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秘密の向日葵畑デート

 夏休みも中盤だ。

 

 ようやく、この日がきた。


 みんなには秘密のヒマワリとのデート。そして、おそらく告白の答えが返ってくる日だ。


 緊張はする。なにせ、僕の行動次第で、彼女と付き合えるか付き合えないかが決まる気がするから。


 とはいえ、もう過去は変えられないので、今日のデートを楽しむことだけに意識を向けようと思う。


 デートは、駅前に集合だそうだ。家からでも良くないかと思ったけど、彼女なりの考えがあると思って、了解とだけ送っておいた。


 集合場所にはまだヒマワリは来ていない。少し遅れると、連絡が入っていた。


 ヒマワリが遅刻するなんて珍しいと思ったけど、女の子はデートの準備に時間がかかるのよって母親に言われたことがある。


 連絡がきたので、症状が悪化したわけじゃないと思う。というか、本当に死の花病にかかってるかどうかなんて、分からないけどさ……。


『まだ、少し怖いから』


 ヒマワリは少し怖いと僕に伝えてきた。そして、ミドリさんに話をしていた時のサクラも怖かったと言っていた。


 怖いのは当たり前だ。なにせ、いつ蔦が生えてくるか分からない状況で、蔦が生えたら30日以内には死んでしまうんだから。そんなの、誰だって怖いに決まってる。


 少し怖いと呟いたヒマワリの暗い雰囲気が、どうしても何か裏があるんじゃないかって勘繰ってしまう。

こればっかりは、ヒマワリが僕に打ち明けてくれることを祈るしかない。なにも知らないんじゃ、支えたくても支えられない。


 でも、1番いいのは、振ったら僕との関係が終わってしまうんじゃないかという恐怖であればいい。友達のまま、そばにいたいと言われた方がいいに決まってる。


 どうか、僕の予想が、当たらないことを願うばかりだ。


 10分後、お馴染みの声が聞こえてくる。

 

「アキ〜、ごめんね〜、お待たせー!」

「ヒマワリ、僕は、全然……って」


 夏の日差しにやられたのか、向日葵の妖精の幻覚が見える。いつものボーイッシュな格好ではなく、自慢のゆるふわウルフのオレンジ色の髪を出していて、いつもとは違う格好で僕の前に現れた。


 少し透けてる黒いTシャツと、オレンジ色のロングスカート。駅周辺にいる男達の目を釘付けにしてる自覚は、ヒマワリにはないだろうなと思った。


「どう? 張り切ってきちゃった! その……似合うかな?」

「もちろん、とっても可愛いよ、ヒマワリ」

「へへ。そう言ってもらえると、おしゃれした甲斐があったよ!」


 くるんと回ると、スカートが大きく揺れる。

一つ一つの仕草に、心がくすぐられる。


 僕は、笑顔の彼女に問いかける。


「もしかして、わざわざ駅に集合したのって」

「ふふ、駅で待ち合わせって、デートって感じしない?」

「はは、たしかにね」

「アキも、うちが選んだ服着てくれたんだね」

「当たり前だよ。気合い入れてきたんだ」

「ふふ、アキによく似合っててかっこいいよ!」

「ありがとう、ヒマリ。じゃあ、行こうか」

「うん!」

 

 僕はそっと彼女の手を取る。ヒマワリは、僕の手と顔を交互に見てくる。

当初はこんな行動的になる予定はなかった。でも、いつもとは違う彼女の格好と、海での出来事が僕を変えたのだ。


 君が……君が僕を変えたんだよ、ヒマワリ。


 ぎゅっと握ると、君は照れながらも強く握り返してくれたね。

僕はそれが嬉しくて、君と似たような笑みをこぼしている気がする。


 お互い言葉を交わさないまま駅の中に入る。改札で離れた手を、僕はもう一度掴んで離さない。


 手汗は大丈夫だろうか、鼓動の音は聞こえていないだろうか、早い脈拍が君に伝わってないだろうか。


 僕が緊張しているみたいに、君も緊張してるのだろうか。


 僕と君の気持ちが一緒だと嬉しいな。


「はあ〜、涼しいね!」

「うん、外は暑かったね。でも、晴れてよかったよ」

「確かに! うち晴れ女だから、出かける時は太陽が味方してくれるんだ」

「そうなんだね。なら、僕たちが出かけた日が晴れているのは、ヒマワリのおかげってことなんだね」

「ふふ、感謝しなさい!」

「さすが、ヒマワリだね。太陽に愛されてる」

「ま、まあね!うち、太陽に……あ、愛されてるから!」


 なんでそこで照れるのさと僕が笑うと、レッサーパンダが現れる。まったく、可愛い人だ。


 僕はエアコンの効いた電車に揺られながら、遠くでゆっくり動く景色を楽しみつつ、緊張が解けてきた君の風鈴のような声に耳を傾ける。


 電車を乗り継いで1時間ほど揺られて、駅についてからトイレを済ませて、バスに乗って向日葵畑に向かう。


 この時期のバスはすごく混み合ってるらしいけど、死の花病の影響か、それとも噂の影響か、ひまわり畑に向かう人はほとんど乗っていなかった。


 僕たちは噂なんて信じてないので、ラッキーだねと言って、楽しみにしながらひまわり畑へと足を運んだ。


「うわーーーーー! 向日葵がたくさん咲いてる!」

「確かに、すごいね」


 大量の向日葵の花が僕たちの目の前に広がっている。燦々と煌めく太陽の元で育った満開の向日葵の花々。彼女は僕の手を引っ張って、向日葵を近くで楽しんでいる。


「うわ〜、すっごく綺麗だし、数もたくさんだ! んー、自然豊かないい匂いがするね〜」

 

 確かに、太陽の日を浴びた向日葵の香りは、瑞々しくて少し甘くて、生命力に溢れる爽やかな香りがする。


「そうだね。少し甘くて爽やかなヒマワリの花の匂いがする」

「ふふ」

「?」


 僕は突然笑うヒマワリに不思議な表情で返してしまう。


「向日葵の花は、ほぼ無臭だよ? 甘い匂いなんてしないよー!」

「え、でも今もしてるし……ヒマワリもいい匂って」

「ヒマリは、自然のいい匂いっていったの〜。アキの好きな匂いって、ヒマリのつけた香水だね!」

「う……」


 二、三歩前に出て、振り返る。


「ふふ、コロっときちゃったかな?」


 腰を曲げ、手を後ろで組み、上目遣いで僕を見つめてくる。


 ヒマワリ畑を背景に、彼女は顔を染めながら晴れやかに笑う。


 そして、ヒマワリの匂いが鼻をくすぐる。


 どこかで見た光景に見惚れながら、僕は降参ポーズをする。


「コロっときました……ヒマワリさん」

「ふふ、よろしい! じゃあ、どんどんいこう!」

「うん」


 たまにでるお姉さんの仕草に胸打たれる。


 動揺する僕にお構いなしのヒマワリは、僕と一緒にヒマワリ畑を見て回る。


 小輪、大輪、花びらが白いホワイトムーン、レモンイエローのサンリッチレモン、レモネードと言われる八重咲きの向日葵、みんなが一般的に知ってる向日葵はサンリッチオレンジ、画家のフィンセント・ファン・ゴッホが描いた向日葵であるゴッホのヒマワリ、種周りの花びらが茶色づくサンリッチマロン、花びらが焦茶のムーランリュージュ、小さな赤い向日葵のチトニアといわれる種類まであった。


 ヒマワリと向日葵の花があまりにもお似合いだから、僕の写真を撮る手が止まらない。

ヒマワリは、僕がカメラを向けると、嬉しそうに様々なポーズをとってくれる。


「もう、ヒマリばっかり撮ってないで、一緒に写ろ!」

「あ、うん」

 

 途中から僕も混ざって一緒に写真を撮る。手繋ぎデートをしてヒマワリとの距離はいつもより近いのに、ウチカメで一緒に写真を撮る距離感には慣れない。


 はあー、ドキドキするよ。

 

 画面越しに写るヒマワリの笑顔は花丸100点満点だけど、僕は照れてしまってニヤけたキモい顔になってる。ヒマワリは、それでも楽しそうに写真を撮り続けた。


 気がつけば僕は、ヒマワリの咲き誇った笑顔を生涯忘れないように、脳内保存するために凝視していた。写真だけじゃなくて、自分の行動も十分キモかったよ……。


 少し自分の行動に引いている時、ヒマワリは色々な種類の向日葵の花に目を奪われてる。


 お互い、ひまわりに目を奪われてるってことかと、事象気味に内心で笑った


「向日葵の種類ってたくさんあるんだねー!」

「そうだね」


 ヒマワリに話しかけてもらって、自己嫌悪の考えが消え去る。


 真剣に花を見る顔、可愛いと言って笑う顔、愛おしそうに見つめる顔、ヒマワリと一緒で、色々な姿を持ってるんだねと、言いそうになったけどやめておいた。ヒマワリの種類によっては、少し悲しい意味を持つ花言葉もあるそうだから。


 花言葉って奥深いと思う。


 ヒマワリの楽しそうな姿を見て、僕は向日葵の花の感想を言う。


「どんな姿のヒマワリも綺麗だよね」

「!! えへへ……急に言われると照れるな〜」

「え」

「え!?」


 お互いに見つめあって無言になる。やってしまった……、向日葵の花って言ってなかったな。

ヒマワリは、赤い向日葵の花であるチトニアのような顔で、僕を見る。


「チトニアみたいに、顔を真っ赤だよ?」

「う、うるさいぞ! 見たばっかの言葉を使うなんて子供か!!」

「はは、僕まだ子供だよ」

「むきー!」


 シャーと怒る彼女は、やっぱりレッサーパンダのように両手をあげる。

まったく、怒ってるのか怒ってないのか分からないな。


 ヒマワリは威嚇ポーズをやめて、僕をチラチラ見ながら消え入りそうな声で呟く。


「……ねえ、ヒマワリだと勘違いしちゃうしー……その、さ、……って呼んでよ……」

「え?」


 僕はヒマワリの声が聞こえなかったので、もう一度尋ねると、ヒマワリは覚悟を決めた顔をすると、声が途端に大きくなった。


「ヒマリのこと、ヒマリって呼んでよ! うちもアキって呼んでるし!」

「いいの?」

「うん! ここだとまた勘違いして恥ずかしい思いしちゃうでしょ!? それに……」

「それに?」

「やっぱりこれは、後で言う! とにかく、今日からヒマリって呼んでね!」

「わかったよ、ヒマリ」


 ヒマワリは、自分のことを家ではヒマリって言うんだろうなって、なんとなく思ってた。

時折、自分のことヒマリって呼んでたし。


「ふふ、家族にも言われたことないからね、アキだけが呼ぶ特別なあだ名だよ?」

「え、そうなの?」

「うん、家族はうちのこと、ヒマって呼ぶからさ!ヒマリの方が可愛いのに〜。ヒマってさ、発音間違えたら暇じゃん。あんまり可愛くなーい」

「はは、確かに」

 

 ヒマリって呼ぶのは僕だけなのか……。なんかこうグッとくるものがある。

それに……ヒマリとアキラ……彼女は、分かってるのかな?


 ふふ、たぶん分かってないよね。

けどいいんだ。これは、僕だけの秘密にしておこう。もし、付き合えたらネタばらしをさせてもらうとしよう。


「ヒマリ」

「なに、アキ?」


 そうそう、さっきは勘違いさせちゃったけど、あの言葉はヒマリに対しても同じ気持ちだということを伝えたい。


「さっきは勘違いさせたけどさ……僕はどんな姿のヒマリも、綺麗で可愛くて、僕は好きだよ?」

「ほえ」

「いつものボーイッシュな感じも、普段学校で見る姿も、今日みたいにとびきりのおしゃれで、向日葵の花みたいに華々しいところも、どんなヒマリも好きだから」

「……アキ」

「それだけ。これは嘘じゃないからね。僕の本心だよ」

「う、うん。ありがと」


 少し気まずい沈黙が流れる。それを壊すように、僕はヒマリの手をとって丘を上がっていく。


「僕、お腹すいちゃったよ。お昼ご飯食べに行こう? 楽しみにしてたうちの一つでしょ?」

「う、うん! そうだったね! 楽しみだな〜、オムライスとパンケーキ!!」

「でしょ?」

「うん!」


 うん、やっぱりこの笑顔じゃないとね。

僕はヒマリの笑った顔をみてからヒマリと歩幅を合わせて、カフェに向かう。


 向日葵畑で人気のカフェ。カフェから見える景色が絶景みたいで、調べた時にここは絶対に行きたいと思った。ヒマリにも伝えた時、楽しみにしていると連絡がきてたので、ここは欠かせない。


 お互いに、気分転換しないとさ。


 僕は今日、なかなか攻めすぎた。もし、ヒマワリがお友達以上恋人未満の関係でいたいなら、僕が先走りすぎてるから。


 それに、ヒマリの感情も一度整理してもらわないとね。勢いだけで付き合ったら、きっと彼女は後悔すると思うからさ。


7月18日 今回はここまでです。

また、明日更新します!

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