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死の花病(2) 君との大切な約束を破っても

3月27日 


 現状は悪くなる一方だった。


 何もやる気が起きず、ただぼうっとしていた。


 誰とも連絡する気が起きず、ただひたすら寝返りをしては、また寝返りしてを繰り返していた。


 眠いのに、とても寝られる気分じゃなかった。


 時間を無駄に過ごしていると、スマホが鳴る。


 煩い音が、部屋中に鳴り響いている。寝不足のせいか苛立ちを隠せない。


 出るかどうしようか迷ったけど……出ることにした。昨日みたいに現実逃避していたら、また嫌なことが起こると思ったからだ。


 連絡は、タイキの兄のメグムさんからだった。。


「はい……アキラです」

「アキラ君、よかった出てくれて!」


 慌てる様子のメグムさんは、初めてだったから、ものすごく嫌な予感がした。


「どうしたんですか?」

「タイキを止めてくれないか?」

「え」


 僕は慌ててバイクでタイキの家に向かった。


「アキラくん、よかった来てくれて! こっちだよ。僕と祖父だけじゃ止められない!」

「はい!」


 タイキの家にある道場の近くから大きな叫び声が聞こえてきた。まるで野獣が暴れているような、そんな声だった。


 道場に入って、僕は驚愕した。道場の入り口から、何もかもが倒されていて、窓ガラスが割れているところもある。


「タイキ、落ち着かんか!」

「くそおおおおおおおお!!!」


 道場の中は、誰かの血で壁が汚れていた。見れば、タイキの祖父であるダイコクさんが、タイキを必死に止めようとしているところだった。


「タイキ……」


 タイキを見て……僕は一瞬怯んでしまう。


 タイキの顔と拳、服は、真っ赤な血がついていたから。


 ダイコクさんが必死にタイキを止めている。でも、タイキはそれでも落ち着く様子はなくて、壁に向かって拳をぶつけて、頭を強く打ち付けている。


 その度に血があたりに飛び散る。


「タイキ、落ち着きなさい!!」

「落ち着いてタイキ!!」

「はなせ!!! 俺は、俺はあああああああ!!!」

「タイキ!! お前まで傷つくなああああああ!!」


 3人がかりでようやくタイキを押さえつける。それでも、タイキの力は以上に強かった。


 底知れぬ怒りが、タイキを支配してる。どこにぶつけていいか分からず、ただひたすら何かの恨みを晴らすように、自分を傷つけていた。


「タイキ!! 何してんだ!」

「くそ、全員で止めっぞ!」


 イオリとコウキの声がして、必死になってタイキを止めた。人間、火事場のクソ力なんて言葉があるけど、怒りで我を忘れた時でも、その力が発揮されてしまうんだなと思った。


 どうにかしてタイキを落ち着かせた僕ら。

タイキはようやく冷静になったのか、ポタポタ流れる血を止めるために止血されている。


「すまない……俺は」

「無理もなかろう。大切な人間がこうも倒れていてはな……。ひとまず、病院に行って止血だな」

「そうだね。僕がタイキを連れていくよ」


 メグムさんが、タイキを病院に連れて行ってる間に、僕たちはダイコクさんに風呂に入ってこいと言われた。タイキの血が飛んでいて、体についているから。


 僕たちは、そのまま風呂に入った。疲れ切った体に、お湯はすっと疲れを奪い取ってくれた。


 最近ろくに寝ていないせいで、湯船の中で寝てしまいそうになった。


「なあ、アキラ」

「……なに、コウキ」

「なんで……神様は、みんなを奪おうとすんのかな」

「……そんなの、僕にだって分からないよ」


 僕だって知りたいさ……本当に神がいるなら、こんな残酷なことなんてしないはずだ。


 そのあと、沈黙が続く。それをイオリが破った。


「……オレたち、これからもっと……楽しいことが、待ってる、はずだったのにな」

「何も……なにも、できないって、こんなに悔しいんだな……」


 静かに聞こえるむせび泣きの音と、湯船に水滴が落ちる音が聞こえてくる。


 その後、僕らは何も言わず、のぼせる直前まで、湯船に浸かっていた。


 タイキが帰ってくるまで、僕らはタイキの家にお邪魔していた。さすがに、あれだけのことがあったから、心配だから。


 これ以上、友達を失うのは……耐えられそうにない。


 タイキは包帯を巻かれて帰ってきた。血を出しすぎたせいか、顔色は悪いけど、本人は問題ないと言っていた。


 僕たちはタイキの部屋に集まって、話をした。


「……俺は……サクラが好きだ。カエデも大事な家族だ」

「タイキ」

「その両方を……奪われると思ったら、頭がおかしくなった。暴れてる時は、何も考えなくてよかったから、楽だった。……みんなすまなかった」


 僕らはタイキの謝罪を受け入れたよ。そりゃそうでしょ……誰だって、こんな状況じゃあ、暴れたくもなるよ。


 タイキは一呼吸置いて僕らに伝える。


「俺も修学旅行にはいかない。サクラのそばにいる。1ヶ月間、学校にもいかない。できるだけそばにいたいんだ」

「そう……だよね」

「イオリとアキラとヒマワリは行った方がいいって。せっかくの旅行だしさ」

「オレァ、いかねぇよ。こんな気持ちじゃよう、旅行どうこの気分じゃねぇんだ」

「……僕もいかないと思う。ヒマリが行くなら行くけど……たぶんヒマリも同じことをいうと思うよ」

「そうか……。それだけ、大切な……大切な存在……だったんだよな」


 ああ、やめてくれよ……タイキ。君が泣いてしまったら、僕は罪悪感で心がはち切れそうになる……。

 

 僕は……愚か者だ……。


 僕は耐えきれず、涙を流した。


 そこでようやく気がついたんだ……。


 あんなに辛いことがあったのに、僕はこの日に、初めて涙を流したことに。



 夜遅くになってしまって、今日は泊まることも考えたけど、どうしてもヒマリに会いたくなってしまった僕は、タイキたちと別れて、ヒマリの家に向かった。


 バイクで走り抜けて、最短距離でヒマリの家の前で、電話をかける。


「もしもし」

「ヒマリ?」

「どうしたの、アキ?」

「ごめん、会いたくなって。今、君の家の前にいるんだ」

「え! ちょっと待ってて!」


 電話が切れて数分後、ヒマリが家から飛び出てきた。


「アキラ!」

「ヒマリ!」


 場所も選ばず、僕らは抱きつきあった。

彼女の目の下にくまができていて、ずっと泣いていたのか泣跡がついている。


「会いに行きてくれて、ありがとう……」

「僕が会いたかったんだよ」

「……ここ、寒いから家に入ろう」

「でも……」

「大丈夫。ママが許可してくれたから」

「……ありがとう」


 夜分遅くに押しかけてきたのに、ヒマリのお母さんは優しく出迎えてくれた。

あったかいコーヒーと、暖かい部屋で、一息つけることができた。


「ママはもう寝るわね、ヒマ。アキラ君も、あんまり遅くなっちゃだめよ? ご両親が心配するわ」

「はい……突然すみません。ありがとうございます」

「ふふ、いいのよ。ヒマもあなたと会えて、少しは落ち着けたはずだから。こちらこそ、ありがとうね。じゃあ、おやすみなさい、2人とも」

「おやすみ、ママ」

「おやすみなさい」


 ヒマリのお母さんとは面識がある。もちろん、ヒマリのお父さんとも。

2人は僕たちの関係を認めてくれた優しいご両親だ。


 ヒマリのお母さんが、寝室に向かってから、静寂の時間が続いたね。


 でも、それを僕が破った。


「ヒマリ……明日の修学旅行だけど」

「いかない。もう、行く気分じゃないから」

「うん。僕も同じこと思ってたよ」


 楽しかった日々によく使っていた言葉をヒマリに伝える。


「ふふ、そうだよね」


 久しぶりにヒマリの笑顔が見れたんだ。控えめな笑顔だったけど、辛くて苦しい顔をされるよりも全然いい。


「……久しぶりに、ヒマリの笑顔見れたよ」


 ヒマリは自分が笑っていることに気がつくと、少しだけ安堵した表情を見せてくれた。


「……どうしても、笑えなくなっちゃったの。アキの前だと……安心するから」

「そっか」


 僕らは、ただ静かに密着する。

この時、ヒマリが無事でいてくれることが、どれだけありがたいことなのか、身に染みて感じた。


 沈黙のあと、小さな声で僕に尋ねる。


「サクラ……治るよね?」

「……治るよ。君がそう信じてる限り」

「ユリとカエデちゃんも、病気にならないかな」

「ならないよ……君が信じてる限り」


 ヒマリは、人の心配ばかりだ。自分だって怖いだろうに、本当に根っからのお人好しで、とてもいい子だ。


「ねえ、アキ?」

「ん?」

「……ヒマリは、大丈夫かな?」

「大丈夫だよ」


 僕はヒマリの疑問に、即座に答えたよね。


「僕が……君を守ってみせる」


 たとえ、どんな犠牲を払っても……君に嘘をついたとしても。


「ふふ……嬉しいな。アキのそばにいると、心がポカポカあったかくなる」

「……僕もだよ」


 ヒマリはポツポツと言葉を並べていく。


「花は……好きだけど……人の命を、奪う花は嫌い」

「そうだね……僕も嫌いだよ」

「……叶え人さんに会えれば、みんな幸せに生きられるかな」


 ……きた。


 僕が言おうとしていた言葉だけど、ヒマリが自ら話を振ってくれた。


 僕はすかさず、ヒマリに言葉をかける。


「君がお願いすれば、どんなことだって叶えてくれるさ」

「ふふ、アキ、現実主義だったのにね」

「そうだったね。でも、今はなんでもいいから縋りたいんだ」

「じゃあ、たくさんたくさん願ってるね。叶え人さんに届くように」

「……何を願うのかだけ、教えてくれる?」


 僕は覚悟を決めた。


 君の願いに応えたい。

 

 たとえ、僕の大切な何かが消え去ったとしても。


 たとえ、君との大切な約束を破っても。


 大切な思い出さえあれば……僕はこの先、孤独になって幸せになれなくても、この思い出さえだけあれば

生きていけるって確信してるんだ。 


「みんなの幸せを願うの。うちだけ幸せになれても、みんながいないと意味ないから」

「ヒマリは、本当に優しい子だね。 その願い、絶対叶えてくれるよ」

「そうかな……そうだといいな」

「絶対そうだよ。僕が保証する」

「ふふ、アキがいうなら間違いないね」

「うん、間違いないよ」


 ぎゅっと抱き合って、君が僕を見つめる。


「ねえ、アキ」

「うん?」

「ヒマリね……」

「うん」

「死にたくないよ……」

「誰だってそうだよ……」

「アキ……アキ、しに、たく……ないよぉ」

「大丈夫……僕が君を、守る……から」


 泣きじゃくるヒマリの瞳の中に、向日葵の花が咲いている。


 僕はヒマリを安心させるために、彼女をひたすら励ました。


 ヒマリが落ち着いたあと、僕らは言葉を交わすことなく、ただ寄り添いあった。


 少し経ってから、ヒマリが僕の顔を覗き込んでくる。


「ヒマリの……向日葵の花の瞳、すごく綺麗だね」

「アキも……うちと同じだよ……向日葵の花が咲いてるの……すごく、綺麗」

「この花は好きかい?」

「うん、だーいすき」


 僕らは互いに見つめ合う。


「目、閉じてくれる、ヒマリ?」

「うん」


 ヒマリが瞳を閉じて、僕は吸い込まれて君にキスをした。


「アキラ……だいすき」

「僕も、ヒマリが大好きだよ」

 

 やっぱり君とのキスは、海の味がしたよ。


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