表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/52

君の寝顔と最後の秘密(5) 後悔なんてしなくない

 これが、本当に僕が聞きたかったことだ。


「願いを叶えた後、その人は見知らぬ土地に移動します。願いを叶えたことを、世間に知られるわけには行かないから」

「そうだな……面倒なことが起きるのは目に見えている」


 僕は、自分が思っている感情を、ミナミさんに聞いてもらう。


「願いを叶えたい人は、その人達のおかげで、辛く暗い人生が生まれ変わり、友人も恋人も出来て、順風満帆な人生です。でも、その人たちを忘れるということは、また、辛くて暗い息をするのも苦しくなる人生が戻ってきてしまいます……。願いを叶えたい人は、その人を助けたいのに、大切な思い出が消えるのが怖くて行動に移すことの出来ない……醜い臆病者です」

「なるほどな……ずいぶん具体的だな。まるで、君の話をしているかのようだ」

「……それは、どのように捉えてくれても構いません」


 正直なところ、僕が真実を言っても言わなくても、ミナミさんは勘づいたと思う。

正体をほとんどバラすような発言をしたのは、ミナミさんの秘密を聞いたのに、僕の秘密を言わないのは、フェアじゃないと思ったから。


 ミナミさんは、僕の言葉に驚いた表情を見せる。


「君は……いや、よそう。今は君の質問に答えるとしよう」

「ありがとうございます」

「そうだな……。それでも、私は使うだろうな」

「使い、ますか……」


 そうか……使えるんだな、やっぱり。


 僕は……本当に醜い臆病者だ。


「ああ。さきほども言ったが、私の記憶の中で、彼は生き続けている。ということは、助けられた人間は願いを叶えた人の思い出があるということだ。そして、願いを叶えた人間は死ぬわけじゃない。もしかしたら、それこそ奇跡が起こって、またどこかで出会えるかもしれないしな。記憶が消えても、もし助けられた人が本気で願いを叶えた人間のことが好きなら、また同じように恋に落ちることもあるかもしれないだろ? その可能性を、私は信じたい。死んでいないなら、また再会できる可能性を」


 再開できる可能性……。そういえば、そのことはまったく考えていなかった。


 家族がどこに引っ越すかなんて、検討もつかない。

でも、ここよりは遠い場所だろうと、勝手に思っている。


 ミナミさんは、続けて言葉を並べていく。


「それに、きっと後悔する。後悔は恐ろしい魔物だよ。あの時、ああしていれば彼女は助かったかもしれないという、人を助けることができたのに助けられなかった後悔は、一生記憶に刻まれると思うんだ。私は助けることの出来ない病気で彼を亡くしたが、やはりそれでも、後悔はある。……助けることが可能だったのに、助けなかったという後悔は、自分自身を傷つける魔物に変貌すると思う。最悪、また自ら命を落とすことも考えてしまいそうだ」

「……そう、ですね。未来のことを考えることもしなかった。やはり、願いを叶えたい人間は……自分が可愛いだけの醜い臆病者です」

「それは……違うと思うぞ」


 ミナミさんは、もう一度タバコに火をつける。


「でも……」

「誰だって、自分の記憶を消すという行いは怖いはずだ。それこそ、突然消えるのではなく、自らの意思で消すのだからな。……記憶があるから、自分という唯一無二の存在でいられるのだから」

「唯一無二……」

「そうだ。私と君は歩んできた道のりが違う。君の親も、友達も、誰1人として被るものはいない。たとえ、歩んできた道のりが同じでも、どう感じるかは人それぞれだ。」

 

 僕は何も言わず、ただミナミさんの言われていることを考える。


「我々人間の人格は似ることはあっても被ることはない。それは過去に起こした自身の行動や、環境、周りの言葉と反応、行動によって作られていくものだと思う。

 つまり、過去の行動で得た結果の記憶の積み重ねによって、今の君や、私の人格を形成しているということだ。君の質問に、未来の自分ならこうなってしまうだろうという想像で答えることができたのも、過去の経験があってこそだ。だからこそ、君にこうして伝えることが出来た。

……私は、記憶の一部を消すということは、自ら命を断つことに等しい行為だと思うんだ」

「……自ら命を断つ」

「だから、きみ……ではなく、願いを叶えたい人は、臆病者なんかじゃない。それは怖くて当然なのだから。自分を殺すことに恐怖を感じるのは、一般人であれば当たり前の考えだ。自らを犠牲にして、他人を救いたいと葛藤する人間が、愚かで臆病者なんて、私は認めない。その人は、もっと自分に優しくしてあげるべきだと、私は思うよ」


 似ている言葉を誰かに投げかけた気がする。自分に優しくしてあげるべきだということも伝えた気がする。……そういえば、コウキに、同じことを言ったのを思い出す。


 ミナミさんの言葉は、どれも今の僕に刺さりすぎる。ポツポツと流れる涙を見て、ミナミさんは僕をそっと抱き寄せた。


「私は、君に後悔してほしくない」

「……僕は……怖いんです。みんなとの記憶が無くなってしまうことが」


 みんなで楽しんで笑って、秘密を打ち明けて、仲良くなった日々を。


 初めて好きな人ができた時の気持ちを。


「誰だって、怖いに決まってるさ。そんな大切な思い出を忘れるなんて、怖いに決まっている」

「みんなとの記憶があれば、僕は生きていけると思っていたから……記憶が消えると分かったショックで、即座に返答することができなかった……」


 僕を大切な友達として認めてくれたみんな、僕を大好きだと言って笑ってくれたヒマリ。

 

 すべてが大切な思い出だ。


「人は皆、悩みに悩んで選択する。君の悩みは、即決で決めていいことじゃない。自分自身と向き合って、後悔しない選択をしなさい」

「……また、暗い人生を送るのは、嫌です」


 みんながいない人生を、誰のことも覚えていない人生を送るのが嫌だ。


「それは、誰だってそうだよ」

「あの頃の僕は、人間なんて大嫌いだった。友達ができないことを、父親のせいにした卑怯者だ。自分から行動できない人間に、逆戻りすると思うと、ゾッとします」

「……それは君が成長できた証だよ。過去の自分の悪いところを直すことができたのだから」


 成長、か。


 確かに、僕は人間的に成長することができたかもしれない。

でも、それは僕の力ではなく、みんなのおかげだ。みんながいてくれたから、いまの僕がある。


「成長できたのは、みんながいてくれたからです。みんながいてくれたから、僕は変わることができたんです」

「なら、助けたい人を助けられなかった未来を想像してみるといい。……きっと、答えが出るはずさ」


 僕はミナミさんに言われた通り、想像する。


 ヒマリを、サクラ、ユリ、カエデちゃんを見捨てた未来を想像する。


 コウキは、守るべき恋人のユリをまた守れなくて、今度こそ自分を嫌ってしまうかもしれない。

 タイキは、恋人のサクラと妹のカエデちゃんを失ってしまう。今度は自分を傷つけすぎて、死んでしまうかもしれない。

 イオリは、カエデちゃんを失ったら、どれほど悲しむのだろうか。せっかくできた夢を追いかけることもやめてしまうかもしれない。


 僕は、その姿を想像しただけで、胸が締め付けられるような苦しい気持ちになった。

同時に、自分の可愛さで4人を見殺しにした罪悪感で、吐き気も出てきた。


「とても……苦しいです」

「そうか。なら、今度は助けたい人を助けた未来だ」


 僕は、みんなが回復したあとの未来を想像する。


 僕がいなくなって、みんなは悲しんでくれるのかな……。たぶん、ヒマリは泣いてしまう気がするんだ。

いや、もしかしたら、嘘をついたって怒るかな? 


 わからないけど、しばらくは重たい空気になると思うんだ。


 でも、コウキ達やユリ達が支えてくれる気がするんだ。ヒマリは強い子だから、きっともう一度立ち上がることができる気がするんだ。


 僕がいなくなって立ち直る頃には、将来のことを考え始めるのかな。大学受験するユリとサクラを応援しつつ、タイキとコウキとイオリは、夢に向かって走り始めてるのかな。カエデちゃんは、高校生活を満喫しているに違いない。


 そして、ヒマリは、動画関係の夢を持ち始める気がするんだ。

クリスマスの日、バイトの動画編集が、すごく面白かったと言っていたから。


 大学受験組が合格したら、きっとお祝いのパーティーを贅沢にするんだろなって。


 卒業後も、きっとコウキやイオリから連絡があって、みんなで集まることになるんだろうなって思う。それで、みんなと会って、やっぱりこのメンバーは落ち着くね、なんてことを言ってる未来があるかもしれない。もしかすると、勝手にいなくなった僕に怒り出すかも。


 20歳になって、お酒が飲める歳になったら、みんなでお酒を飲んで、過去の話や、その時の話で盛りあがる未来があるかもしれない。誰かが飲み過ぎで吐いて、ユリやサクラ、タイキあたりから怒られる未来があるかもしれない。

 

 社会人になって、仕事の話なんかして、大人になったんだね、なんて笑う未来があるかもしれない。


 もしかしたら、誰かが夢を叶えて、それを聞いて祝勝会を開いて、馬鹿みたいに騒げる未来もあるのかもしれない。


 さらに歳を重ねれば、結婚式に呼ばれる未来もあるかもしれない。

 

 そんな、未来を想像すると、心が温まる。


 それで、分かったんだ。


 たとえ、そこに僕がいなくても、みんなが笑い合ってくれる場所を守れるなら、その方がいいって。


 だって、みんなの楽しそうな未来を考えるだけで、僕の心はポカポカ温かくなったんだ。


 なら、僕がすべきことはひとつじゃないか。

 

 その明るい未来がくるように僕は、僕にすべきことをするだけだ。


 ミナミさんからそっと離れて、お礼を伝える。


「ありがとうございます、ミナミさん。僕は、決めました」

「そうか、何を決めたんだい?」

「後悔しない選択を、です。……僕は、見たくありません」

「何を?」

「大切な人たちが苦しんいる姿を……大切な人が死んでしまうの……指を咥えて見ているのは……もっと嫌だ」


 指を咥えて見ているのは、昔の自分だけで十分だ。


 周りと壁を作って1人でいた僕を救い出してくれたコウキ。

 1番気のあう存在で、誰よりも漢なタイキ。

 タイキの妹さんで、明るく元気なカエデちゃん。

 友達思いで、僕の内面を見てくれたユリとサクラ。

 殴り合いの喧嘩をした仲で、人は変わることができると証明したイオリ。


 そして、僕の最愛の人、ヒマリ。


 僕の心を癒したり動揺させたり、僕のために泣いたり怒ったりする君を。


 病気の恐怖とも戦いながら、笑顔を見せてくれた強い君を。


 僕の目立たないという心の縛りから救ってくれた君を。


 今度は……僕が君を、ヒマリを救いたい。


 後悔なんてしたくない。


 そうだ。僕は死ぬわけじゃない。ただ、少しの間、ヒマリ達の記憶を失うだけ。


 僕は奇跡を信じたい。みんなとまた会えるという奇跡を……僕は信じたい。

 

「……そうか」

「……ミナミさん、ありがとうございます。なんだか、すっきりしました」

「君の力になれて良かったよ……もう、行くのかい?」

「はい、この気持ちが変わらないうちに。ミナミさんには、本当にお世話になりました。今日だけじゃなくて仕事のことでも……感謝しています」

「なに、気にするな。私がしたくてしたことだ。……アキラ」


 ミナミさんが、少し寂しそうな顔で僕の名前を呼ぶ。


「はい」

「元気でやるんだぞ。将来、どこかで必ず会おう。私は南の空という名前で活動している。これだけでも、覚えていてくれたら、嬉しいな」


 僕は、ミナミさんが僕とまた会えることを信じてることに、涙が出そうになるくらい嬉しい気持ちと、感動する気持ちで、いっぱいになる。


 僕に答えられるのは、これだけだ。


「はい……必ず覚えておきます。またどこかで」

「ふ、ありがとう。店長には、私から話しておこう。いきなさい、アキラ。君がすべきことをするんだ」

「はい!」


 僕は家に帰って、父さんが帰ってくるのを待つ。


 それまでに、僕がみんなに残せる物を用意することに。

 いままでの葛藤が嘘みたいに心が晴れている。自分のことばかり考えていたから視野が狭くなっていた。

みんなの未来を守れると思うと、正義の味方になった気分になる。まあ、そこまでかっこいいものじゃないけどさ。


 これは自己満だし、見る人が見れば偽善者扱いされると思う。


 でも、僕の心が、そうしたいと強く思っている。


 なら、心のままに行動しようじゃないか。


 僕は心のままに行動する。


 僕はみんなに手紙を残していくことに。

個人によって書きたい内容は違うけど、みんなに向けた手紙を書く。


 最後に、ひまりだけに送る言葉を綴る。

少し卑怯な書き方をしてしまった気がするけど、これくらいは許して欲しいなって思う。


 僕は丁寧に、みんなに向けた手紙と、ヒマリに送る言葉を手紙に書く。


 一生懸命に考えて書いた手紙は、意外と短くなってしまった。

語彙力もそうだけど、みんなとの思い出は、みんなの記憶に刻まれていると思うから書かなかった。


 まあ、実際は、みんなとの思い出に浸って、涙を流して手紙を書いたんだけどね。

手紙が少し汚れてしまったけど、感情がこもっている気がするから、いいことにする。


 みんなへの手紙を書いたら、最後は僕に向けた手紙を書くことにした。


 きっと、昔の僕ならこの手紙を読んで違和感を覚えるはずだ。自分に手紙なんて書こうなんて、昔の僕は絶対にやらないことだ。


 そして、記憶が欠落していると分かれば、欠落した記憶のことを知るために、手紙を読むはずだ。

昔の僕なら、きっとそうすると思う。


 やりたいことがなかった昔の僕に、今の僕がやりたいことを手紙に残す。


 これは賭けだ。生きる楽しさも、人との関わりがどれだけ大事かということを、昔の僕は知らない。


 意外と手先が器用で、料理が好きだということも。


 自分に大切な友達ができて、大切な恋人ができるということも。


 昔の僕は、知らないし知ろうともしない。


 だから、僕が僕に教えてあげるんだ。自分の言葉だったら、もしかしたら信じてもらえるかもしれないから。


 頼んだぞ、未来の過去の僕。


 手紙を書き終えてから、これじゃ弱い気がして、僕は急いでスマホを確認する


 とある準備をする。起爆剤になることを祈って。


 写真の選別が終わるとほぼ同時に、父さんが帰ってきた。


 僕はすぐさま、父さんの元に向かう。


「父さん。僕、覚悟が決まったよ」

「……はは、いい顔つきだな。まったく、子供が成長するのは早いな。

まずは、ご飯にしよう。話は、それからだ」

「うん、わかった」

 

 もう、焦りはない。


 覚悟が決まったあとは、実行するだけだから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ