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君の寝顔と最後の秘密(2)  代償と覚悟


 僕は、机の上に入っていたカッターを手に持って……自らの首に勢いをつけて……切りつけた。


「まったく……うちの息子は、大胆で、諦めが早くて困るよ……」

  

 はずだった。


「とう……さん」

「いてて……息子の死に様を見なくて済んでよかった」


 父さんは、カッターを受け止めて握りしめて怪我をしてしまった。


 カッターを握りしめた手から血が溢れている。


 ぼくは……なにを。


 力が抜け落ちて、膝から崩れ落ちる。


「ぼ、ぼくは……とう、さん。ご、ごめ」

「まだ、絶望するには早いよ、アキラ」


 父さんは僕を抱きしめながら、頭を撫でてくれた。

いつ振りだろうか、父さんに頭を撫でられるのは。


 一瞬違うことを考えてしまっていた。現実逃避……昔の記憶なんか思い出しても、もう遅い。


 そう、父さん。もう……遅いんだ。滲んだ視界と、震える声で伝える。


「でも、父さん。ヒマリはもう、目を覚まさない。声が聞けないん、じゃ、僕の……力は、意味を、なさない……彼女の願いを……叶えて、あげることが……できない」


 父さんは、僕が落ち着くまで背中を撫でてくれた。

落ち着きのある低い声で、僕に声を届けてくれた。


「違うよ、アキラ。言葉じゃないんだ。心の声を聞くんだよ」

「ここ、ろ?」

「そうだ、心だ。まだ間に合うから、ひとまずお風呂に入ってきなさい。父さんは絆創膏張ってくるから」

「と、とうさん……ごめん、なさい」


 父さんは立ち上がると、笑いながら怪我をしていない手で頭を撫でてくれる。


「お前が生きてるから問題ない。さ、お風呂入ってきなさい。母さんも心配してるぞ。ろくにご飯も食べてないんだろ?」

「……そういえば……そうだった」

「じゃあ、久しぶりに3人でご飯を食べよう。その前に」

「お風呂……入ってくる」

「風呂はいいもんだ。心と体を癒してくれる」


 僕は父さんに言われた通り、風呂に入って、疲れを癒す。


「はぁ……」


 ポタポタと浴室水栓から水が滴る音が響き渡る。ここ最近、嫌なことばかり起きて、心がぐちゃぐちゃだ。


 ……タイキの気持ちが少しだけ分かった。タイキは怒りで我を忘れるほど道場内で暴れることで、どうしようもない気持ちを発散させていたんだ。


 そして僕は……最も犯してはならない自らの命を断とうとした。

タイキの心がいかに強かったか分かった。怒りで自分を傷つけても、死のうとはしなかった。

 

 分かっているんだ。自分が死んだら、多くの人が悲しむって。


 その点、僕の心は……とても弱い。あまりにも、弱すぎる。


「僕は……何をしてるんだ」


 呟いた言葉と疲れが、お湯の中に溶けていった。


 風呂から出ると、母さんに泣かれてしまった。それは滝のような涙を流して。

心が痛むと共に、どうして僕はあんなことをしてしまったのだろうと、深く後悔した。


 3人で夕食を囲む。


 料理から湯気が出てて、料理の匂いを嗅ぐと腹が鳴って、急にお腹が空く。

この数日間、ろくにご飯を食べていなかったことを思い出す。


「いただきます」

「召し上がれ」

 

 母さんは涙痕が残った顔で微笑みながら、僕を見る。


 少し気まずいながらも、おかずと共にご飯を食べる。


「おいしい……」


 料理の味を久しぶりに感じた気がした。


 視界が歪んで、頬から涙が流れていくのが分かる。


 ただ、料理を食べてるだけなのに……。


 でも、流れる涙を無視して、僕はひたすらご飯を食べた。


 父さんと母さんは、泣いてる僕をそっとしておいたくれた。2人と一緒に食事をして、ご飯が食べ終わったら温かいお茶が出てきた。


「2人でお話があるのよね? 母さんは、その間にお風呂に入ってくるから」

「すまないね」

「いいのよ。じゃあ、ごゆっくり」


 父さんは母さんに微笑みかけた後で、僕に視線を移す。


「さて、もう一度話をしようか、アキラ」

「その前に、父さん」

「うん?」

「さっきは、ごめん。あと、助けてくれてありがとう」


 父さんは少し驚いた後で、少しシワのある顔で優しく微笑んだ。


「いいんだよ。息子を助けるのも、父親の役目だからね。

さて、それじゃあ、本題に入ろうか……私たち、叶え人の話だ」


 叶え人。数ヶ月前から噂になっていた、なんでも願いを叶えてくれる存在。


 僕はその、叶え人の末裔だった。


 父さんの家系は、叶え人の一族だと言ってた。

母さんは父さんが叶え人だっていうことを知らないし、僕も父さんが話してくれるまで知らなかった。


 たぶん、母さんは分かっているけどねと、父さんは笑っていた。

自分の身にありえない奇跡が起これば、大抵の人は気がつくってさ。


 話が逸れたね。叶え人の家系は、男の子1人しか生まれてこないようだ。男の子1人を産んでしまうと、どんなに事を励んでも、子を授かることができないそうだ。

 

 原因は不明だけど、母さんを傷つけないように、父さんは自分の種が不良になってしまったと言っているそう。


 叶え人の噂が立つ原因は決まっている。

叶え人にとって大切な人達ができた時に、自然と噂が流れてしまうのだとか。


 力を使う時は、大抵不可能を可能にするような出来事が起きてしまう。

だから、力を使った後は、元いた土地から離れることが必要なのだ。


 母さんは、末期癌だった。もう治すこともできずに、余命宣告を受けていた。

だから父さんは、力を使った。最愛の人を守るために。


 父さんが僕に昔から人の記憶に残らないように地味に過ごせと言ったのは、僕らが叶え人だとバレる事を恐れているからだと、僕は思っていた。


 でも、それは間違った解釈だった。僕らが清潔であることは重要だけど、それ以外の外見や周りの視線を気にせず、内面を重視してくれる人はいつか必ず現れるから、その時まで待てという意味だったらしい。


 それと、人を良く見なさいと言ったのは、自分の大切だと思っていた友達が、外道だった場合に起こる悲惨な出来事を一族から言い伝えられてきたから。


 大切な友人や好きな人ができたら、目立たないで過ごそうとする必要がないと、父さんは僕に言っていた。叶え人とあまり関わりを持たなかった者達は、自然と叶え人の存在を忘れるらしい。


 僕は数ヶ月前、父さんに言われたことを思い出してから頷く。 


「お願い」

「まず……アキラは力を使いたいということで、間違いはないね?」

「うん」

「君は条件を満たしていない」


 僕達叶え人が、力を無条件で使える条件は……思い人と結婚する、ということだけ。


 たったそれだけと思う人もいるだろうけど、これが案外難しい。

ここ最近は結婚する人も減ってるし、若い時に思い人に出会うと、結婚なんて先の話だ。

 

 力を使った後、僕らは必ず居場所を変える。結婚してから唐突にいなくなれば、なにか事件に巻き込まれたと思い警察に連絡が入って、捜索願いを出されたら大事になってしまうからね。


 でも、結婚してないなら、話は別だ。

当然いなくなっても、家庭の事情でいなくなったと言われればそれだけだから。


 「力を代償なしで使う条件は満たしていない。ということは、代償ありきで力を使う覚悟ができたということで、間違いないかな?」


 父さんはいつもの優しい雰囲気を捨てて、真剣な表情で僕を見てくる。


 本当に代償を払う覚悟があるのか、見定めている。


「うん。僕は、僕を変えてくれたヒマリを、みんなを幸せにしたいから」

「そうか……。わかった。君の覚悟を免じて、話を進めよう。

実を言うとね、僕ら叶え人は、力を使えば誰しもが代償を受けるんだ」

「え?」


 まさかのことに、僕は動揺を隠せない。


「話が違うなと思ったよね。正確に言うと、結婚していれば力の代償をすぐに戻すことができるということなんだ」

「でも……人によって大切な何かが違うから、もし体の一部でも無くなれば、元には戻らないんじゃない?」

「それは、無闇矢鱈に力を使わせないための作り話だ。半分は本当だけどね」


 半分は本当。つまり、代償はあって自分に関する何かしらが代償になると言うこと……。


「じゃあ、代償って……つまり」


 ドッドと、心音が強く耳に響いて、脳内がふわふわ浮遊感に襲われる。


 揺れる脳のせいで、今にも吐きそうだ。


 この嫌な感覚には覚えがある。ヒマリが家から出てこなかった時の感覚と同じ。


 父さん、頼むよ……。僕は……僕はそれさえあれば生きていけるんだ……。


「記憶だよ。大切な人たちの記憶が抜け落ちるんだ」

「……き、おく」 

 

 現実は……残酷だ。


「結婚していれば力の代償をすぐに戻すことができると言ったね? 記憶を無くした叶え人が思い人に会って、なにかしらの衝撃を与えれば、記憶はすぐに蘇るんだよ。結婚している以上、突然いなくなることはできない。そして、僕が記憶を取り戻した時の衝撃は、母さんとのキスだった。……誰しも、最愛の人との思い出は大切なものだろう? それが自分を変えてくれた人たちであるなら、なおさら」

「そん、な」


 父さんは、僕の言葉を聞かずに、問いかける。


「さあ、選びなさいアキラ。記憶を無くして彼女を救うか、それとも現実を受け入れるかを」

「そんなの!!」


 見捨てられないに決まってる。

 

 決まってるのに……。


 僕はそれ以上、口に出すことができなかった。


 強く唇を噛んだせいで、血が滴る。


 ああ、僕は本当に情けなくて……とても醜い。

 

 なにも……なにも変わっていないじゃないか……僕は。


 動けない僕に、父さんは言い放つ。


「もし、覚悟が決まったなら、僕に言いなさい。わかったね」

「……」

「今は時間が必要そうだね。ゆっくり考えなさい」


 またしても、僕は路頭に迷ってしまう。


 はは……僕の覚悟っていったい……。


 それでも、考えなければいけない。


 これは、僕にしかできないことだから。


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