僕たちの過去と2人のこれから
コウキは、僕が笑い始めたことに驚いてる。
僕は、思っていたことを、そのまま口に出す。
「ほら、僕とコウキとタイキが仲良くする前にも似たようなことあったなって。僕が2人にほっといてよって、大声出したことあったなって思ってさ」
「ああ、そんなこともあったっけ」
「あったよ、絶対に忘れられないよ、僕は。歩み寄ってくれる2人に対して、突き放したんだからさ。それを変えてくれたのは、コウキとタイキだったよ」
「……一年前のことなのに、懐かしく感じるな」
そっか、まだ一年しか経ってないのか……。確かに、すごく懐かしく感じる。
いつも楽しくて、毎日が濃い日常だったから、すごく昔のように感じるのかもしれないなって思った。
僕は、過去の自分が思っていたことを、ありのまま話すことにした。
「うん。その時から、僕にとって2人はかっこいい存在だったよ。まっすぐで、自分を通しててさ。眩しかったんだ2人が。そんな眩しい2人には、僕の気持ちなんかわからないって思ってた。父親から地味に生き続けろって言われ続けて、卑屈になってたんだ。でも、それを2人が変えてくれた」
2人の言葉は、今でも鮮明に思い出せる。
あの頃の僕は卑屈だったし、父さんの言うことが、全て正しいと思ってた。それに、僕自身も、人に興味がなくなっていた頃だったから、目立つことをやめた。
仲のいい友達もいなかったし、1人には慣れていたし、大丈夫だと思ってた。
父親に言われた通り、目立たずに生きていこうって思ってた。
でも、本当は……寂しかったんだ。親の言うことに従ってるふりして、僕を見つけてくれる人を探してた、面倒な過去の自分。
僕は本当に運が良かっただけだ。本当は、自分で切り開かないといけない道を、2人に導いてもらったんだから。
『それって、生きてて楽しいか? 親の言うことって正しいこともあるけどよ、間違いもあると思うぜ? だから、全部に従う必要なんてねぇよ。心のままに動いてみようぜ、アキラ』
『心のままに……動く』
『それに、結構ズバズバ言うアキラの性格、俺は好きだぜ!』
これはコウキの言葉。正面から好きだと言ってくれる友達に、出会ったことなんて無かったから、びっくりしたことを覚えてる。
『狼太の人生だ。狼太が思うように生きればいい。それに俺は、噂を気にしない、人を見て態度を変えない狼太と……アキラと友になりたいと思ってる。アキラは違うのか?』
友達になりたいなんて、小っ恥ずかしいことを真正面からいってきたタイキ。
あの頃の僕は、目立たず地味に縛られてた。父さんは、大切な人ができたら、そんなこと気にするなって言ってくれてたのにね。
僕は父さんのせいにして、自分から動くことをやめたんだ。
そして、人だけを観察するようになったんだ。
この時の僕は、最後のチャンスを逃さないように必死だった。
だからこそ、自分の心のままに、言葉を発することができたんだ。
2人のおかげでね。
『僕は……本当は、1人は寂しい……僕は、君たちと友達になりたい……』
2人は手を差し出してくれた。
その手を僕が掴んで、僕たちは、本当の友達になった。
そして、僕は初めての友達ができて、自分を変えることができると知ることができたんだ。
懐かしい記憶と共に、僕はコウキに思ったことを、ありのまま伝える。
「そこから僕は2人のおかげで変わり始めてきた。それにね、旅行中、みんなで秘密を話し合ったときに思ったんだ。2人も、僕と一緒で辛い時期があったんだなって」
コウキの目を真っ直ぐ見る。コウキも僕の目をまっすぐ見てくれる。
「だからさ、今だから言えるよ。コウキは自分が可愛くて動けなかったっていうけど、誰だって恐怖はあるんだから当然だよ。それにさ、コウキは少し出遅れただけで、そのあとユリとヒマリの元に駆け寄ってたじゃないか。それのどこが、自分のことしか考えてないって言えるの? 絶対にそんなことないよ。僕が保証する。友達の、親友の言うことが信じられない?」
「いや……そんなことはない」
よかった。信じられないって言われたら、悲しさのあまり、涙が出てしまうところだった。
僕はそんなことを思ったけど、それを悟られないように、コウキに伝える。
「ならいいじゃないか。それにさ、僕思うんだよね。コウキは今すごく反省してる。イオリにも似たようなこと言ったんだけど、自分のことしか考えてないやつは、自分のことが可愛いなんて思ってないし、反省なんかしないよ。それだけで十分偉いし、立派なことなんだよ。コウキはさ、自分に厳しすぎるんだよ。僕らに優しくするくらい、自分にも優しくしないと、そのうち精神が壊れちゃうよ。今よりもっとしんどくなる。だからさ、自分に優しくしてあげなよ」
「自分に優しくか……考えたことなかった」
そうだよね。
君は自分に厳しいくせに、人には優しくできる凄い人間だって、自覚してない。
だから、自らを傷つけちゃうんだ。
「少しずつでもいいから、変えていこうよ」
「……努力はしてみる」
「うん、そうしてみて」
「つか、アキラもそうしろよ。あんまり自分を犠牲にすんな」
「……そうだね」
痛いところを突かれた。ヒマリを怒らせたのも、それが原因なんだから。
お互いに黙って、川を眺める。
鳥の声と、川の流れる音がよく聞こえてくる。
コウキはまだ言いたいことがあるのか、少し間を置いてから、僕に思ったことを伝えてくれた。
「でもよ、俺思ったんだよ。格闘技やってても、怪我した時は誰のことも守れないなって。だから、今は格闘技を続けようか……正直、迷ってる。助けてやれないなら、格闘技を始めてた意味も、続けてきた意味も、続ける意味もないんじゃないかなってさ」
格闘技を続けることに関しては、コウキ次第だ。
でも、始めた意味と、続けた意味なら、僕が教えてあげられる。
「んー、どうだろうね。これからまた続けることはコウキの意思だから、なんとも言えないけど……。始めた意味と続けてきた意味はあると思うよ」
「どうしてそう思うんだ?」
食いついてきたコウキに、僕は素直に答えた。
「ここからは僕の勝手な妄想だけどいい?」
「ああ、アキラの意見が聞きたい」
「わかった」
一呼吸置いてから、僕は話し始める。
「まずは、格闘技を始めたことで、コウキは自分に自信を持つことができたよね?」
「ああ、それはそうだな」
「でしょ? なら、始めた意味はあった。 コウキが格闘技を始めた理由は、自分のためだったかもしれないけどさ、中学時代にユリを救ってあげることができたんだよ。それだけでも、続けてきた意味はあったよね?」
「……でもそれは、一回だけだ」
たく、本当に、自分に厳しいやつだ。
「あはは、そんなことないよ。中学時代は一回だけかもしれないけど、高校に入ってナンパからと、今日のこと、合わせて3回だよ」
「……それは、そうかもしれないけどよ」
「それにさ、中学の一回が、ユリにとってはすごく大きなことだったと思うよ」
「……どうしてそう思うんだ」
これは、コウキ達から救われた僕にだから言える言葉だ。
「僕もコウキとタイキと出会うまでは、1人だったから分かるんだよ。まあ、ユリの方が辛かったと思うけどね。女の子だし、元々仲良かった子達にまで相手にされなくなるんだから。本当は相当心にきてたと思うよ」
「……本人は飄々としてる感じだったけどな」
ユリが飄々としてる風を装った気持ちも、僕はわかるんだ。
「それは、きっと強がりだよ。そうしないと、自分を保てなかったんだと思う。コウキ、人間はね、1人で生きていくのは相当難しいと思うんだ。大丈夫と思っても、心の奥底では誰か助けてって叫んでるんだよ。僕もそう思っていたし、君も似たような経験があるよね?」
「確かに、そうだったな……。本当は、俺と本当の友達になってくれるやつを見つけたかった」
「でしょ? 誰かに助けて欲しい、普通に接して欲しい、友達が欲しいって思ってるユリの前に、コウキが現れたんだよ」
「……でも、俺は」
納得してくれないコウキに、僕は追撃する。
「ねえ、コウキ。どうして、ユリがコウキの悪口を言った人を攻めたのか分からない?」
「……すまん」
素直なところに感心しつつ、僕は恐らくこうであろうという答えをぶつける。
「いや、いいんだよ。僕はね、こう思ってる。コウキが差別しなかったからだって」
「でもそれは、表面上に相手してただけで……」
うん、コウキにとっては、そう言う認識だよね。
でも、本人は多分違う気持ちだ。
「確かに、コウキは仮面をつけていたかもしれない。でも、平等だったんだよね? 誰にも期待せず、でも表面上は仲良くする。いつか、本当の友達と出会えると信じてたから、信じたかったから。
コウキにとってはいつも通りに接しただけだったかもしれない。
でも、ユリからしたら、そのいつも通りが嬉しかったんだよ。
ユリの心の奥底が、誰でもいいから助けて欲しい、そばにいてほしいって時に、特別扱いでもなく、普通の同級生として話しかけてくれる、普通に接してくれる優しいコウキが現れて、ユリは本当に心の底から救われて嬉しかったんだよ。だからユリは怒ったんだと思うよ?」
「……俺の悪口を言ってる奴らにか」
「たぶんね。僕はユリじゃないから、なんとも言えないけどさ」
そう、僕はユリじゃないから、本当の答えを教えてあげられるわけじゃない。
「今回のこともそうだよ。怪我してるコウキが突き飛ばされたから、怒りに支配されて怒鳴ったんだと思うよ?……誰だって、大切な人を傷つけられたら、怒るだろ?」
「……それも、そうだな」
僕はコウキの後ろをチラリと確認してから、コウキに伝える。
「僕はさ、思うんだよね。紅騎は中学時代から、大切な人を守れる騎士になれたんだって」
「俺が騎士に……」
「うん」
「そっか……俺、なれてたのかもしれないんだな……俺の、憧れに……」
僕はそっと、立ち上がる。
「アキラ?」
不思議そうに、僕の名前を呼ぶコウキ。
ここから先は、僕の役目じゃないから。
「そうよ……私、あんたが……コウキがいなかったら、いまこうして、楽しく……この高校になんて、いないわよ。馬鹿紅騎」
「百合……まさか」
「まあ、僕の勝手な妄想じゃ納得しないと思ってさ」
通話中の画面をコウキに見せる。
どこかで似たような手口を使ったけど、気がつかなかったみたいだ。
僕は慎重なんだぜ、コウキ?
「おま、アキラ! 謀ったな!」
「はは、まあ、これから2人でゆっくり話し合いなよ。絶対、大丈夫だからさ」
「……ありがとね、アキラ。でも、ヒマリは納得してないわよ? 急いで向かいなさい。あの子、今サクラに慰めてもらってるんだから。本来、その役目はアキラ、あなたがするのよ?」
ぎゅっと心が掴まれる感覚に襲われ、血の気が引いた。
そうだ……僕はユリ達にコウキを追いかけてあげてって言われて、サクラとユリにヒマリを任せちゃったんだ……。
ユリは、僕の気持ちを察したのか、優しく伝えてくれる。
「でも、このことを選んだのは私たちだから、共犯ね。あとで、一緒に怒られましょ」
「……そうだね」
まだ、全ての問題が解決したわけじゃない。
少し時間が経ったおかげで、冷静になれた。
今度はしっかりと向き合おう。
覚悟を決めろよ、僕。
「……コウキ、あとは頑張って! 自分の心に素直になりなよ!」
自分に言い聞かせるように、言葉を放った。
「あ、ちょ、アキラ!」
「紅騎……話し合いましょ。今までのことと、これからのこと。あなたの言葉で聞きたいわ」
「百合……」
「私ね、あなたに本当に救われたの。だから、あなたが辛い思いをしてる今、私が紅騎のそばにいたいの……。私はね、紅騎。あなたの隣にいると、本来の私でいられるの。あなたはどう?」
「俺も同じだ……俺は、凛としてかっこよくて綺麗で、自分を持ってる百合のことが」
そこまで聞いて、僕は通話中の画面を切った。
2人はもう大丈夫だろう。なにせ、2人とも惹かれあってるんだから。
さて、次は僕の番だ。しっかりとヒマリと向き合わないと……。
でも、僕の全てを打ち明けることはできない
きっと、僕はまた、自分を犠牲にする日が来てしまうと思うから。
ごめんね、ヒマリ。
これは僕のわがままだけど、君が死の花病にかかるまでは、僕は君のそばから離れない。
たとえ、君に嘘をついたとしても……君から離れてたくないんだ、ヒマリ。
学校に戻る途中、コウキのいつもの大きくて嬉しそうに笑う声が聞こえた気がした。
たぶん、気のせいじゃないなと感じつつも、僕は急いでヒマリがいる場所へと向かう。




