今を精一杯楽しむんだ。
え、そんな純真無垢な顔で見られても……。あれ、僕がおかしいのか?
「あ、いや……なんでもない」
「? えー、どったの!」
「おーい2人とも、って!」」
「あ、イオリだ!」
イオリが途中で僕たちの状況に気がついたのか、申し訳なさそうな顔で僕を見る。
いや、むしろ分からせてあげてほしい。ここがどこなのかということを。
「あー……その、なんだ……タイミング悪かったか?」
「え、なんで?」
「まさか、気づいてないのか!? あれか、スマホ持ってるのに、スマホどこ状態なのかヒマワリ!」
「あー……いるよね……メガネかけながらメガネ探してる人とか」
「?? 余計にわかんないんだけど?」
どうやら本当に無意識で手を繋いでいたみたいだ。そんなことあるって思うけど、あるんだから仕方がない。
「なあ、ヒマワリよ。その左手に握ってるのって、なんだと思う?」
「え、なにってそれは……」
徐々に顔が赤くなるヒマリ。無意識下だと最強なのに、意識すると最弱になるんだよね、ヒマリは。
反省中なのか、一言も発しないヒマリ。でも、手はしっかりと繋いでいる。
どうやら、手を離すつもりは、なさそうだ。
そうなれば、僕も覚悟を決めようと思う。秘密の関係だったけど、この際バレてもいいとはなってるし。
というか、バレてるよなきっと。そういう声が薄々聞こえてるくし。僕を馬鹿にするのはいいけど、ヒマリを馬鹿にしてくる人を僕は許せない。
なら、そろそろ周りを黙らせるべきだと思った。そのためにも、僕も行動しないと。
自分の変化に驚きつつも、僕は彼女のために行動できる人間になれたようで、すこしだけ誇らしかった。
「そういえばさ、イオリって今の時間クラスにいる時間じゃない?」
「ああ、それがさ。うちのクラス大盛況だったろ?だから、飲み物も食べ物も底を尽きたんだとよ。明日はそうならないように、今のうちに買い出しだってさ。クラスの出し物は終わったしで、暇になったから、1人寂しく校内見てったてわけよ」
「……イオリ、早く彼女できるといいね!」
あ、ヒマリがどうやら復活したようだ。彼女も彼女で覚悟を決めた顔をしてる。
でも、耳の赤みは、まだ取れていなかった。
「ヒマワリさんよう、復活して早々、失礼な口聞くじゃねぇか?」
「なんか、もういいかなって! ほら見て、アキも満更じゃなさそうだし!」
お互い似たことを考えてるみたいだ。出会って半年が経ったんだよな。
一緒に過ごした時間が長いから、考え方が似てきたのかもと、自分勝手な妄想をしてしまう。
その妄想が本当だったらいいのにと、心から思う。
だって、ヒマリと以心伝心してると思うと、心の底から嬉しさと誇らしさが沸き立ってくるから。
僕は、そう考えてからヒマリの言葉に賛同する。
「あはは、まあね。他の人のことを気にしたら、楽しい時間を無駄にしちゃうなって思ってさ。それに、やっぱり好きな人の隣に立つなら、ふさわしい男になりたいじゃないか」
「は! んだよ、アキラ、男になったじゃねぇか! 俺は好きだぜ、そういうのよ」
イオリはすごくいい笑顔で、僕を肯定してくれる。さすが、僕の親友だ。
僕が求めてる言葉をくれるんだから。
僕の隣で、ヒマリもうんうんと頷いている。
「うん! うちもいいと思う! せっかくの青春時間、人の目なんか気にせず楽しまなくっちゃね! ……
それに、うちのために動いてくれるアキもす、す……スキダカラ」
「ヒマリ、ありがと」
ヒマリが僕にだけ聞こえる声で呟いた。聞き逃さなかった僕に、ヒマリはなぜかスマホを持ち始める。
「あ、ユリとサクラから呼ばれた! ちょっと、行ってくるね!」
「あ、ちょ、ヒマリ!? ……いちゃった」
ビューンと聞こえるくらい颯爽と駆け抜けていくヒマリ。去る前に確認したけど、ヒマリの耳はすこし赤く色づいていた。一度、心を落ち着かせる時間が欲しかったんだなって思った。言い訳するヒマリも可愛くて仕方がない。
隣にいるイオリも、思わず吹き出してしまうくらいには、面白い光景だったようだ。
「すげー、行動派だよな、ヒマワリって」
「そうだね……かなり羨ましくなるくらいには行動力があるよ。……ねえ、おすすめの美容室知ってる? 僕もサッパリしようかなって思ってさ」
「お、いいじゃねぇか。なら、おすすめのところ紹介してやるよ」
こういう時、イオリは本当に頼もしいな。
「ありがとう。2人になったことだし軽音部のライブ見に行かない? どうせなら、同い年くらいの人達のライブ見に行こうよ」
「お、いいのかよ? ヒマワリは放っておいて」
「たぶん、整理する時間が欲しいんじゃないかな。いつも離れることなんてしないしさ」
「ほー、わかった気でいる彼氏ってか? 本当は追いかけてきてほしいんじゃねぇ?」
ふむ、そう言われると追いかけたくなる。でも、判断が難しい。
「んー、難しいところだね。とりあえず、場所だけは送っておこうかな。さ、ライブそろそろでしょ? 僕も一度は見ておきたかったし、行こうよ」
「まあ、アキラがいいならいいけどよ。んじゃ、俺がどのくらい上手くなってるか、ステージに上がるやつらと比べてみるかな。情熱だけなら、負ける気がしねぇんだけどよ」
「情熱ね。イオリって魂削る系のロックバンド好きだもんね」
「おうよ! そういうお前もだろ、アキラ」
その通りですよ、イオリさん。
「まあね。こう、高い声もいいんだけど、やっぱり魂に響いてくる感じの低音の声が好きなんだなって、この前のライブで改めて思ったよ」
「アキラも魅了されたな、ロックの素晴らしさによ! なんでもそうだけどよ、命を削って何かをしてる人間は、輝いて見えるよな」
少しだけ遠くを見つめるイオリに、僕は肯定しかできなかった。
「……うん、本当に」
「……オレもそうなりてぇな」
そうなりたい、か。僕は素直に心の中で思っていることを伝える。
「なれるよ、イオリなら」
「……サンキュー」
イオリは照れながらも、嬉しそうに笑った。
ヒマリがユリ達のところに向かったので、せっかくならコウキとタイキも呼ぶことにした。
タイキとコウキは、連絡するとすぐに体育館に来てくれた。
タイキは普通だけど、コウキはすこしだけ表情が暗い。
ここ最近、色々悩んでるようで、難しい顔をしてたからね。気分転換にでもと思って誘ってみたけど、正解だったかな。
「よし、全員集まったな。んじゃ、敵情視察と行こうぜ!」
「敵?」
「おうよ! 将来のライバルになる存在かもしれねぇからな!」
「はは、イオリらしいね。コウキも、せっかくだし楽しもうよう」
「ああ、そうだな!」
無理に笑うコウキに、僕は何も口にすることはできなかった。
全員でライブを楽しんだ後、各々感想を口にする。
「やっぱライブっていいな! 今度はみんなで一緒にマジもん見にいこうぜぇ!」
「一応、今日のもマジもんだけどね」
「そうだな。だが、音楽で飯を食べているアーティストの音も聴きに行きたくなる」
「じゃあ、今度行くしかないな。 俺も少し気になってきた」
「だろう、コウキ? しっかり曲聴いてからいけよな!」
「分かってるって!」
いつも通りに見えるコウキに、ほっと一息。タイキも同じことを思ってたのか、明らかに安堵した表情が伺える。
それから僕たちは、ヒマリ達と合流して、みんなで文化祭を楽しんだ。
ちなみに、カエデちゃんを含めた8人で、お面が欲しいと言いだしたヒマリによって、みんながお面を購入したことが、僕の中で1番面白かった出来事だったりする。
自分で一個上のお姉さんと言って起きながら、妹ポジション的なお願いをするもんだから、本当に可愛いと思う。
お面を買ったクラスの人に、明日はこれをつけて文化祭に参加して欲しいと頼まれてた。
ヒマリとイオリとコウキがすごく乗り気で、他の4人は愛想笑いをしていたり、していなかったり。
そんなことがありつつ、今日は終了となった。
明日は土曜日で、一般の人も入れるようになるので、今日よりも人が増えるから、明日は大変な1日になりそうだなと、他人事のように思った。
僕個人としては、忙しくてもいいから、平穏に終わってくれることを願うばかりだ。
今日の帰り道、ヒマリから相談事を受けた。ヒマリの話というよりは、ユリの話らしい。
僕たちが軽音部のライブを楽しんでる間、ヒマリは本当にユリ達から呼ばれていたことをしった。
嘘だと思ってごめんよ……ヒマリ。
「ユリがね、コウキには格闘技続けて欲しくないって、今日伝えたみたい」
「そっか」
実はこの話、コウキが怪我をしてすぐに、ユリからヒマリに連絡が入って、何度か話をしていたのだそう。
ヒマリは、コウキに格闘技をやめさせたいと、ユリの口から聞いたみたいだ。
その時、ヒマリはただ話を聞いてあげたそう。男と違って、女の子は話を聞いてほしいだけみたい。
僕はヒマリ経由で聞いていただけだから、ユリ本人とは話していない。
ユリは、中学時代にコウキと出会って友達になってから、怪我したコウキの姿を何度か見てきたようだ。
その度に、胸が苦しくなったけど、本人がやりたがってるから、友達に自分が口出しするわけにはいかないと、自制していたらしい。
ユリはコウキが医者から格闘技のことを考え直した方がいいと言われたと聞いて、本音を伝えたそうだ。
コウキはただ困ったように笑って伝えたそうだ。
『そっか……。心配してくれてありがとうな、ユリ。……考えてみるよ』
そのあと、ユリは安易にその言葉を伝えてしまったことを後悔したようで、すぐに謝ったそうだ。
もちろん、コウキは許してくれたけど、いつもより会話は少なめだったって。
「ねえ、アキラはどう思う?」
「なにが?」
「コウキになんて伝えるのがいいかなって」
ヒマリの言葉を、僕は何も気にせず口にする。
「僕はコウキが決めればいいと思ってるよ。たぶん、変な気を使う必要はないよ。なにかあったら、直接話してくれると思うしさ。よっぽどのことがない限り、僕からは何もしない」
「……コウキのこと、信じてるんだね」
「そうだね。まあ、冷たいって思われることもあると思うけどね。1度聞いたら、2度は聞かないことにしてるんだ」
「そっかー、男の友情ってやつだね!」
「うん。 たぶん、今の僕らにできることは、いつも通り楽しく日常を送ることだけだよ」
「わかった! ユリにもおんなじこと言ってみる!」
ヒマリは僕を信頼してくれた。
僕はそれに喜びを感じつつ、同時に罪悪感も感じている。
僕はまだ、ヒマリに全てを話せていない。確証がないことを言って、ぬか喜びをさせたくないから。
僕はこのままでいいのだろうか……。
分からないけど、今はこのままでいいと思ってる。
ヒマリの笑顔が見れるだけで僕は幸せだし、ヒマリもすごく楽しそうに毎日を生活している。
きっと、不安はあると思う。でも、彼女はそれを僕には見せない。
なら、僕はヒマリを信じるだけだ。無理に迫ってもいいことなんてないし、未来のことは誰にも分からない。
だからこそ、今を精一杯楽しむんだ。
コウキの話を終えた僕らは、話を切り替えて、今日の文化祭の話へと移った。
メイド服が可愛かったこと、執事の格好が僕に似合ってたこと。クラスの出し物が好調で良かったこと。文化祭で食べた焼きそばが美味しかったこと。お面をつけて文化祭に出るのが楽しみなこと。お化け屋敷は結構本格的で驚いたこと。楽しい時間はあっという間に過ぎること。
ヒマリの家についてからも、離れるのが寂しいから、30分くらいヒマリと喋りあった。
いつも通りお別れのキスをしてから、お休みと伝えてヒマリと別れる。
明日もみんなと楽しめるといいなと思いながら、僕は音楽を聴きながら家路を歩いた。




