死の花病(1) どんどん悪い方向へ
3月18日 終業式の1週間前、事件が起きた。
タイキが暗い顔で登校してきた。
事情を聞くと、僕らが予想もしてなかった出来事をタイキは呟いた。
「カエデに……死の花病の前兆がでた」
「嘘だ!」
コウキが、呟いた言葉に、いち早く反応したのがイオリだったね……。イオリがタイキの胸ぐらを掴んでも、誰も止められなかった。
「一昨日まで、あんなに元気だったじゃないか! なんで、あの子なんだよ!
俺たちと一緒に、高校生活送れるって、あんなに喜んでたじゃないか!!」
イオリの怒鳴り声に、タイキはイオリを睨みつけた。
「俺だったってな!!」
タイキの大きな声に、クラスがざわついた。
でも、そんなことを気にしてる余裕は、僕たちになかったね。
「すまない……でもな、イオリ……俺だって、俺だってこんなことになるなんて、思わなかったさ……。
なんで妹なんだ……なんで、俺じゃないんだって、悔しくて辛くて……でも、どうしようもできない歯痒さに襲われてるんだ……」
消えてしまいそうな声で、タイキは呟く。
イオリは、タイキの言葉に崩れ落ちる。
「ごめん……オレは」
「いいんだ……それだけカエデのことを思ってくれてるんだろ……すまないが、今日はやはり帰らせてもらう……」
タイキはそう言って、1人で家に帰っていく。
「わたし、タイキくんと一緒に帰る。またね」
泣きそうな声で、タイキの元に走っていくサクラ。
僕たちは、それを追いかけることができなかった。
学校が終わった帰り道、僕とヒマリの空気は重かった。
僕たちは、口には出さなかったけど、やっぱり考えることは同じだったと思う。
死の花病。
考えてこなかったわけじゃない。何度かそういう話題にもなっていたし。
でも、僕らは大丈夫だって、勝手に思い込んでいた。
それがあまりにも残酷な形で、僕らの前に現れたことに、ショックを隠しきれなかった。
僕の手と繋がれたヒマリの指先は、春を迎える温かさとは裏腹に、氷のように冷たかったことを、忘れることなんて、出来なかったよ。
「またね……アキラ」
「うん、またね」
僕たちは、言葉を交わしただけで別れた。
この日を境に、僕たちの楽しかった日々が、崩れ落ちていってしまったね。
3月23〜27日 春休み
3月23日
やっぱりカエデちゃんは目を覚まさなくて、お見舞いに行った時、花の香りと共に、寝ている彼女の姿が目と鼻に焼きついて離れなかった。
タイキのお母さんのカヤさんは、いつもの明るくて活発な表情はなかった。
隣でカエデちゃんを見る女子達は、優しく言葉をかけてはいるものの、恐怖の色は隠せていなかった。
ユリは自分がこうなるかもしれない恐怖、ヒマリとサクラは、自身の体に蔦が生えてくるかもしれない恐怖と戦っていたんだろうね。
ヒマリの儚げで憂いを帯びた瞳をみた時、僕はヒマリにバレないように、取り繕うことでいっぱいいっぱいだったよ。
3月29日から4月1日まで、僕らは修学旅行を控えている。
でも、誰もそんな気持ちにはなれなくて、受験前の息抜きで楽しみだったはずの旅行は、息がつまる思いのままで行くことになる。
いや、行けるかどうかも分からない。
本音を言うなら行きたくない。
静かに眠っているカエデちゃんを見て、僕らは何を考えていたのだろうか。
きっと、誰もがみんなの健康を祈り、カエデちゃんが目を覚ますこと願っていたに違いない。
3月25日
コウキから連絡が入った。急な電話で驚きつつも、僕は急いでコウキの最寄駅に向かった。
「よお、アキラ」
「コウキ……顔色が悪いけど……」
「ああ、ちょっとな」
コウキの顔色がすこぶる悪い。コウキが風邪を引いただけならいいのにって思ったよ。
絶対にそんなことはないのは分かってる。でも、この先に待っている言葉を聞くのが、堪らなく嫌だった。
駅に着いてから、数分後。いつものメンバーが徐々に集まってきた。そこにはヒマリやサクラも呼ばれていた。いつものメンツのほぼ全員が集まると、カラオケに行って話を聞くことになった。
そこに、ユリの姿はなかった。
「ユリが……目を覚まさないってさ……はは、なんなんだよ……立て続けに」
「そんな……」
ヒマリとサクラは、言葉を失って泣き続けた。僕とタイキは、ただ2人を慰めることしかできなかった。
カラオケに来たのも、コウキなりに人目を気にしてくれての行動だったのか。
自分も苦しいくせに、こんな時でも人に気を使えるコウキのことも、僕は心配でしょうがなかった。
タイキの家族、僕らの後輩と親友、コウキの大切な人。2人に死の花病の前兆が出てしまった。
なぜ僕たちの大切な人なのか、なぜこのタイミングなのか、誰も言葉を発することができないでいた。
無言の時間が続く中で、コウキがポツリと呟いた。
「俺さ……修学旅行は行かない。ユリのそばに、できるだけいてやりたいから……話はそれだけだ。今日は集まってもらって悪かった。落ち着くで、ここで時間潰してくれ……じゃあな」
コウキがお金をおいて出て行ったあと、すぐにイオリも同じ行動を取った。
「オレはあいつ追うわ……またな」
「うん……コウキのことお願い、イオリ」
「おうよ」
イオリも辛いはずなのに、友達のことを心配してついていくその姿が、とてもかっこよく感じた。
僕とタイキは、それぞれ部屋を変えて、大切な人たちが落ち着くまで、ずっとそばにいた。
泣き腫らして、言葉を話させないヒマリを見るのは初めてで……僕はなんともいえない思いが渦巻き、心が締め付けられて、とても……とても苦しかったよ。
「……タクない」
「ヒマリ?」
「死にたく、ないよ……死んで、ほしくないよ……あきらぁ」
僕は彼女が大声で泣いている時に、ただ優しく抱きしめて、声をかけることしかできなかった。
君を支えてたくて、君の力になりたくて、君が好きだから、君を守りたいのに。
世界は残酷で、神様は意地悪だ……どうして、こんなことをするのか、僕たちはただ、平和に楽しく生きていたかっただけなのに。
……初詣の日、僕は心のどこかで祈っていたんだ。みんなとずっといられますようにって。
でも、そんな願いすらも、神様は聞いてくれなかった。
今の僕ではどうすることもできない。
だって、君はまだ生きているから。
2人だって、前兆が来てしまっただけで、まだ命が亡くなるわけじゃない。
僕の心の中は冷静で冷徹で……最低だ。
僕は君を失わなければいいと……それだけしか、考えていなかった。
僕の大切な友達を、僕は簡単に切り捨てることができた……できてしまう。
そんな自分に嫌気が差して、考えることを放棄した。
今はただ、ヒマリが泣き止むまで、そばにいてあげることしかできなかったんだ。
泣き疲れて眠ってしまったヒマリをおんぶして、タクシーで家に送った。
僕は帰り道に泣くこともなく、ただ何も考えずに家に帰り、そのまま深く眠りについたよ。
3月26日
タイキから連絡があった。
でも、その日はバイトだったから、連絡を無視してバイトにでかけた。
働いてる時間は救いだった。何も考えず、ただひたすら仕事に専念すればいいだけだから。
でも、やっぱりこの日の僕は、どこかおかしくてミスばかりで、ろくな仕事ができていなかった。
「おい、アキラ……お前さん大丈夫か?」
「す、すみません……ミスしてばかりで……」
「……ちょっと休んだほうがいいぜ? 店は大丈夫だから、今日は家に帰れ」
「でも……」
「いいから」
「……すみません」
帰りの挨拶をして、家に帰ろうとした時だった。
「アキラ、大丈夫かい?」
「南さん……すみません、ミスばかりして」
「誰も怒ってなんかいないさ。誰もが心配はしてるけどね」
「……すみません」
僕は南さんの言葉を、ただ謝ることしかできなかった。
「ふむ、重症だな……そろそろ修学旅行だろ? そんな顔してたら、みんなも心配すると思うが」
「……みんな、自分のことで精一杯だと思います。……僕も、今は……それどころじゃなくて」
「そうか……。帰り道、気をつけて帰るんだぞ。バイクは事故が起きやすいから」
「ありがとう、ございます」
「ん? スマホが鳴っているようだが、出なくて平気か?」
「あ」
そうだった……タイキから連絡が来てたんだ。
今度はヒマリからの連絡だった。さすがに、出ないわけにはいかない。
僕はヒマリからの連絡に出る。
「もしもし」
「……よかった……やっと出てくれたね」
電話越しに聞こえる声で分かる。またヒマリは泣いている。
昨日で涙を流し切ったはずなのに、また……。
もう、勘弁してくれよって、思ったよ
「……ごめん、バイトだったんだ。どうしたの?」
僕はスマホを落とした。
ついに来てしまった……こんなにも早く。
「おい、アキラ? 大丈夫か?」
「……僕は」
「……とりあえず、今日はタクシーで帰りなさい。バイクはおいていくんだ」
「……大丈夫です……すみません!!」
南さんからスマホを受け取って、スマホを確認する。
スマホに送られてきた住所を見てから、急いでバイクに乗って、送られてきた住所へと向かう。
何キロ出てたかなんて、覚えていない。ただ、ひたすら最短距離でそこを目指したよ。
目的地について、インターホンを押す。泣きあとがある女性に案内されて、部屋に入る。
そこにいたのは……少なくなった僕らのいつものメンバーと、寝ているサクラ。
ただ、寝ているだけなら良かったのにね……。
サクラの体から、蔦が生えている……。
末期の死の花病の症状が出ていた。
僕は、その場で崩れ落ちた。
「あきらぁ」
声にならない声で、ヒマリが僕に抱きついてくる。
また、彼女は泣いている。
僕にはもう……どうすることもできない。
大丈夫だと思っていた。誰も死にはしないって、甘えた考えだけで、過ごしていた。
その後のことは、もうよく覚えていないんだ。
相当ショックだったんだろうね……僕は。
あれだけヒマリだけを大切にすればいいと考えていたくせに、いざ大切な友達に死の花病の末期症状が出ると、恐怖で何もできなくなった。
どんどん、どんどん悪い方向へ物事が進んでいく。
もう、どうしていいか、分からなかった。
重めの話が続きます。




