君の寝顔と最後の秘密(1) 先に僕が待っているよ
3月28日
今日は、父さんに伝えたいことがあった。
朝からそれを話そうとしたけど、ちょっと寝過ぎたせいで、父さんと会うことができなかった、
本当は父さんに、昨日のうちに話しておきたかったんだけど。
父さんは寝ていたし、母さんは事情を知らないと思うから、何もできなかった。
今日の夜は、絶対に父さんと話さないと。
昨日の夜から覚悟を決めたら、心がすごく軽くなったんだ。
そのせいで、予定よりも寝てしまったんだけどね。
自分1人の何かを失うだけで、みんなが救われるならいいじゃないか。
たとえ、偽善と言われても、僕は僕ができることをするまでだ。
今日はこのままバイトに向かう。
バイト先に向かってる途中に、昨日のことを思い出す。
『ヒマリ、明日はデートに行こうよ』
『デート……』
『常に気を張ってたら疲れちゃうでしょ?こういう時こそ気分転換も必要だと思うんだ。どうかな?』
『……デート行きたい。アキラとデートしたい』
『よかった。じゃあ、明日デートに行こう。明日はバイトがあるから、その後でもいいかな?』
『うん、もちろん! 明日、楽しみだね』
『うん』
ヒマリの家から帰る直前に、僕はヒマリをデートに誘った。一回気分転換をしに行こうと言うと、彼女は頬を染めて、今日のことを楽しみにしてくれた。
すごく嬉しかった。
久しぶりに、喜んだ君の顔が見れて。
明日は、君の満開の笑顔を取り戻してもらうんだって、張り切ってた。
最後の思い出を作りに、君と出かけられる。
それだけが、今の僕の心の支えだったから。
バイト先について、この前のことを謝ってから、仕事に入る。
この前よりはだいぶマシに動けていたから問題はなかったけど、顔色が悪いと、みんなから心配された。
大丈夫ですと答えてから、僕は仕事に入る。
今日はきっと最後のデートになるだろうから、ひまりとのデートをどう過ごすかだけ考えて仕事に集中した。
バイトが終わって、すぐに家に帰りデートの準備をした。今日は家から一緒に行こうと言っていたから、ヒマリの家の前で連絡して待つ。
でも、ヒマリからの連絡は一向にない。
心臓がバクバクと強く鼓動する。それだけは絶対ないと嫌な予感を頭から振り払う。
暑くも寒くもない気温なのに、体は芯から冷えていて、嫌な汗が出てくる。
僕は震える指でインターホンを押して、ヒマリの家を訪ねた。
どこかで見たことがある、似たような状況だ。
ヒマリのお母さんの声がする。その声は震えていて……間違いなく昨日とは違う声色だった。
「あ、あの……アキラです……ヒマリさんは」
「アキ、ラくん。ちょっと、まってね」
耳まで心臓の音が聞こえてくる。
うるさい、ウルサイ、煩い!!
ガチャリと玄関が開いて、門扉も開けてもらう。
「入って……。虫の知らせ、だったのかしらね……あなたが昨日、ヒマに会いにきてくれたのは」
「え……」
「……ヒマの部屋、入る前に……覚悟はしてね」
「ヒマリ!」
僕は挨拶も忘れて、急いでヒマリの部屋の前にたったよ……。
でも、すぐに開けることができなかったんだ……。どうしても開けたくないと、体が拒否反応を見せる。
覚悟を決めたじゃないか。
自分を犠牲にする覚悟を。
決めたはずだったのに……。
扉を開けてすぐに見えたのは、寝ている君と体に巻きついた蔦の数々。
死の花病末期の症状。
すやすやと心地良さそうに寝ている君、全ての恐怖から解放されて安堵している君、久しぶりに見た幸せそうな表情の君。
どうして、どうして寝ている時に、そんなに幸せそうな顔で寝ているんだ……。
寝ている彼女のそばに寄って、抱きしめてしまう。
「……い、いつまで寝てるのさ、ヒマリ。今日は……今日はデートのはずだったろ?」
震える声で、どうにか言葉をかけたよ。
「……」
でも、君に反応はなかった。
ただ、気持ちよさそうな、寝息が聞こえるだけだった。
「お願いだよ……ヒマリ……どうか、どうか、声を、聞かせて」
視界が歪んで、ポタポタと冷たい何かが、肌に当たっている気がした。
君の顔を見ると、思い出が溢れ出てくる。
僕が死ぬわけじゃないのに……走馬灯のように……。
こんなに早くなるなんて、思わないじゃないか……。
やり方も知ってた……父さんの言いつけなんか守らずに、その場で使えばよかった。
昨日、君の願いを叶えてあげられたんだ。
何かを失う前に……君と会えなくなる前に……最後は笑顔の思い出が欲しかっただけなんだ。
僕だけが最後のデートを楽しもうなんて……浮ついた心のせいで……僕は……僕は……全てを失うんだ。
きっと、神様は、僕の汚い心を見透かして、天罰を与えたんだ。
彼女だけが助かればいいなんて、酷く醜い気持ちを見せたから。
でも、でもヒマリは、みんなのためを思った願いを叶えてもらおうとしていたじゃないか。
それすらも……それすらも、許してくれないんですか……神様。
僕は、もはや何も考えることができなくなっていたよ。
だって、僕以外のみんなが助かる唯一の道でさえ、塞がれてしまったんだからね。
「うあ……うわああああああああ!!!」
とても……とても、大きな声で泣いていた気がするんだ。
でもね、サクラの時と同じで……全く覚えてない。
気がついたら家にいて……すでに夜になっていた。
どうやって帰ったかも、全く覚えてない。
いつの夜なのかも分からない。
見慣れた天井を、ただひたすら天井を見つめる。
ふと聞こえてくる、君の柔らかい声。
次に聞こえ見えてくる、僕の大切な友達の声と笑顔。
最後にもう一度、見えてきたヒマリの……満開の笑顔。
僕の大切な友達と、僕の大切な人はもう……起き上がってこない。
滲んだ視界と、喉から熱い何かが込み上げてくる。
「……ああ、そうか」
僕も同じ立場になればいい。死の言葉が頭の中を支配してくる。
ヒマリがいない世界で、僕は生きていけない。
生きて……いたくない。
「もう……どうでも、いいか」
君が1人で向こうの世界に行かないように、1人で泣かないように、先に僕が待っているよ。
そうすれば、向こうの世界でも……寂しくなんかないだろ?
「待ってるよ……ヒマリ」
僕は、机の上に入っていたカッターを手に持って……自らの首に勢いをつけて……切りつけた。




