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白銀  作者: 中川 篤
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 白いキリンは南アフリカの保護区で見つかった。神々しいそのオスキリンはヨハネと名付けられ、保護区域で丁重にもてなされた。保護区域まで彼を運んだのは他でもない、私たちだった――自然の摂理に反することと躊躇(ちゅうちょ)もしたが(ハーディグは最後までこの計画に反対だった)、結局私たちはそれを実行に移した――。ウィッキーを運ぶため使用したトラックは、特別仕様に改造されたもので、ユネスコからの寄付だった。私たちのこのささやかな計画は大掛かりなプロジェクトに発展していた。白いキリン! 神々(こうごう)しい神の使い! それがどれほど世間の耳目を集めるものか、皆さんにお分かりいただけるだろうか? すぐさま日本のテレビ局がやって来て、ヨハネの特集を組みたいと申し出てきた。私たちは快諾(かいだく)したが、どうやら彼らを少々舐めていたようだった。



 しかし世間の思惑とは裏腹に、彼は政府によって保護された後、同国のキリンたちの住まうホテルへと運ばれた。ここは客が客室からキリンと(たわむ)れることが出来る、世界的に見てもやや珍しいホテルだった。ここならば、ヨハネはもう外敵に怯えることは無いだろう。ハーディングは不満たらたらだったが、私たちは、それを良しとしなければならなかった。もちろんヨハネにとっても、これは僥倖の筈だった。ほとんど全ての者がそう思っていた。



        ●



 おいしょっと。太ったカメのアベディがのそりのそり歩いてくる。アベディは大儀そうに草むらの中からけもの道の中へ体を差し入れると、そこへやって来たサファリ・トラックにがつんと弾き飛ばされた(むろん私たちだ。アベディすまない)。トラックはすぐに行ってしまい、アベディはしばらく危険を察知して身をひっこめていたが、その内また、けもの道の方にのそりのそりと向き直った。が、今度は運がなかった。次はヒヒのアーメドがやってきてアベディを少しの間眺めていたが、やがて手でアベディをつかみ、色々いじくりまわした挙句(あげく)――石に叩きつけ始めた。甲羅の砕ける甲高い音があたりに響いた。七、八発打ち付けたところで甲羅(こうら)は完全にくだけ、アベディは絶命した。



 アーメドには思っている子がいる。死んだカメを食べてしまうとアーメドは彼女のもとへ、駆け足で急いだ。アーメドは求愛の音を発した。彼は彼女に嫌われないように、うやうやしく背後にそっと立つと、その距離を段々縮めて行った。近づくことが許されたアーメドは、彼女の毛づくろいをしてやる。お互いに。



 ボスヒヒは無論それを面白く思わなかった。この社会の中で、彼だけが子孫を残す権利があるようにボスヒヒには思える。それを覆したければ、自分と戦って勝たなければならないのだ。だからアーメドのこの行為を、ボスヒヒは挑戦という風に受け取った。彼は即座に怒り狂ってアーメドを攻撃した。とっさの攻撃に、アーメドは手も足も出ない。不運にも、ボスヒヒの一撃がアーメドの右目を傷つけた。目の前が赤くなり、アーメドはパニックに襲われた。


 ヌタレボは背を向けて逃げていく。もう、彼女の心はそこには無い。



        ●



 雷の音がなった。珍しいことだった。そして光は荒れ狂った。遠くの方で光る稲光(いなびかり)を、シマウマとヒヒは珍しそうに――そして怯えながら――黙って見上げていた。彼らの体毛は雨で濡れ、わずかに体力を奪っていく。雨に喜ぶという事ももうなくなっていた。今では水分は十分にある。シマウマたちは身を寄せ合い、孤独なヒヒは毛玉のように丸くなり、狼のように心情を吐露(とろ)した。雨は彼らを孤独にした。



 そして夜がやって来た。腹を減らした若いチーターが、次なる獲物を求めて活発に動き回った。夜の闇の中で、彼の眼は煌々と光っている。チーターはその途中多くの捕食動物たちとばったりぶつかり、緊張した瞬間を迎えた。ライオン、ジャッカル、ハイエナ、同種のはぐれ者等々……。



 チーターはさっと物陰に身を潜める。若いオスライオンが二頭、対峙して一触即発の状態になっているのを見たからだ。ライオンもチーターに気付いてはいるのだが、目の前の相手が邪魔をして、今はそれどころではないらしい。それから一方が唸り、攻撃を仕掛けた。ライオン同士の戦いはすさまじい。チーターも恐れをなし、巻き込まれたくはないのでただただじっとしている。やがて一頭がもう一頭に傷を負わせ、負けたライオンは、傷ついた足でいそいそその場を去って行った。



 雷が岩に落ち、その岩は磁石になる。その岩の近くにあった灌木は、火花に打たれ、見事に燃え上がった。赤い実が成るその木は燃え上がると、まるで大きな松明を地面にぶっ差しているような図になった、サリーたちは炎に怯え、木から距離を取り、アーメドの姿はどこかに行って見えなかった。きっと炎から逃げているのだろう。炎が辺りを照らす。木の爆ぜる音。炎に照らし出された若いライオンの姿が、サリーの目に映る。次の瞬間。行われるとっさの攻撃。それはサリーの喉元目掛けて飛び掛かってきた。サリーの息が、きゅう、と苦しくなり、のどからは血が流れる。彼には、やられた、と思う間さえなかった。それだけ完璧な襲撃(しゅうげき)だった。




 虫の羽音、鳥たちの鳴き声が辺り中に聞こえた。炎の爆ぜる、パチパチという音がサリーには聞こえた。が、それが最後だった。殺されたサリーを大儀(たいぎ)そうに運んでいく、若いチーターの姿をサリーの仲間たちは見守った。彼の仲間たちは黙ってその光景を目に焼き付けていた。アーメドも戻ってきて、悲しそうな――本当に悲しそうな――目をしていたが、やがてその悲しみは終わり、彼らは草を食み始めた。しかしその歩みは遅かった。




        *****



 

 ある日、若いチーターをそのホテルの周辺で見たという情報があった。私とハーディングはホテルで昼食を取っている所だったが、それを聞いても別段(べつだん)驚かなかった。チーターが保護区から誤って出たのなら、そちらで対処(たいしょ)すればよい。しかし話を聞くにつれ、その若いチーターは我々がいつも追いかけている、あの一頭なのではないか、という疑念が私たちの中に起こった。それで発信器を確認してみると、実際その推測(すいそく)は当たっていた。銃で武装した保護区の人間たちが、それから慌ただしく、その若いチーターを射殺しなければならないかもしれないと、弱気になってこぼした。彼らは若いチーターを殺したくはないのだ。いまやシマウマやライオンをいくら殺しても、部族の名誉(めいよ)になることはないのだ。とくに彼らのように街に住み、街で生活するものにとっては。若いチーターが銃で撃たれ、死ぬ。私も、ハーディングも、それだけは()けたかった。


 若いチーターの目撃情報があったその地点へ、それから私たちは飛んだ。四人乗りのジープで揺られ(乗り心地は良くなかった)、二時間程度だ。その日、南アフリカ共和国には雪が降っていた。ここには雪が降るのだ。そしてチーターは雪に耐えられる。


 白い草原は不思議な眺めだった。今まさに昇ろうとする朝日が、我々の行く手を赤く照らした。昇る朝日はいつ見てもいいものだ。白く染まった平原に若いチーターは、ついさっきしとめた、白いキリンをひきずっていた。白いキリンは――ヨハネは――、すでに息をしていない。我々はハッとなった。しかしもう済んだことだ。だが――。駄目! ハーディングが叫んだ。だが遅かった。誰かがこの若いチーターに発砲したのだ。何をしてるんだ! 私は叫んだ。チーターは雪の上に、神の使いのようなそのキリンの上に、重なるようにして倒れた。


  2020・12・13


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