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2度目のキス

 声まで出しにくいなんて、まったく滑稽だよ。


「そうだよ。その人は2人に注意して、睨まれても全然動じないし、胸ぐら掴まれても無言の圧っていうのかな? なんか、かっこ良かった。そんなことするような人に見えなかったからギャップ感じたよね。背は高かったけど、前髪で目を隠してたし、少し暗い雰囲気だったから」


 僕みたいな奴もいるんだな。


 ああ、そうか。僕とその人が似てるから、ヒマリは僕とのデートにその人を重ねていたのかもしれない。


「その2人はまったく反省してなくてね。反応しないその子に飽きたのか、席に戻ってまた話をしだしたの。そしたら、その子普通に塾の先生に伝えて、その2人を追い出してくれたの。先生に向かって、お礼を言って席について黙々と勉強してた。かっこいいなって思ったよ。他の人ができなかったことを淡々とやるんだもん」

「確かに、それはかっこいいね」

「うん、でね、ヒマリはお礼言いたかったんだけど、話しかけるのも変かなって思って、ウジウジしてたの。学校違ったらもう会えなくなるし、受験が終わったら塾にも来なくなるし、どうしようって迷ってた」

「そっか」

 

 中学の頃のヒマリは、今のヒマリとは違って強くはなくて、普通の女の子だったんだね。

でも、今のヒマリはすごく強い子だと、僕は思っているよ。

 

「ちょっとずつ行動してたんだよ。その子の隣の席に座って勉強したり、その子が帰ってから数秒後に帰ってみたり、挨拶したりしたんだけど、ダメだった。まあ、ちょっとストーカーみたいなことしてたんだけど、塾の先生と話してる時に聞いたの」


『本当にここ受けるのか? 君ならもっと上の高校に入れるぞ』

『いえ……本当にここでいいです。家からも近いですし』

『しかしなあ……花咲学園かぁ……うーん、もったいないと思うなぁ……』


 まあ、割とよくある話だろう。家の都合とかあるだろうし、僕も似たようなことを話していた気がする。


「花咲学園って聞いて運命を感じたの。うちも花咲学園に入りたかったから、改めて絶対入ろうと思った。

いつもどおり塾でその人の隣で勉強してから、うちも花咲学園に行くんだよってことどうしても伝えたかったの。その人が帰る間際にね、うちね、わざと物を落としたの。そんなことしたことなかったから、ドキドキして、つい小走りになっちゃって。そしたら、その人も走って追いかけて来てくれたの」


『あ、あの……落とし……ましたよ』

『あ、ありがとうございます! あ、花咲学園受ける人ですよね? すみません、前に聞こえてて』

『……はい、そうですけど』

『じゃあ、うちと一緒ですね! 受かったらよろしくお願いします!』

『……はい』

『あ、あと、自習室でうるさい2人追い出してくれて、ありがと! うちもその場にいたから助かったよ。その……怖く無かったの?』

『怖い? どこかで会うかも分からないし、僕の人生にはああいう人は不必要だから、特には』

『でも……高校が一緒だったらとか、考えなかったの?』

『ああ……考えてなかったですね。僕が友達になりたい人と友達になれたら、それでいいですし。あの2人が僕たちと同じ高校で、その2人がクラスと協力して僕をハブるようなクラスメイトたちだったら、それはそれで不要な人間関係を作らなくていいので助かります』

『つ、強いんだね』

『……いや、周りの人間がどうでもいいだけです。大多数と薄っぺらい関係を作るよりも、自分が大切にしたいと思う人に出会えたら、それだけでいいんです』

『そう……なんだ』

『はい。すみません、そろそろ帰らないと、君も気をつけて帰ってね。お互い頑張ろう』

『う、うん! これ拾ってくれてありがとう! じゃ、じゃあ、またね!』

『うん、またね』


 ……どこかで聞いた馴染みのある声と会話、小中学校の記憶が曖昧な中で、思い出せるほど眩しく感じた素敵な笑顔。


 記憶の底にしまったはずの思い出したくない記憶の中で、数少ない良い思い出。


 ……まさか。


 あの時話した子は、ヒマリだったんだ。


「結局、その一回だけで話は終わっちゃったんだけどね……。ちらちら見てたけど、勇気がなくて。

でも、塾の先生が勿体無いって言ってたくらいだし、頭はいいって知ってたから、うちが受かればまた会えるって思ったんだ。だから猛烈に勉強したの。合格発表の日、自分の番号を見て嬉しくて涙が出ちゃった」


 彼女はそのことを思い出したのか、目に涙を溜めている。


「花学は、おしゃれ自由じゃん? だから天パの髪をオレンジ色っぽくして、髪型もウルフっぽくしたり、お化粧も少しだけ勉強して、可愛くなるように努力した。


 一年生になってから、クラスを探したけどいなくてね。他のクラスに入る勇気はなかったし、まずは友達から作ろうと思ったの。


 死の花病のせいで友達が作りにくいって覚悟してた。うち、元々はカーストとか気にしてたんだけど、その人に影響されて気にしないことにしたの。それにクラスの中心人物に声をかけても、友達になれる自信が無かったし、また同じように友達が離れていくのは嫌だった。その人が言ってくれたように、自分が大切にしたいって思う人たちと出会いたかった。だから、人を良くみて慎重に声をかけたんだ」



 そうか、あの頃の僕でも、人に勇気を与えられる存在だったのかと驚いてしまう。

僕は、あの頃の僕が嫌いなままだから……ヒマリの話を聞いて少しだけ救われた気分になった。


「そしたらね、人の悪口を言わない同じクラスのサクラとユリがいたの。こんな素敵な人たちもいるんだって思ったら、うちから声をかけてたの。花の名前同士、同じ悩みを持ってたからすぐに友達になれた。3人でいる時はとっても居心地が良くてね、ああ、この子達とは一生友達でいられる、そんな気がしたんだ」


 僕も一緒だ。コウキたちと出会って、居心地が良くて、この先ずっと友達でいられる気がした。


「それでね、ようやく見つけたの。サクラたちと話している時に……うちの運命の人」

「……その人って」


 緊張の一瞬。


「うん……アキラ、君だよ?」

「僕……」


 心臓がどくどくと強く鼓動する。

それと、同時に……僕で良かったと、しんそこ安心してしまう。

 

 そこでやっぱり思ったのは、僕が君を好きだという事実だ。

 

「そう、アキ。ユリがコウキと幼馴染って言ってたからさ、6人で遊ぼって声をかけたの。まあ、その時は振られちゃったけどさ」

「あの時の……ヒマリたちだったんだ」


 ということは、僕もヒマリを振ったのか……間接的ではあるけど。

なんだか、似た物同士だなって思うと、感慨深い気持ちになる。


「うん。うちが初めて見た時のアキはね、本当に周りへの興味がない感じだったけど、コウキとタイキといる時は違った。ポカポカあったかくなるような優しい笑顔で2人と話してたから、大切にしたい人たちを見つけたんだなって思った」

「……そうだね。2人はとても大切な友達だよ」

「うん。その時にね、思ったの。アキの笑顔を見てるとね、ウチもね、心がポカポカあったかくなるの。今みたいな夕焼け、オレンジ色に染まった太陽みたいに暖かい人だなって。そこからね、ヒマリずっとアキのこと見てたの。向日葵の花が太陽を見つめてるみたいにずっと。でも結局、一年生の時は声をかけられないまま終わっちゃったんだけどね」

「そうだったんだ」

 

 ヒマリの視線に気がつかなかった自分の観察眼に心底呆れてしまう。

観察するのが好きなだけで、人の好意にまで気が付かないとは……僕の嫌いな鈍感系主人公みたいじゃないか。


 ヒマリはニコニコ顔で、話を続けた。


「クラスが一緒になった時は驚いたし嬉しかったけど、アキは覚えてなかった。ふふ、同じクラスになった時のアキは面白かったな〜。めっちゃクラスの人のこと観察しててさ」

「はは……まさかそんなに見られてるとは思わなくて……客観的に見ると怖いよね」

「ううん、アキにとって大事なことだから、気にしなくていいんだよ」


 ヒマリは温かな笑みで、話を元に戻す。


「アキ達と友達になりたかったんだけど、アキは友達作りに慎重だと思ったから、どうしようか迷って」

「だから……名前を呼んで挨拶してくれてたんだね」

「はは、バレたか……そう、少しでも友達になりたいって思って欲しくて、アキ達だけ名前で呼んでたの。記憶に残りやすいでしょ?」

「うん、ばっちり覚えてる」

「ふふ、効果があってよかった!」


 どうやら計画的だったようだ。僕はそのことに少し驚くも、ヒマリの話の続きに耳を傾ける。


「どうしようか迷ってる時にさ、コウキがクラス会断って、アキ達と遊ぶって言ってたの。ユリにお願いしてね、コウキ君から遊ぶ場所聞いてもらったの」

「そしたら、運悪くナンパにあったと」

「はは、そういうこと。でも、あの時ナンパされてなかったら、アキ達とは仲良くなってなかったから、結果オーライだね!」

「まあ、運が良かったよね。僕もヒマリと仲良くなれて嬉しかったよ」

「ふふ、良かった」


 お互い好意があった。つまり、僕の片思いじゃなかったんだな……。

嬉しさと同時に、少しだけ覚悟する。彼女は僕と付き合うつもりがないんじゃないかって。


「僕が告白した時、驚いた?」

「うん。でもね、本当に嬉しかったの。うちが断っても関係を壊さないでくれて」

「当たり前だよ。僕は男女問わず、自分が大切したい人たちに嫌な思いはさせたくないから」

「ふふ、そういうところも好き」

「……僕も、優しい気持ちを持ってるヒマリが好きだよ。だから」


 付き合って欲しいと伝える前に、彼女は話しだした。


「……怖いんだ、付き合うことが」

「え」


 怖いと言われて、僕は自分が何かしてしまったのかと言葉を失う。


 ヒマリは僕に微笑んだ後、景色をみながら話し始めた。


「うちね、恋愛したかったって言ったでしょ?ドキドキするような恋がしてみたかった。アキに片思いしてからは、ドラマや映画みたいに恋してるって思うと嬉しくなった。アキとのデートは、すごくすっごく楽しかった。告白も本当の本当に超嬉しかった。


 ……告白されて同時に思うことがあったの。

もし、うちが死の花病のことを伝えたら、この関係は無くなるのかなって。アキはそんなことしないって思ったけど、やっぱり怖くて返事を先延ばしにしたの。


 でもね、先延ばしにすればするほど、アキへの思いがどんどん膨れていった。


 意外と良く食べること、メガネを外すと見える綺麗な目も、頭の悪いヒマリの勉強を投げず手伝ってくれる根気も、ヒマリのわがままに付き合って優しくしてくれるところも、たまに悪戯してくるところも、優しく微笑んでくれるところも、自分の言いたいことはハッキリいう素直なところも、一歩引ける心遣いも、告白してくれた時の真剣な表情も、ヒマワリって呼ぶ少し低い声も、意外と大胆なところも全部、全部が好きになる。


 お姫様抱っこしてもらって、一緒に海に飛び込んでから海の中で目が合ったでしょ? 海の中なのに、アキが鮮明に見えたの。


 アキがヒマリを心配して抱き寄せてくれたときにね……溜め込んだ気持ちが爆発して……キスしちゃったの。


 悪い子だなって思ったよ、自分のこと。アキが好きって気持ちを伝えてくれてから、あんなことしちゃったから、ヒマリもアキのこと好きって言ってるようなもんじゃん。でもね、抑えきれなかった。 


 アキならこんなヒマリを受け入れてくれる。だから大丈夫って。体が勝手に動いてた。


 その夜、なんであんなことしちゃったんだろって落ち込んでたらさ、サクラが自分の秘密を告白してタイキ君は受け入れてくれたって聞いて。サクラが嬉しそうに結婚するんだって幸せそうな顔して笑ってた時にさ、思っちゃたんだよね。


 ヒマリは……サクラみたいに明るい未来を想像することができなかった。


 もし、うちが死の花病にかかって死んじゃったら、アキはうちのこと忘れられなくて、幸せになれないんじゃないかって、立ち直れないんじゃないかって……。友達のままヒマリがいなくなっても、ショックだろうけど、立ち直れないほどじゃないんじゃないかって


  だったら、告白は断って友達になってくれた方がいいって思ったの。でもさ……今日デートしてる時も、頭の中で離れたくないって、付き合えない、付き合いたくないなんて言えない……言いたくないよ」


 言葉を返す隙を与えないほど、彼女は自身の心の葛藤を僕に伝えてくれた。

落ち込む彼女に、僕はどう声をかけていいか、迷ってしまう。


 短い沈黙が訪れた後、ヒマリはとうとう泣き出してしまう。


「だって、好きなんだもん……アキのこと。素敵な、夢にまでみた……恋、しちゃったから……好きな人と、両思いなのに……いつ、いつ、し、死んでも、おかしくない、ヒマリと付き合ったら……アキが」

「もういいよ。ヒマリ……泣かないで」


 僕は、彼女を抱き寄せる。


 迷うことなんてないじゃないか。これだけ好きだと伝えてくれるヒマリに対して、僕ができることは、僕の本音をヒマリに伝えることだけだ。


「でも、でもさ……」

 

 僕はヒマリを落ち着かせるように、ゆっくりと自分の本音を伝える。


「ヒマリ、暗い未来のことなんか考えるのやめようよ。今を楽しむんでしょ? なら、君の心のままに生きよう。未来のことは誰にも分からない。休眠期に入っただけで、死の花病にかかるとは限らない。もしかしたら、僕のほうが先にいってしまうことだってある。この世は何が起きても不思議じゃない。なら、暗い未来より明るい未来を考えよう。怖い未来よりも、楽しい未来を一緒に考えよう。大丈夫、僕たちは死なないよ。根拠のない自信は大切だよ。大丈夫、大丈夫だよヒマリ。1人で悩むから暗い未来を考えるんだ。なら、二人でいよう。どんな時も、明るい未来しか考えられないように。一緒にいよう、一緒に幸せになろうよ……ヒマリ」

「アキ……」


 抱き寄せたヒマリを少し離して、目を見て僕のヒマリに対する思いを伝える。


「僕もヒマリが好きだ。


花が大好きな君が好きだ。僕のおすすめを聞いてくれる君が好きだ。苦手な勉強にも取り組む努力家な君が好きだ。天然行動で僕の心を困らせる君が好きだ。照れるとネット用語を使う君が好きだ。感情を顔にだせる素直な君が好きだ。人の悪口を言わない綺麗な心の君が好きだ。自分の気持ちを押し殺しても、僕の未来を考えてくれる優しい君が好きだ。アキって呼ぶ時の顔も声も好きだ。照れ屋なのに自分から攻めて照れる君が好きだ。心のままに行動してくる君が好きだ。向日葵の花みたいに綺麗で可愛い君が好きだ。向日葵の花みたいな満開の笑顔の君が好きだ。


 ヒマリのことが好きなんだ! 君が向日葵の花なら、僕は太陽にだってなれる、なってみせる!


 向日葵の花に太陽が必要なら、一匹狼の太陽を見つけてくれる向日葵の花が必要なんだ!


何度でも言うよ、ヒマリ。暗い未来のことなんて考えられないほど、一緒に楽しい時間を共有しよう。一緒にくだらないことや楽しいことして笑っていよう。納得いかない時や悩んだ時は一緒に考えて乗り越えよう、一緒にお互いの好きを深めて探していこう」

「あきらぁ」


 泣いているヒマリに、僕は耳元で囁くように伝える。


「僕は、ヒマリ君が好きだ。

ヒマリが……好きなんだ……僕と付き合って、一緒に幸せになろうよ……ヒマリ」


 全て伝え切る。


 それでもヒマリの涙は止まらない。


「うちも……ヒマリもアキが好き……アキと付き合いたい……アキと幸せになりたい」


 でも、その涙は悪い意味じゃなかった。


「ねえ、さっきうちが、ヒマリって呼んで欲しいって言ったでしょ?」

「うん」

「あれね、好きな人から、ヒマリって呼んでもらうことが、夢だったの」

「なら、夢が叶ったね」

「うん」

「これからもさ、夢を叶えていこうよ、一緒に」

「……うん」


 晴れやかな笑顔を見せるヒマリに、僕は手を差し出す。



「僕を見てヒマリ、僕の手を取って」

「うん」

「好きだよ……ヒマリ」

「ヒマリもアキラが好き」


 僕たちは、向日葵の花と夕陽に見守られながら、2度目のキスをした。


 2度目のキスもまた、少しだけ海の味がした。


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