コウキの過去と秘密
「コウキ、見つけたよ」
「……はは、さすがアキラ。よくここが分かったな」
少しだけ目が充血してるコウキを見て、僕は心が痛くなる。
何があったのか分からないけど、まずはコウキと普通に会話することにした。
「ここしか思い浮かばなくてね。試合で負けた時とか、上手くいかなかった時、よくこの土手に来てたから、賭けみたいなもんだよ。あとは、よくここでタイキ交えて土手ランしてたでしょ? 僕は自転車に乗って追いかけてただけだけど。だから、ここにいて欲しいなって思っただけだよ」
「そっかー。やっぱりすげーよ、アキラ」
「そんなことないよ。それに、この格好は目立つでしょ?」
コウキは自分の格好を見ると、呆れたように笑った。
「はは、確かに、それもそうだな。 アキラ……怪我、大丈夫か?」
まったく、僕の心配よりも、自分の心配をして欲しいと心から思う。
底抜けのお人好しなんだから、コウキは。
「怪我は問題ないよ。イオリと喧嘩した後、ダイコクさんにちゃんと武道を教わってるから、上手く軽減できたよ。殴られた後に、派手に吹っ飛んだのはパフォーマンスだよ。そうすれば、大事になって誰かが先生呼んでくれると思ったからさ」
イオリと喧嘩して、ダイコクさんに誘われてから、結構真面目に武道を習ってる。おかげで、今回はうまくいった。本当に、ダイコクさんには、足を向けて寝れないよ。
「はは……敵わないな、アキラには。ヒマワリは平気なのか?」
コウキは乾いた笑い声を放ってから、また人の心配をしている。
僕が心配してるのは、コウキの方なのに。
まあ、でも……ヒマリにも後で謝らないとな……。
「どうだろうね……泣かせちゃったし、怒らせちゃった……後で謝りに行かないといけないや」
「そうだな……俺もあとでユリに謝んないとな。 逃げちまったこと」
「はは、僕らって好きな女の子に弱いね」
「……違いない」
ユリが好きなことを認めたコウキは、困った顔で笑った。
少し、空気が落ち着いてきたので、本題に入ることにする。
「んで、どうして飛び出したのさ。いつもなら、僕らを心配して声かけてくれるのに。なんなら、殴ってきた相手に飛びかかっていくのにさ。怪我とか関係なくさ」
すると、コウキは黙って遠くを見つめながら、ポツリポツリと話し始めた。
「……昔を思い出したんだ。俺、小学生の頃、いじめられたって言ったろ? その頃さ、心も体も弱かったから、されるがままだったんだ。 その頃の俺はゲームばっかしてて、1人の世界に没頭してた。そこで目標を見つけたんだ。
騎士のゲームだったんだけど、かっこいいなって思ったんだ。自らが盾になって、大事な人を救う騎士が、すげー格好良く見えたんだ。……たまたま、俺の名前にも騎士が入ってることを母さんが教えてくれて。俺も、本物の騎士になりたいって思えた」
昔を思い出すように話すコウキの邪魔をしないように、僕は静かに話を聞く。
「親父にそのことを伝えたんだ。俺も騎士みたいになりたいって。そしたら親父が、俺を格闘技の道に連れてってくれたんだよ。まあ、騎士道なんてものは日本にないから、親父の伝手で格闘技を始めたんだ。
その時に、親父に言われたんだ。自分を守れないやつが、好きな人間を守ることはできねーぞって言ってさ。友達なんかいなかったし、そん時は騎士みたいに格好良くなるために、自分のために格闘技を習い始めたんだ」
「そっか、ちゃんとなりたいものがあったんだね」
コウキはただいじめられてたから、格闘技を始めたって言ってたけど、なりたいものがあったのかと、初めて知った。
小さい頃の夢って、特撮のキャラクターを夢みがちだけど、結構現実的だなって思った。
要は大切な人を守る人になりたかったんだから。
「ああ。んで、格闘技を習い始めて3ヶ月くらいかな。大人とまじって練習してたからさ、同い年の奴らが怖くなくなったんだ。だから、俺はやり返した。そしたらもう、もういじめられなくなってさ。その頃から、学校に行くのも苦じゃなくなった。でも、やっぱり友達はできなかったよ。俺にやり返されないように、その場しのぎで合わせられてた。裏で俺の悪口を言ってる奴らに遭遇してから、適当に話を合わせるだけにしたんだ」
「それはそうして正解だね。コウキのことを悪くいう奴らなんて、コウキの友達になる資格ないよ」
コウキはくしゃっと笑って、ありがとなと呟いた。
「んでよ、中学に上がっても、その状況はあんまり変わんなくてさ。まあ、適当に話合わせて、適当に中学卒業すればいっかって考えてた。いつからか、騎士みたいな人になりたいってことをすっかり忘れてたんだ」
「なるほどね」
大切な人ができなかったから、守る人がいなかったから、コウキは騎士になりたかった夢を忘れようとしたのかなと感じた。
「適当に中学生活過ごしてたら、まーた俺の悪口言ってる奴がいてよ。またかと思って呆れながら去ろうとしたら、ユリがそいつらに文句言ったんだよ」
「ユリが?」
意外だ。そういう面倒なことには、口を突っ込むタイプだとは思えなかったから。
僕は続けて、コウキの話を聞く。
「そ、意外だろ? 俺もスゲー意外で驚いたよ。
中学時代の俺のユリの印象ってさ、容姿が良くて、男子からはもちろん、ある程度の女子からも人気があって、勉強できて、運動もできて。なんかスゲーやつって感じだった」
なるほど、中学時代のユリはそんな感じだったのか。僕が見たのは、ヒマリとサクラとユリが一緒にいるところからだったから、楽しそうなところしか知らない。男子と女子では体育も別れるしね。
「でもよ、その頃から死の花病の話題が出たせいなのかな……周りに人がいなくなったんだよ。でも、ユリって強くてさ、完全に独りになっちまっても、淡々としててよ。スゲーやつだなって思った。自分の陰口言われても興味ないって顔で無視してさ、大人だなって感じたよ」
僕はコウキの話を聞いて、気になることがあったので、質問する。
「その時、コウキはどうしてたの?」
「俺は周りの意見なんてどうでもいいし、噂は自分の目で確かめてから信じるタイプだから、普通にユリとも話してた。みんなはユリと話したら病気が移るとか、仲間外れにされるからってくだらないこと言ってたな」
「……なるほどね。ユリとコウキは似てるのかもね。お互い、周りの評価を恐れないってところが」
「はは、確かに。今も昔も、そこはかわんねぇな」
「そっか。……ごめん、話の腰折って。周りの評価を気にしないユリが、なんでコウキを庇ったの?」
ああ、そうそうと、コウキは思い出したかのように話を続けた。
「そんな自分の陰口に対して興味のなかったユリがさ、俺の悪口言ってる奴らに向かって言い放ったんだよ」
『あんないいやつの陰口言ってるとか、あんたら終わってる。そんなことするくらいなら、関わるんじゃないわよ。卯座木の時間がもったいないわ』
おお、すごくかっこいいな。
コウキも、そのことが印象的だったのか、懐かしそうに、そして嬉しそうな顔をしている。
「なんかさ、ユリが男に言い寄ってる姿を見て、俺が目標にしてた騎士が目の前に現れた気がしてさ、かっこよすぎだろって思ったよ。そしたら、男どもが逆ギレしてな。女だからって調子に乗ってんじゃねぇって、暴力振ろうとして、咄嗟に体が動いて声をかけてた。女相手に何してんだよって、そしたらそいつら逃げるように去ってたよ」
「なるほどね」
「んで、その場でユリに大丈夫かって言ったら、ユリがその場で座り込んでな。相当怖かったんだろうな。なんでそんな無理したんだよって聞いたんだ」
『……口が勝手に開いてたのよ。卯座木は周りこととか気にしないで、私に声をかけてくれる優しい人なのに、あんな最低な連中が、卯座木の悪口言ってたら、ムカつくし、悔しいじゃない』
照れくさそうに笑うコウキ。その時のことが、本当に嬉しかったみたいだ。
……なんとなく、馬鹿な男に立ち向かったユリの気持ちが分かってきた気がした。
でも、今はコウキの心のうちを話してもらう。
それが終わってから、言うか言わないか判断しようと思った。
「いい女だなって思ったよ。その場ですぐに、俺と友達になろうぜって言ったら、目尻に涙溜めながら、いいわよって言ってくれたんだ。その時のユリの顔を見た時にさ、騎士みたいに人を守れる存在になりたかったことと、親父に言われたことを思い出したんだ。大切な人たちを守るために、俺は格闘技を始めたんだなって」
「うん」
「でもさ、俺考えたんだ。俺1人じゃ、大したこともできないからさ、他の奴らとも仲良くしつつ、ユリと一緒にいようって。また、ユリが俺のことを思って、バカなやつらに喧嘩売るのが怖くなったっていうのもあるけどさ。それで、ユリを守れるならいいって思ってた。……あの時は守れたんだ、男子から襲われるユリのこと。大切な人を守れたんだって実感できた」
嬉しそうな顔からいっぺんして、悔しそうな表情を見せる。
コウキはグッと怪我した拳を握りしめて、さらに顔をしかめた。
「でも、今回は違ったんだ。俺は怪我してるからっていう理由で……咄嗟にユリの前に出ていけなかった。一瞬、足が止まったんだ……。今より怪我が悪化したら、また何もできない自分に戻ることになるって思ったら怖くなったんだ。自分可愛さに、ユリを庇えなかった。そしたら、アキラが前にでてくれたんだ」
今度は泣きそうな顔で、困ったように笑うコウキ。
「そこでさ、思い知ったよ。俺、何やってんだろって。自分に絶望したんだ……。結局、俺は大切にしたい人達すら守れない弱いやつなんだって。騎士みたいな立派な男にはなれないって。そのあとで、ユリの顔見て、情けなくなって……逃げ出してた」
「そっか」
「ダセェよな……俺。結局、俺は目標にしてた騎士にはなれてなかった。自分だけが可愛いんだ」
「そうは思わないよ」
コウキの言葉を咄嗟に否定してる自分がいた。自分でも驚くくらいの速度で言葉にしていた。
だって、悔しかったんだ。僕の知ってるコウキは、そんなやつじゃないから。
「そうなんだよ!!」
でも、コウキは僕の言葉を叫んで否定する。きっと、自分が許せないんだ。
自分に厳しい人だから、完璧を求めてしまってる。
人間、完璧にはなれないってのにさ。
コウキは自分の感情を制御できなかったことに驚いた顔をしたあと、落ち込む。
「ごめん……」
「はは、なんか懐かしいね」
でも、なんだか懐かしい光景を見た気がして、僕は笑ってしまったんだ。
「え?」
コウキは、僕が笑い始めたことに驚いてる。
僕は、思っていたことを、そのまま口に出す。




