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記憶の花びら(2)  命が枯れるまで……叫び続けた。

 ねえ、ヒマリ。


 こんなギリシャ神話を知っているかな? 

 

 太陽神アポロンは水の精クリュティエと恋に落ちるも、アポロンはクリュティエを裏切り、クリュティエの元を去ってしまうんだ。


 嘆き悲しんだクリュティエは、足は地面に根付き、顔は花に変わってしまう……。

 

 そうして、太陽を見つめ続ける【ひまわりの花】になってしまったんだって。


 僕は狼太陽、名前に太陽がいる。


 君は水精向日葵、名前に水の精と向日葵がいる。


 僕たちは、元々別れる運命だったのかな……。そう思うと、すごく悲しい気持ちになるよ。

 

 僕は君の元を去って……また一匹狼の太陽に戻ることにするよ。


 でもそれは、君の願いを叶えてからだ。


 僕はそっと、ヒマリとキスをする。


 君は泣いていないはずなのに……なんでかな。


 不思議と海の味がするんだ。


「さようなら、ヒマリ。どうか……君に幸せな人生が訪れますように」


 僕は彼女の心臓に手を置いて、彼女の心の声に呼びかける。


「さあ、君の願いを聞かせておくれ」


 ヒマリの体が、淡いオレンジ色の光に包まれる。


 規則正しい寝息だった呼吸から、音とは違うなにかが、脳内に響き渡る。


『うちの願いは……死の花病がこの世界からなくなること……』


 ああ、やっぱり君に託して正解だったよ。

 

 自分のことだけじゃない。


 君は、自分と同じ境遇の人を救いたかったんだね。


 本当に、君は強くて優しくて……僕にとって、最高の恋人だったよ


「たしかに……願いは聞き入れた。我、叶え人は、大切な記憶を代償に、この世から死の花病の消滅させる願いを叶える」


 死の花病、君は太陽を敵に回した。ヒマリを泣かせるやつは、なんであろうと僕は許さない。


 ヒマリに巻きついた蔦が、焼けるように消滅していく。


 そして、僕にも変化が訪れる。

 

「ああ……こういう忘れ方なのか……」


 まだ、僕はヒマリを、コウキ、タイキ、カエデちゃん、ユリ、サクラ、イオリを覚えてる。


 でも、頭の中で、何かが落ちた感覚があった。


 急いで家に帰らないと……。ヒマリのお母さんに怪しまれる前に。


 僕は机の上にみんなへの手紙を置いて、ヒマリの部屋から出るために、扉に手をかける。


「あ、きら……」

「え」


 声のする方を向くと、そこには幸せそうに眠る彼女の姿。


「だー、い、すき」

「っ! ね、ごと……」


 寝言でも、なんでもいい。

君の幸せそうな顔と、声が聞けて……僕は、今の僕はそれだけで、満足だよ。


「ありがとう、ヒマリ」


 僕も……君が、君が大好きだ。


「僕も……君が大好きだよ。……さようなら最愛の人、さようなら、ヒマリ」


 最愛の人よ……どうか、元気で。


 

 僕は帰る前に、ヒマリのお母さんにお礼を伝えてから、ヒマリの家を出た。


 騒ぎになってしまう前に急いで家に。


「つ!!」

 

 突然、頭をハンマーで殴られたような……強烈な痛みが、僕を襲う。


「くそ、涙が……」

 

 ポタポタと涙がこぼれ落ちてくる。


 どうしてこんなにも悲しい気持ちになっているのだろう。


 僕はまだ、僕でいられているのに。


「ヒマリ、コウキ、タイキ、カエデちゃん、ユリ、サクラ、イオリ」

 

 プチン。


 頭の中で何かが抜け落ちる。


 これは……花びら?


 僕は一旦考えることをやめて、みんなを忘れないように呟く。


「ヒマリ、コウキ、タイキ、カエデちゃん、ユリ、サクラ、イオリ」


 頭の中で、花びらが一枚一枚落ちていくイメージが、徐々に鮮明に浮かんでくる。


 道路を歩いているはずなのに、突然目の前が真っ暗になった。


 僕は思わず立ち止まる。


「え……ここは」


 視線を動かしてもあたりが暗くて何も見えない。


 戸惑っていると、突然オレンジ色に光り輝く大きな何かが現れた。


 眩しさのあまり目を細めてしまう。


 どうにかして、薄目で確認する。


「あれは……」


 そこには、僕よりも大きな向日葵の花が咲いていた。


 プチン


 向日葵の花から、花びらが抜ける。


 大きな花びらは、ヒラヒラと宙を舞い降りてくる。

そして、僕の目の前まで落ちてくると、花びらの中に誰かが映り込んでいた。


 僕は咄嗟に、名前を叫んだ。


「ヒマリ!!」


 そこに映っていたのは、頬を染めて満開に笑うヒマリの姿。


 僕は落としてはいけないと思い、花びらを掴もうとしたけど、花びらは嘲笑うように僕の腕を避けて、地面に落ちて、土の中に沈んでいく。


 僕はハッとして、咄嗟に名前を呟く。


「ヒマワリ、コウキ、タイキ、カエデちゃん、ユリ、サクラ、イオリ……大丈夫、まだ覚えてる。

あれ……僕はヒマワリのこと……なんて呼んでたっけ?」


 まずい…… 思い出せ、ない。


「僕の高校は花咲学園……バイト先は……飲食店……で」


 視界が歪んで、足元がふらつく。


 僕は必死になって思い出す。力の代償は、大切な記憶の消失……。


「そうか」


 この花は僕の大切な記憶……花びらは、思い出。


 プチン


 また、上から、僕の大切な思い出の花びらが抜ける。


「まっ、てくれ!」


 花びらは僕の感情を無視して容赦無く、次々抜けていく。


「イオリ、ユリ、サクラ、カエデちゃん!!」


 一人一人が映った大きな思い出の花びらが僕に向かって順番に落ちてくる。


 僕は花びらを必死に掴もうとした。


「イオリ!」

 

 地面の中に落ちて土の中に消えていく。


 一生懸命にギターを弾いてる……この人は、誰だ。


 目の端で、また思い出の花びらが落ちてきたのが見えた


「ユリ、サクラ、カエデちゃん!!」


 3人が、勉強机で談笑している光景が見えた。


 僕の手を避けて、土の中に消えていく。


 この3人の可愛い女の子は……いったい誰だ。


 僕は……どうして、この子達を見て、泣いてるんだ。


 プチン。

 

 思い出の花びらが、次々と抜け落ちている。


 誰かもわからない人たちが、たくさんの花びらの中に映っている。


 たくさんの花びらが舞う中で見つけた、いつもの笑顔。


 花びらに映るのは、コウキとタイキが、僕に手を差し伸べてくれている光景。


「待ってくれ、コウキ、タイキ!」

 

 手を差し伸べてくれたのに、どうして掴めないんだ!!


「まって……この2人と……だれ、だ、この2人は……。なんで、僕は泣いてるんだ。

なんで、こんなに胸が張り裂けそうなんだ……なんで……わからない……分からない、のに、悲しい」

 

 涙が溢れて、止まらない。

どうして、僕は泣いているんだ。だれか……誰か教えてくれ……。


『アキラ』


 上から声が聞こえた。


 僕は聞こえた声のする方を見上げる。


 ヒラヒラと落ちてくる大きな花びらの中に映る……可憐で儚げで花のように笑う素敵な女性。


 落ちてくる花びらの中に映る光景は、場所や格好は違うけど、その子はいつも花のような笑顔を僕に見せてくれた。


 僕は……君が……君が笑顔を見せてくれるだけで……幸せだったんだ。


「ヒマ……リ」


 さようなら……僕の最愛の人……もう、名前も思い出せない……最愛だった人。


「……なん、なんだよ」


 光が弱まった世界で……僕はただ呟いた。


「ここは……どこ、なんだよ」


 なんで、こんなところにいるのかも思い出せない。


 バキ!!


 大きな音が聞こえてくる。


 何かが落ちてくる音だ。


 それは、静かに僕の目の前に落ちてきた。


 先程まで、オレンジ色に光り輝いていた向日葵の花が根っこから折れて、倒れてきたんだ。


 僕の向日葵の花は、吸い込まれるように、地面の中に消えていった。


「なんなんだよ……僕は……いったい……」


 訳がわからず、グッと髪を引っ張る。


 ぐつぐつと腹の底から怒りが湧いてくる。


 いまは……なんだか無性に叫びたい気分だった。


「うわあああああああああああああ!!!!!」


 涙が枯れるまで。


 声が枯れるまで。


 僕は、ただ叫び続けた。


 心臓に空いた穴の虚しさを……叫びに変えて発散する。

 

 声が枯れても、喉から血がでても、声が出なくなっても、息が苦しくても。


 命が枯れるまで……叫び続けた。



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