俺の小説の登場人物、やたら微笑みすぎワロタwwwww
俺は趣味で小説を書いている。
ウェブの小説サイトに投稿してみたり、実際に賞に挑戦してみたり、それなりに読んでくれる人はいるし、まあ楽しくやれている。
金もかからないし、いい趣味だと思う。
そんな俺が現在取りかかっているのは、あるファンタジー小説の大賞への応募作の執筆だ。
主人公である勇者アルトンが、悪の魔王ギガスを倒すため、冒険する物語。
色んなファンタジー作品を研究し、プロットを練りに練って書き上げた、自信作だ。
俺が送ろうとしている賞はウェブ上から作品を応募することができる。
入念に誤字脱字チェックはしたし、締め切りギリギリになってしまったが、なんとか間に合いそうだ。
今は推敲というより、旅立つ我が子を見送るような心持ちで、小説の最終チェックをしていた。
我ながら面白い。きっと何らかの賞を取ってくれるはず。引っかかってくれるはず。俺はそう期待していた。
だが――
『アルトンは微笑んだ』
『そう言うと、アルトンは微笑みを浮かべた』
『アルトンは微笑んだまま、敵の攻撃を受け止めた』
「……!?」
俺は気づいてしまった。
主人公のアルトンが事あるごとに、やたら微笑んでいるのだ。
そりゃあ、勇者だって人間なんだし、いいことがあれば微笑むぐらいするだろう。
それにしたってやたら多い。
一度気づいてしまうと、どんどん発見できてしまう。
『アルトンは微笑みを浮かべ~』
『微笑みを浮かべるアルトン』
『アルトンは微笑んで、少女の問いに~』
『勝利したアルトンは微笑んだ』
『弱点を見抜いたアルトンは、勝利を確信し微笑んだ』
多い多い多い。
いくらなんでも多すぎる。
いや、微笑むこと自体は仕方ないんだ。アルトンは穏やかな性格で、笑顔でいることが多いキャラクターという設定だから。
だけど、“微笑む”以外に表現の仕方があったろうって思う。
例えば“顔をほころばせる”とか“ニコリとする”とか、そういう言い換えが全くないからやたら微笑んでる勇者になってしまっている。
ひどい時には、同じ場面で10回ぐらい微笑んでることもあった。
まずいな、と思いながら俺は小説を読み進める。
だが、こんなのは序の口であることがすぐに分かった。
『村長は微笑んだ』
『アルトンに助けられた少女は微笑みを返した』
『群衆は微笑みを浮かべていた』
微笑みまくりなのはアルトンだけではなかった。
勇者アルトンが出会う人みんなが、最低一回は微笑んでいる。
「なんかそういうノルマでもあるの?」と問いただしたくなるほどだ。
読めば読むほど、微笑むという表現が出てきて、俺は脂汗が止まらなくなる。
見えない誰かにクスリと微笑まれているような錯覚まで抱く。
「やばいな、これ……」
さっきまでの自信はどこへやら。
青ざめながら小説を読んでいくと、俺はさらに恐ろしい事実に遭遇してしまった。
『スライムは微笑んだ』
とうとう物語上の敵であるモンスターたちまで微笑み始めたのだ。
嫌な予感を抱きつつ、読んでいくと――
『ゴブリンは醜悪な微笑みを浮かべ~』
『ガーゴイルは微笑んで~』
『地面にクレーターを作ったゴーレムは微笑んだ』
『町を焼き尽くしたドラゴンは牙を見せて微笑む』
『闇魔導士ジャルギは邪悪に微笑みつつ、呪文を唱える』
どいつもこいつも微笑みやがる。
凶悪であるはずの魔王軍が、笑顔の絶えないいい奴らに思えてきた。アットホームな職場です。
なんでお前らそんなに微笑むんだよ。悪役のくせに。書いたの俺だけどさ。
敵も味方も隙あらば微笑む小説に頭痛を覚えつつ、俺はとうとう物語のクライマックスまでたどり着いた。
そう、勇者アルトンと魔王ギガスの決戦である。
『「あれが魔王の部屋だな」アルトンは微笑みを浮かべた』
最終決戦前でも微笑む勇者アルトン。
きっとこれを書いている時は「やっとここまでたどり着いたんだ」的な喜びを表現するために微笑ませたのだろうが、今の俺からすると「決戦前にのんきに微笑んでんじゃねーよ」としか思えなくなっている。絶対もっといい表現あったって。すぐ出てこないけど。
とにかく、最終決戦開始である。
『魔王ギガスは玉座から立ち上がり、微笑んだ』
ギガスよ、お前もか。
『傷を受けたギガスは余裕を見せつけるように微笑んだ』
『「終わりだ、勇者よ」とギガスが微笑む』
『最大奥義を放とうとするギガスが微笑みを浮かべる』
やたらめったら微笑む魔王ギガス。
あまりにも微笑むので、こいつ話し合えば和解できるんじゃねとさえ思えてくる。
ついにはこんなシーンも出てくる。
『アルトンとギガスは互いに微笑んだ』
大技をぶつけ合った二人が、「やるな……」「お前こそ……」といった感じになる名シーンのはずなのだが、もうそんな風には見えなくなってしまった。
ニヤニヤし合って緊張感のない戦いをしているようにしか見えない。
その後もアルトンとギガスはやたらと微笑みまくる。
何がそんなに楽しいんだ。もっと真剣に勝負しろ。
やがて、ついに最終決戦に決着がつく。
『敗れて滅び去るギガスであったが、「我はいつか復活する」と微笑み~』
『勝利したアルトンの顔には安堵の微笑みが~』
こいつら最後の最後まで微笑んでたな。
もう結婚しろよ。
結婚式には出席するよ、3万包んで。
むろん、エピローグでも勇者アルトンは微笑みまくりであった。物語はそのままめでたしめでたしで終わる。
「……」
読み終えた俺はもちろん微笑むどころではなかった。
顔が引きつってるのが分かる。
自信満々で書いた大作が、とんでもない駄作に思えてきた。
どうしてこうなったのか考えてみる。
まずはやはり俺の語彙力の問題だろう。登場人物が軽く笑うようなシーンは全部“微笑む”にしてしまったから、登場人物総微笑みの摩訶不思議な作品が出来上がってしまった。
あとはやはり、俺自身が勢いで小説を書くところがあるから、勢いのまま“微笑む”を多用しすぎてしまった。何度も読み返した時も、誤字脱字を見つけることに専念してたから、文章の不自然さに気づかなかった。
「どうすんだよ、これ……」
この“微笑まくり小説”をどうするか考える。
時計をちらりと見る。
“微笑む”を他の表現にしている時間はもうない。
ならいっそ、応募なんかやめてしまうか。
でも、それもなんだかもったいない気もする。
「まあ、せっかくだから応募するか」
俺は微笑み勇者アルトンの物語を賞に応募した。
ただし、なんの期待もせず、ただ無表情で。
***
数ヶ月が経った。
俺はまだ小説を書いていた。
そういえば、そろそろ俺が応募した賞の発表があったな、と思い出す。
なんの期待もせずサイトを覗いてみる。
大賞や優秀賞、佳作などが名を連ねている。どれも面白そうだ。
そして、当然俺の作品の名前はない。そりゃそうだ、という感想しか出ない。あんな微笑みまくりの小説が、賞なんて取れるわけが――
「え!?」
あった。
俺の作品はなぜか『審査員特別賞』とやらを受賞していた。
へ、どういうこと?
元々こんな賞はなかったのだが、審査員の一人が猛烈に俺の作品を推したため、急きょ受賞となったようだ。ちょっとした賞金ぐらいは貰えるらしい。
選評も載っていたので、もちろん読んでみる。
「古臭さすら感じる王道的な物語に“微笑む”を多用することで独特のムードを醸し出した怪作」
みたいなことが書いてあった。
あの異常な微笑み乱発が、一人の審査員の琴線に触れたようだ。
まさか、あの小説が評価されるとはね。世の中何が起こるか分からないもんだ。
まあ、二度と同じようなのは書けないだろうけど。
でもどんな形であれ、認められて、結果が出たということはなんだか気分がよかった。
俺はふっと微笑んだ。
完
お読み下さいましてありがとうございました。