君の秘密と運命の人
丘の途中にあるカフェに入ると、冷房の効いた室内が迎え入れてくれた。
「涼しい……」
「超涼しいね〜」
「いらっしゃいませ」
風鈴の音と共に、店員さんが声をかけてくれた。
人気のカフェでお昼時なのに、ほとんどお客さんがいない。
ここでも、死の花病の噂が影響してる。
店内に案内されると、フカフカのソファーが、外の景色がよく見れるように配置されていた。
「うわー! すっごいフカフカだし、外は超綺麗!!」
「うん、たしかにこれは絶景だ」
外を見ると向日葵の花の絨毯が引かれているようだった。綺麗な景色を見ながら食べれる場所なんて贅沢だ。
「ソファーもテーブルもおしゃれだし、外はいい景色だし、丘の上からはどんな景色が待ってるんだろうね!」
「」
外の景色に満足すると、ヒマリは店内を見渡す。
「ちゃんと見てなかったけど、ここのカフェもおしゃれだよね!」
「そうだね。それと、なんか落ち着く」
店内は白を基調に、様々な花のドライフラワーが飾られている。
コーヒーの香りと、花のような甘い匂いがする。初めてきたお店なのに、すごく落ち着く。
「人が少ないからかもよ? アキは苦手でしょ、人が多いの!」
「確かに、それもあるね。」
「ふふ、だんだんアキのこと分かってきてる!」
「もう、八月も半ばだしね。僕たちが出会って4ヶ月くらい経つんだね……」
「そっか! 確かに早いね! やっぱり楽しいと時間があっという間にすぎるよ! 今までとは大違い!」
「そうなの?」
「うん」
困ったように笑うヒマリ。何があったか気になるところだけど、楽しみにしてた場所で落ち込むのは勿体無い。僕はヒマリにメニューを渡して、食事を頼もうと提案すると、ヒマリは少し暗い表情が一変して、目を輝かせて頷いた。
僕はトマトクリームパスタ、ヒマリはオムライスを注文。飲み物は僕がアイスコーヒー、ヒマリがフルーツジュースを注文する。食後にパンケーキを頼んで、食事が来るまで談笑した。
フルーツジュースにも花が添えられていて、ヒマリの注文した飲み物と料理は花尽くしだ。
飲み物と食事の写真を撮ったあと、2人で食事を楽しんだ。
食後のパンケーキを頼む前に、再び飲み物を注文する。
「カフェラテ飲みたい!」
「カフェのカフェラテって美味しいもんね」
「え、アキが親父ギャグ!?」
「……すみませーん、カフェラテ二つお願いします」
「あ、無視した!」
再度頼んだ飲み物がきて、カフェラテに描かれたハートマークを見ると、ヒマリは写真を撮りまくる。
「ふふ、ウチ達カップルに見えたのかな?」
「そうだと嬉しいな」
僕は率直な感想を伝えると、ヒマリはやっぱり少し困ったように笑った。
でも、パンケーキが目の前に置かれると、パンケーキに目を奪われたヒマリは、何かに取り憑かれたように写真を撮りまくっていた。ヒマリの気持ちもわかる。僕は女子じゃないけど、これは目を惹かれるな。
パンケーキのおかげで、気まずい空気がなくなった。ありがとう、パンケーキ。
パンケーキは花びらが散りばめられていて、想像以上におしゃれで美味しかった。
口いっぱいにパンケーキを含むヒマリの満足そうな顔を見て、僕はつい写真を撮ってしまう。
ヒマリは少し怒ったけど、自分の幸せそうな顔を見ると、照れながら僕が撮った写真を送って欲しいと言った。
僕たちは食事を楽しんで、夕方になるまで楽しく話を続けていた。
とても楽しい時間だった。
店員さんにお礼を伝えると、またきてくださいと声をかけられた。
僕たちは、はいと返事した。
外に出ると、蒸し暑い空気が体に纏わりついてきた。
夕方なのに、まだまだ暑い。夏の太陽を少し恨めしく思うと同時に口に出してしまう。
「夕方なのに、外は暑いね……」
「ふふ、アキって太陽の陽って書くのに、お日様に弱いよね!」
確かに、僕はあまり太陽が好きじゃない。自分の名前なのにギラギラ輝けてもいないし、名前負けしてる気もする。
ヒマリは、名前の向日葵の通り、太陽のことが好きだし、似合ってるし、僕と違って名前負けしてない。
「ヒマリは向日葵みたいに太陽が好きだよね」
「うん! 太陽がないと花は咲かないから! 向日葵の花も、太陽好きでしょ?」
「はは、たしかに。 向日葵の花は、いつも太陽がいる方を向いてるっていうもんね」
「うん、だから……向日葵には太陽が必要なんだよ」
「ヒマリ?」
真剣な表情で僕にそう伝えると、ヒマリは僕の手をとる。
「こっち、丘から向日葵の花を見に行こう。そこで伝えたいことがあるの」
「分かった」
泣きそうな子供を慰めるように優しげな笑みで、カフェの先にある丘の上まで向かう。
途中、なにか話そうかと思った。
でも、やめた。
「……」
丘の上に行く途中の階段の傍にも、向日葵が咲き誇っているにも関わらず、真剣な顔でヒマリは真っ直ぐ丘の上を目指してる。
どうやら、ヒマリの中で答えはでたようだ。
僕の答えはすでに決まってる。
たとえ、どんな答えが出てもいい。ヒマリが考え抜いて出した答えなら、僕はそれに従うと決めたから。
丘の上に着くと、視力検査に使われる下に穴の空いたランドルト環状に向日葵の花が植えられている。僕の手を離して、向日葵の花が植えられていない中心地に向かうヒマリ。
ヒマリは中心に立つと、そこから見える景色を見てから深呼吸をして心を落ち着かせている。
僕はヒマリの隣に立って、彼女の隣で景色を眺める。
「……」
すでに太陽は色を変えて赤く燃えて強く輝きを放っている。
まるで、地面の下に隠れる前に自身がいた爪痕を残すために、昼間よりも存在感を放っていると僕は感じた。
無理をしてでも記憶に残ってもらいたい。僕の名前には太陽の陽という漢字を使っている。
名前負けしてるよなって思う時もある。でも今は、燃え盛る太陽を見ると、僕と重なって好きになれた。
僕もこの景色達みたいに、将来のヒマリに覚えてもらいたくて、今一生懸命爪痕を残そうとしてる。もちろん、悪い意味で残したいわけじゃない。夕陽を見て、人間的に好きだった人がいたなって。
太陽の陽の字を使ってるけど、日差しが苦手だったなとか、綺麗な向日葵畑を一緒に見たよなって思い出してくれると嬉しいなって思う。
「夕陽と向日葵畑、すっごく綺麗」
「……そうだね」
太陽の位置によって色を変えた向日葵の花々は、オレンジ色に塗り替えられている。オレンジ色の絨毯も華々しくて、美しくて、なぜだか少し切ない景色が、僕の脳に記憶されていく。
夕方なのに真夏の暑さが残る気温によりじんわりと汗をかくけど、夏の暑さだけのせいじゃない気がした。もう一度ヒマリが深呼吸をすると、ふわりと優しい風が吹いて、汗を乾かしながら、隣にいるヒマリの髪を靡かせる。
蝉の鳴き声と、鳥の鳴き声が聞こえてくる。懸命に生きていることを僕らに知らせている気がした。
僕たち以外に人はいない。動物の鳴き声と共に、ヒマリの呼吸音が聞こえてくる。
「あのね……アキ」
「うん」
ヒマリは決心がついたのか、ゆっくりと話を始めた。
ヒマリの話し声とは逆に、僕の鼓動は強く早く脈打っている。
「うちね……ヒマリね。死の花病の前兆、休眠期に入ったの。アキの一個上って言ったよね?
中学3年生の春から高校1年生になるはずだった1年間、眠りについてたの」
「そっか」
ああ、やっぱり。僕の予想は当たってしまった。実はとんでもなく頭が悪いとかだったら、どれだけ楽だったか。ヒマリは勉強が苦手だと思ってたけど、教えたところはできるし、変だと思ってたんだ。
「うん。起きたら中学校を卒業しててね。うち、最初は混乱しちゃってどうすればいいか分からなくって、整理するまでに時間がかかったの。高校には行きたかったけど、死の花病になるとみんな離れていくでしょ? 元いた友達も全員連絡が取れないし、いつ死んじゃうかも分からない……怖くなって、全部嫌になっちゃったんだ」
「それは……辛かったよね」
「うん、すごっく辛かった。でもね、両親がヒマリのためにね、元いた場所から引っ越ししてくれたの」
「そうだったんだ。僕とサクラと同じだね」
困ったように笑うヒマリ。そうだね、この共通点はいい共通点ではないよね。
「そ、一緒。学力は中学3年生で止まってるし、1年間眠ってたせいか、勉強した内容もあんまり思い出せなかった。起きた当初は、なんにもやる気起きなくてね、夏休みに入る直前までぼーっとしてた。でもさ、つまんなかった。学校にも行かなくていいし、テレビやネットは見放題なのに、心がぽっかり空いちゃって、なにしてもつまんなかった」
「うん」
僕は静かにヒマリの言葉に、耳を傾ける。
「ネットの学園ドラマを見て思ったの。制服着て青春したい、友達と勉強したい、好きな人とデートしてみたい、やっぱり高校行きたいって。だって、1人だと何をしても楽しくなかったから。環境を変えてもらったから、一から頑張ろうって。そこから、個別の塾に通ってた。成績もどうにか今通ってる高校に行けるくらいには上がった。流石に塾では友達ができなかったけど、高校では絶対作るって決めてた」
「うん」
僕はただ、ヒマリの話に集中する。
「でもね、そこでね……出会ったの、運命の人に」
「……そ、っか」
なるほど……ヒマリには好きな人がいたんだ。その人を忘れられなかったのかな……。
「塾には自習室があったんだけどね、冬になると勉強がヤバいと思った子達が増えたの。ヤバいと思っても、友達がいると勉強に集中できなかったんだろうね……自習室でお喋りしてたんだ〜」
「それは、すごい迷惑だね」
時と場所を選ばずにそういうことをするやつの気がしれないや。
「うん、みんな一生懸命やってる人ばっかりなのに、邪魔してる人が許せなかったの。うち、一個上だし注意しようとしたんだけど、やっぱり怖くてさ。ほら、この辺にいるってことは、近くの高校に入るってこともあるわけじゃん? だから、その人たちと高校が一緒だったら高校生活が終わるって思ったの。また友達作りに失敗したくないって思っちゃったの」
「普通は、そうだよね」
僕は普通じゃないなって改めて思い知らされる。
きっと、昔の僕なら、何かしらそいつらに向かって言っているはずだから。
「うん……。ヒマリね、高校に入るまではそんな強い子じゃなかったの。みんなに合わせて、1人にならないように空気を読んでたから。中学まではうまく周りと馴染んでたけど、休眠期のせいで友達いなくなって、ハブられると辛いっていうのは知ってるからさ……余計に言えなくなったの」
「うん」
休眠期から起きると、友達がいなくなっていた誰1人。
その恐怖は、耐え難いものだったろうなと思うよ。僕は変人だからそいつらは本物の友達じゃなかったって思えるけど、普通は違うもんね。
「ヒマリが1人で考え込んでるとね、そのうるさい人たちに声をかけた人がいるの」
「その人が?」
「うん……ヒマリの運命の人」
ドックンと心臓が動いた。ああ、失恋は結構辛いんだなって初めて知ったよ。なんとも言い難いけど、心臓を握りつぶされて、早くこの場所から帰りたい、恥ずかしいって思うもんなんだなと痛感した。
「……そっ、か」
声まで出しにくいなんて、まったく滑稽だよ。




