夏祭りと秘密のキス
少し短いです。
僕とヒマリはあの日から、正式に付き合うことになった。
今の所、増えたのは個人連絡と、2人で遊ぶ回数くらい、僕たちの関係はそれほど変わってない。
僕は人生2度目のロックバンドのライブをイオリと見に行ったり、コウキ達男だけで集まって遊んだ。その帰り道、ヒマリと付き合ったことを伝えると、コウキ達は自分たちのように喜んでくれた。
バイト先でも、彼女ができたことが南さんだけにバレた。どうやらいつもと雰囲気が違うようだ。
店長には言わないでくださいと伝えると、嬉しそうに頷いた。
僕を弟みたいに可愛がってくれてるようで、僕に彼女ができて嬉しいようだ。身内か。
どんな子か見たいからバイト先に友達と一緒にヒマリを連れてくるように言われた。連れてこないと店長にバラすぞと言われたので、僕は引き攣りながら頷いた。
南さんは大人な感じだけど、意地悪が好きで、少しだけ子供っぽいところもある。この人もギャップがあるなと感じた。
まあ、ヒマリやコウキ達から、僕のバイト先に行きたいと言われてたし、ちょうどいいかもしれない。
夏休み中に、祭りに行ってないと騒いだコウキがみんなで行こうって話になってたし、その時にでも伝えるかな。
店長に夏休み中に友達が大勢くることを伝えると、嬉しそうな顔をされた。
友達を連れてくるってしたことなかったからなあ。本当に、店長はいい人だと思う。
夏休みも終盤に差し掛かり、みんなでお祭りに行く日になった。
浴衣を着ようって話になったので、浴衣をレンタルしに行こうと思ってたけど、どうやらタイキの家に浴衣があるようで、借りに行くことに。
昔ながらのものとか、最新のものまであるらしい。タイキのお婆ちゃんは昔ながらの古風な人で、浴衣や着物の着付けをする仕事をしていたそうだ。今は亡くなっているけど、代わりにタイキのお母さんのカヤさんが、受け継いだようだ。
タイキの家にはお世話になりっぱなしだ。
タイキの家の人たちは、それでも嫌な顔せずによくしてくれる。大人になったら、ここのお酒を買えるくらいには、お金を稼ごうと思った。
僕たち男は、ヒマリ達と違って一瞬で着替え終わった。僕とコウキとイオリは、浴衣に着られてる感じがして、子供っぽいのは否めなかったけど、タイキはすごくしっくりくる。大人が似合う格好なのかもしれない。
ヒマリ達も着替え終わり、僕たちの前に現れる。
照れくさそうにでも様になってるユリ。ヒマリとサクラとカエデちゃんは、浴衣が可愛いとはしゃいでいる。
水着の時みたいに、それぞれのイメージカラーの浴衣を着ているヒマリ達。
明るく少し温かみのある夕陽のオレンジ色の浴衣がヒマリ、大人っぽく白い浴衣のユリ、優しい桜色の浴衣がサクラ、ちょっと大人びた赤と黄色のグラデーションがカエデちゃん。
みんな似合っててとても可愛いと思う。
「アキ、どう? 似合う?」
「うん、似合ってる。可愛いよ、ヒマリ」
「ふふ、でしょ〜」
ヒマリにはオレンジ色がよく似合う。黄色っぽい向日葵の花より、オレンジ色が好きだったしな。
オレンジ色は不思議な色だ。温かいイメージもあるし、夕陽が海に沈むような儚さもある。
そんなオレンジ色の浴衣を着たヒマリは、大人の雰囲気が溢れ出ている。綺麗なうなじと、いつもより大人っぽい化粧が、余計にそう感じさせているのかもしれない。
夏の色気というやつだ。
コウキはユリの浴衣姿を褒めちぎっている。ユリは天然コウキの発言に、顔を真っ赤にしてそれ以上言うなって照れながら怒ってる。器用だ。
タイキは一言ぽつりと可愛いぞと、サクラに伝えている。サクラはそれで満足していないらしく、ぐいぐいコウキに迫っている。コウキはタジタジしながらも、サクラの魅力を伝えていた。
イオリはカエデちゃんを少し揶揄っていた。カエデちゃんは、ムキーと言いながら怒ると、イオリは謝って似合ってて可愛いよと伝えている。その一言で照れるカエデちゃんをまた揶揄うと、イオリがタイキに注意する。ふふ、やりすぎは注意だよ、イオリ。カエデちゃん兄貴は、怒ると絶対怖いぞ。おもにメグムさんが。
全員が揃ったので、みんなで行動しながら祭りを楽しむ。
僕とヒマリ、タイキとサクラに気を使おうとする4人だけど、みんなで楽しみたいからと、全員で行動した。
2人のデートも素敵だけど、みんなといる時はみんなといたい。ヒマリが僕にそう言っていたし、僕もヒマリの意見に賛成だった。
祭りは楽しかった。みんなではしゃいで、夏を満喫した感じだ。去年はこういう人混みに行かなかったら、コウキには申し訳ないことしたなって思った。
行きたがってたけど、僕は少し苦手だったから。今年はみんなで行けて良かったなって思う。
ヒマリ達は写真をパシャパシャ撮っていて、僕もそれを手伝った。映え最高と言っていたので、満足な写真が撮れたんだと思う。
満開の笑顔を咲かせるヒマリを見て、また来年も行きたいなって思えた。
祭りの屋台と映え写真を一通り楽しんだあと、僕たちは他の人たちより早くタイキの家に戻る。終わりまでいると、電車が異様に混むし、このあとタイキの家でやりたいことがあるからね。
ということで、少し混み合った電車に揺られてタイキの家に戻る。電車が急停車して、ヒマリが僕に抱きついてきたことで、すごくドキドキしてしまう。上目遣いで僕を見てくるヒマリに、僕は理性を保つことと、ヒマリに声をかけるだけで精一杯だった。
予想外のハプニングに襲われたせいで、邪な考えを振り払うのに時間がかかった。
僕にも男の本能があるんだなと自覚した瞬間だった。男子高校生は猿だなんていうけど、本当にその通りだなって心の中で少し泣いた。
タイキの家に戻って私服に着替える前に、みんなで花火をやることに。
タイキの家は庭も広いので、花火もさせてくれるみたいだ。手持ちの花火だけど、それはそれで風情があるので良かった。
ここでも映えの写真を撮りまくるヒマリ達。花火と浴衣はたしかに映えるよね。
一通り写真を撮り終わると、みんなで花火を楽しんだ。
線香花火を真剣な表情で持つヒマリは、儚げな雰囲気だった。
僕は彼女にカメラを向ける。カメラ越しのヒマリは、いつもとは違う大人びた微笑みで写真を撮らせてくれた。
写真を撮ったあと、線香花火の火薬が落ちる。
「あ……落ちちゃった」
なんとなくだけど、彼女は線香花火に自身を重ねてる気がした。
落ちた線香花火を見続けながら、悲しげな表情を見せたから、間違いないと思う。
僕はヒマリに伝える。
「大丈夫だよ」
「……なにが?」
「いや、なんとなくそう言いたかっただけ」
「そっか」
「うん」
そっと寄り添ってくる彼女に、僕はただ肩を貸し続けた。
パシャリとシャッター音が聞こえた方を振り向くと、ユリとコウキが、ニヤニヤしながら僕たちを見ていた。
顔を真っ赤にしてヒマリはユリとコウキを追いかけた。
イオリとカエデちゃんは、タイキとサクラをニヤニヤしながら写真を撮っていた。まったく、いい趣味してるよ。……あとでコウキから写真を貰おうと心に誓った。
着替えが終わってから、みんなと別れる前に、バイト先に来ていいことを伝える。すると、みんなが大はしゃぎした。すごく楽しみにしてくれていることに、僕も嬉しくなった。
僕のバイト先まで少し遠いことを伝えると、カヤさんが車を出す話になった。本当に、優しいなカヤさん。僕たちはカヤさんにお礼を言うと、ガキが遠慮すんなってさ。懐が大きくて憧れる。
帰りも、カヤさんが駅まで車を出してくれた。再度お礼を言ったあと、電車に乗る。
電車から降りると、ヒマリの手が僕の手に絡めてくる。
「……なんで分かったの?」
「なにが?」
「線香花火の時、ヒマリが考えてたこと」
「悲しそうな顔してたから」
「ふふ……魔法使いみたい」
「メンタリストだと思うよ。ヒマリ限定の」
「はは、変なの〜」
「僕は離れないよ」
僕が僕でいられる限りは、と心の中で囁く。
「ありがとう、アキ」
ヒマリは僕の腕に頭を寄せる。
蒸し暑い夏の夜、僕はまだ彼女に僕の秘密を伝えていない。これがフェアじゃないことは分かってる。
でも、本当かどうかも分かってないことを伝えるわけにはいかないし、期待させすぎもよくない。
だから今は、ヒマリのそばにいてあげる。それが今の僕にできる唯一のことだから。
いや、違うか。優しすぎる彼女のそばに、僕がいたいだけだ。
ヒマリの家につくと、ヒマリが僕を門扉の中に連れていく。
道路から死角になる誰にも見られない場所で、彼女を抱き寄せる。
熱を帯びた瞳のヒマリをそっと抱き寄せて、ヒマリが安心するまで大丈夫だよと言い続けた。
一度離れて、秘密のキスをする。
いつもより少し熱い長めのキスも、海の味がした。
帰る前に、もう一度だけヒマリを抱き寄せてから、おやすみと伝えると、彼女はおやすみと優しく笑った。
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