偽物彼氏と名前呼び
4人とは駅で別れの挨拶を済ませたあと、ヒマワリと二人で帰る。
電車のを待っているときの、遠すぎず近すぎずの絶妙な僕らの距離。友達以上恋人未満のような距離につい笑ってしまう自分がいる。
新緑とほのかに花の香りがする生ぬるい風。春って感じがしていい。
「なんかさぁー、高校2年生って感じ」
「? どういうこと?」
「1年生の時はさ、勉強だったり、新しい環境に慣れることで精一杯だったけど、今は少し余裕があって、こうして自分に合う友達ができて……んー、何ていうのかな〜。まぁ、とりあえず青春してるって感じ!」
「はは、ヒマワリは面白いね。確かに、僕も去年より青春してるって感じがするよ」
「だよね」
咲いた花のように笑う彼女は、何だか儚げでとても美しかった。
二人で電車に乗って、最寄り駅まで帰る。僕らは二人とも、最寄り駅が同じだ。学園前駅、僕らの通う高校の最寄り駅の名前だ。そこで、運悪く彼らに遭遇した。
「あれ、水精じゃん!」
「うわぁ……まじか」
小さな声だけど、明らかに引いてる。
まさかまだいるとは思わなかったんだろう。僕もそうだし。
クラスメイトの陽キャさんが、ヒマワリに話しかけている。
「え、隣りにいるの誰、彼氏!?」
「えっと」
どうやら、彼氏と勘違いしているようだし、うまく利用させてもらう。
クラスメイトは、雰囲気が全く違うことに加えて、夜の暗さのお陰で、僕だと全く気が付かない。
交友関係を絞ると、こういうときに便利だよね。
いつもは低めの声だから声も変えよう。あとは、やりすぎない程度になるべく爽やかな声を出す。
「ヒマワリ、この人たちは?」
「え! あ、えっと、高校のクラスメイトだよ」
「そっか。皆さん申し訳ないけど、もう遅いからヒマワリを家まで送らないと。帰ろう、ヒマワリ。親御さんが心配する」
「え、あ、うん、そうだね! みんなごめんね、また学校でね〜!」
「あ、うん。ばいばーい」
ヒマワリの家の方向に歩く。運良く僕と同じ方向だ。顔を寄せて、小声で話す。
「彼氏と勘違いされても平気? 嫌なら断って」
「へ、平気だよ。むしろちょうどいいかも!」
「そっか、じゃあ手出して」
「うん!」
手を繋ぐと、後ろから女子の黄色い声が聞こえてきた。
とりあえず、バレない距離まで手を繋いで帰ることに。今日仲良くなったばかりなのに、何だか申し訳ないなー。
それに……僕の手汗が凄い。慣れないことはするもんじゃないな。
「ごめんね、手汗凄くて。こういうの慣れてなくて」
「ははは、ウチも一緒だよ! 照れるよね」
「じゃあ、お互い様ってことで」
「しし、そうだね!」
心臓の音が少し大きく聞こえる。やっぱり、こういうのは恥ずかしいな。
「ねぇ、なんで庇ってくれたの?」
「人間観察が趣味なんだ。趣味っていうか義務みたいなものなんだけど。ヒマワリ、あの人たち苦手でしょ? 僕もあんまり得意じゃないし、庇ったっていうより、利用しちゃったんだ、ごめんね」
「義務ってウケる! ウチ、そういうの苦手だから憧れる! アキラの言う通り、あんまり相性は良くないんだー。だから、アキラのお陰で助かったよ! 謝らなくていいよ!」
「わかった、ありがとうヒマワリ」
「はは、どういたしまして!」
うん、いつもの笑顔だ。
彼女の笑顔を見ると、心が安らぐ。
僕の発言を気持ち悪がってる様子もない。本当にいい子だな。
僕の家はもうすぐだけど、ヒマワリはどうなんだろ。
「僕の家、もうすぐだけどヒマワリは?」
「あ、ウチの家ここ」
「え、タイミングドンピシャだね」
「それなー!」
おぉ、結構大きい家だな。
ウチはマンションだから、一軒家憧れる。
「送ってくれて、ありがとう! アキラは家まで後どれくらい?」
「5分くらいかな、結構近くてビックリした」
「確かに、近いね! じゃあ、気を付けて帰ってね!」
「うん、ありがとう。また明後日学校でね」
「うん! またねー!」
手を大きく振っているヒマワリを見てると心が和む。僕も手を振ってから、帰宅しようとすると。
「あー!待って待って待って! 連絡交換してない、交換しよ!」
「あ、そういえばそうだね。遊ぶことに一生懸命だったよ。これ僕のQR。」
「ありがと! 新しいグループ作るから、コウキとタイキも招待してね!」
「りょーかい、じゃあまた学校で」
「うん、今度こそバイバ~イ、アキラ!」
「バイバ~イ、ヒマワリ」
ヒマワリは振り返って帽子を取ると、笑顔を僕に向けてきた。
「今日はアキラの新たな一面が見えて楽しかった! あと、今日のアキラも凄くかっこよかったよ! じゃあね!」
「おふ」
自分の言いたいことを言って、反応を待たずに帰るヒマワリ。
思わず、僕も変な声が出た。
コロコロと表情を変えたり、素直な言葉で僕の心をくすぐる。
「まいったなぁ……、本気で好きになりそうだ」
慣れないことをしたから、心が追いついて来ないのだろう。
心を落ち着かせるために、いつもの音楽を聞くことに。
イヤホンをつけて音楽を聴いて帰る。僕の好きなインディーズロックバンドだ。いつも聴いてる好きな曲が、いつもとは違い、明るくポップな感じの音に聴こえてくる。
曲は変わらないのに、変な感じだ。きっと、僕が変わったんだと思う。
平穏な日常が、これから大きく変化していきそうな、そんな気がする。
6人で遊んだ日から2日後、月曜日だ。
ヒマワリから連絡があって、とりあえず、彼氏持ちの設定にするそうだ。
出会いは、バイト先の先輩ということに。バイト先は恥ずかしいから内緒という設定でいけるらしい。
1年間一緒に働いて、つい最近実ったことにするそうだ。
明日は普通に登校する。教室に入ればいつも通り、だと思っていたんだけど。
「あ、アキラおはよう!」
「あー、おはようヒマワリ」
「あー、アキラ、おはよう」
「おはよう〜、アキラ君」
「……おはよう、ユリ、サクラ」
教室がざわついた。
これはちょっと予想外だった……。スクールカーストを気にしないのがヒマワリだもんなぁ。まぁ、そりゃ嬉しいけどね……よし、コウキが解決してくれることを祈る。
しばらくして、タイキが登校してきた。今日はコウキと別行動らしい。
今度は、サクラがタイキの名前を呼んで挨拶する。
タイキは、無表情だが、いつもより目が開いてる。つまり、驚いてます。
「タイキ、おはよう」
「……おす、アキラ」
「はは、視線が面倒だよね〜。別に誰と関わっても良くない?」
「そうだな。……俺の隣で良かったな」
「正直、助かるよ。動物除けみたいな扱いして悪いけど」
「ふ、気にするな」
コウキが教室に入ってくる。
教室にコウキの元気な声が響く。ヒマワリ達にも挨拶している。
「おはー! アキラ、タイキ! って、なんかあったのか? みんなめっちゃ様子見てくるけど」
「あー、それはね……」
ふーん、と興味がなさそうなコウキ。
僕らの話にというよりも、周りにって感じだ。
「まぁ、気になるなら勝手に聞いてくんだろ。俺たちはいつも通りいようぜ〜」
「それもそっか」
「そうだな」
ということで、いつも通り授業を受けて、お昼休み。特に何も聞かれなかったのは、ヒマワリの偽彼氏事件のお陰だ。
「アキラ、飯くおうぜ~」
「うん、タイキも」
「おう」
「たーいきくん、いーれて?」
「お、おう」
「どうせもう、バレてるからいいわよね?」
「うぅ、ごめん……ウチのせいで……」
明らかにヘコんでるのを見ると、こっちが悪者みたいだ……。
「おう、いいぜー。あんま気にすんなよ、ヒマワリ! な、アキラ」
「うん、僕のことは、多分見えてないし、面倒なことはコウキに投げるから」
「おう、任せとけって!」
ユリが驚いた顔で、コウキを見る。
「コウキはそれでもいいのね」
「アキラとタイキが、飯奢ってくれるんだよ! 適当に話すだけでうまいもん食えるならオールオッケー!」
「なるほど、メリットがあるのね」
今ので納得するとは。二人とも、中学から仲良かったのかな?
「まぁ、それくらいはね」
「うぅ、ごめんねコウキ、アキラも」
「気にしないでよ、僕が選んだわけだし。さ、ご飯食べよ。タイキとサクラは、もう食べてるし」
もぐもぐと美味しそうにご飯を食べる二人。我が道を行くって感じで、面白い。
僕たちもご飯を食べる。僕のお昼ご飯の量に、昨日の食べっぷりを見てた女子陣が驚いてる。
目立つからと言うと、納得した感じだった。
この日から、僕たちは一緒にご飯を食べるようになった。
まぁ、変化すれば面倒事が起こることは分かってるし、気にしたら負けだ。
僕が選択したことだし、後悔はない。
放課後、コウキが囲まれている。
僕たちと絡み始めた時も、そうなったから、当然の結果だろう。
僕とタイキは、コウキを置いて帰ることに。僕とタイキは、これから用事があることを知ってるので置いて帰っても問題はない。
無視じゃなくて、ちゃんと声をかけてから帰ったよ。
タイキと2人で帰ろうとすると、校門前で声をかけられる。
「タイキくーん、アキラくーん、待ってぇ〜」
なんか、凄い転けそうな走り方だな……。タイキも同じことを思ったのか、サクラに近づく。
サクラは、僕たちに声が届いて安心したようだ。ホッとして力が抜けたのか、平らな場所で躓いている。そのまま倒れそうだけど、流石に。
「あれ〜?」
いや、本当に倒れそうだ!
タイキが目にも止まらぬ速さで、サクラを受け止めて、立たせてあげている。
「あれれ〜、恥ずかしいな。ごめんね、タイキ君。わたし、抜けてるところがあるのか、よく躓くの〜」
「……足、捻ってないか?」
「平気〜、ありがとう」
運動神経いいよなぁ、タイキも。いやそれより、サクラに怪我をしてないか聞けるなんて、できた男だよ。
「いたいたー! もう、サクラ置いてかないでよ!」
「ごめんね〜、でも、ヒワマリちゃん待ってると、タイキ君たち帰っちゃうと思ったから。2人とも足が早かったから、中々追いつけなくて〜」
「確かに、タイキは一歩が大きいし、僕は歩くの早いからね」
「めんぼくない」
めんぼくないって、え、ウケ狙って…ないね、ごめんねタイキ。
「ふふ、いいよぉ」
サクラは手を団扇代わりにパタパタしている。走ったせいで熱かったのか、タイキに支えられて熱くなったのかは分からないけどね。
「ところで、ユリは? 一緒に帰らないの?」
「あー、ユリならコウキ待つって! 帰る方向一緒だから、自転車借りるらしいよ」
「コウキは、トレーニングがてら、走って帰るってことね」
「そう、良くわかったね!」
「1年間一緒にいるしね」
それに、たまにやるしなぁ。
学園近くの土手を2人が走っているところを後ろから借りた自転車で追いかけるの。それはそれで、コーチみたいな気分を味わえるから面白くて良いんだけどね。
「タイキ君とわたしも家の方向が一緒だから、一緒に帰ろうとおもったらいなかったの~、だから、急いで走ってきたんだよ〜」
「ウチは、クラスメイトに捕まってたの。適当に流してたつもりなんだけど、撒くのが遅れた」
「撒くって、人から追われてるみたいだね」
「実際、そうなりかけたの……はぁ」
「はは、お疲れヒマワリ」
「あ、ありがと! じゃあ、駅まで一緒に帰ろう〜!」
ということで、4人で帰ることに。
高校から駅まで10分くらいだから、すぐだけどね。こういうのも青春って感じでよきよき。
家もまったく同じ方向の僕たちは、一緒に家まで帰ることになった。
「アキラは、帰ってから何するの?」
「今日はこのままバイトだよ」
「バイトしてるんだ! 何してるの?」
「飲食のキッチンだよ。特定の人としか絡まないし、外に出ないからバレないし」
「おお、本当に徹底してるね!」
「まあね。父さんの知り合いのお店なんだ。バイトしないかって声をかけられて入ったんだよ。バイト先の人たち、みんないい人達だか結構楽しくやれてる」
「いいなー、バイト。私もやってみたかったなー」
なぜ過去形なのか、僕には分からないけど、たぶん何かしら理由があるんだ。
これも、彼女の秘密の一つだろうなって思いながら、気づかないふりをして質問する。
「土日のどっちかだけで、お昼だけ働いてみたら? 平日は夜遅くなるから、親御さんが心配すると思うし」
「うーん、やりたいんだけどね。ウチの両親、過保護だからさー。特にママが超がつくほどね。仕方ないけどさ〜」
本人も諦めてるなら、深く聞かないほうがいいな。
「そっか、色々大変なんだね」
「大変なのはアキラじゃーん。学校あって、テスト勉強して、バイトして、遊んで! うわ、超青春してね!?」
超青春か、確かに。学生って感じがするよね。
「はは、確かに。部活には入ってないけど、青春してるかもね」
「だよねー! バイトもしてるのに成績もいいし、凄いなぁアキラ」
「そうかな、僕より頭いい人いるけどね」
「えー、でも学年で10位以内にいるじゃん! ウチ、50位以内入ったことないし」
「じゃあ、ゴールデンウイークは、勉強会でもする? なーん」
「え、いいの!?」
グッと距離を詰めてくるヒマワリ。
おふ、近いよ凄く。そんな期待を込めた目で見られると、冗談だって言いにくい……。
彼女の心が綺麗だったことを、改めて思い知らされた気分になった。
「う、うん、いいよ。ゴールデンウイーク中の木曜か日曜になるけど、それでいいなら」
「全然いいよ〜! アキラの家楽しみだなぁ」
あ、そうなるんだ。
いや、確かに場所も決めてなかったし、流れで僕の家になるのか……?
困惑している間に、ヒマワリの家についてしまった。
「じゃあ、後でグループに流しとくね!」
「……わかった」
「バイバ~イ、アキラ!」
「バイバイ、ヒマワリ」
……困ったな、とりあえず明日にでも、家族に聞いてみるか。今日はバイトだし、着替えてからバイク乗っていこう。