だなんて――新人冒険者と思われた方がまだましだよ」


 栗色のウルフカットの男は、外聞を――見た目を気にしているのだろう。勇者一行は、凛として厳粛あるべき存在であるべきだと。その雰囲気をふわっと、漂う雲のような軽やかなものにしてしまう彼女の存在とやらは、異質であり、異端でもあり、必要不可欠なものではあるのだ。

 だからこそ、彼は今まで小言は言っていても、勇者一行から彼女の名前を追い出そうなんてしなかった。むしろ、彼は分かっていたからこそ、おちゃらけて真面目じゃなさそうな彼であっても、理解していたのだ。

 彼女は――魔王を倒す逸材であると。

 だからこそ、文句は言いつつも彼女が抜けたことの話はしないのだ。

 いつもすることは、彼女がいることによる勇者一行の風評であって、追放した後のことは微塵も考えていない。だから、銀髪の女性も、栗色のウルフカットの男がいつものように小姑のごとき言葉を言い始めて、口の端が僅かにつり上がってしまうのだろう。

 あぁ……また始まった。


「で、そんなお気楽な君は何をするんだ? まさか、隠居暮らしするとか言わないだろうな」


「馬鹿言わないで、そんなことをするように見えるのかしら」


「そう見えるから言ったんだが」


 心底心外だと、銀髪の女性は言いたげであった。心外に、侵害されたと。

 震駭させてしまおうかと。そんな気分にさえなりかけた彼女であっても、自分自身のことは多少なりとも理解していた。深慨してしまうほどに。


「隠居暮らしもいいけど、そうね。私は権威とか権力を得たいわね」


「はぁ、なんだ君は公爵様にでもなるつもりなのかい」


「えぇ、そのつもりよ」


 あっけらかんと、さながら晴れ渡った空のような澄んだ言葉に偽りの気持ちは微塵もない。瑣末さえもない。純粋に、そう思い。純真にそれを求めている。

 故に、言葉は誰よりも強く根深いものとなる。だからこそ、彼女は魔王さえも倒したのだ。倒せたのだ。殺すことは言葉にすれば容易くとも、行うのは難しいのと一緒で、彼女だけが魔王を殺せた。

 だから、彼女を知る者にとっては信頼を寄せるに相応しいものに違いない。


「でも、なれるのか? 公爵なんて庶民から成り上がった奴がいる――とか、たった一つの魔法しか使えない魔法使いが爵位を貰えるなんて聞いた事ないぞ」


「誰が公爵まで成り上がるなんて面倒な事をするものですか……。そんなの天地がひっくり返っても起こりませんよ」


「魔王が復活してもか?」


「はい」


 彼女と修道服の男がそんなことを言い合っていると、徐々に街が近づいてくる。要塞のような天高くそびえ立つ外壁に囲まれた、さながら城塞都市。人類の叡智をふんだんに使用して、様々な防御を施したものは威圧感と同様に歴戦の跡が痛々しくも残っている悲しい様相を呈していた。

 見上げる首が痛くなるほどの、てっぺんまでが見えない石造りに近づけば、嫌なほど声が聞こえてくるのだ。

 騒がしいほどの、空気が震えるほどのものが。

 それを目の当たりにしてしまえば、否が応でも実感せざるを得ない。勇者一行の凱旋であり。勇者一行の栄光の軌跡である。

 故に、自然と銀髪の女性も修道服の男も、会話を辞めてしまう。思わず口を閉ざして、少しでも真面目な――厳かな雰囲気にその身を包まなければいけないと。

 だから、なぜ銀髪の女性が公爵になろうなんて、聞く暇なく。そのまま、一行が聞く理由も無くなってしまったが、これはあくまでも勇者一行の彼女として見るべきではなく、物語るべきでなく、恋する乙女として見るべきで物語るべきものだ。

 だからこそ、少しばかり彼女を語る必要がある。

 これからのためにも、これまでのためにも。

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