愛の告白と全員の秘密
ミドリさんは、一息ついてから、背筋を伸ばしてタイキと向き合う。
「タイキ。私が伝えたいのは、あの子は普通の子よりも死が常に付き纏ってるっていうことだ。恋愛を知らないあの子に、恋愛の素晴らしさを知って欲しいという老耄のわがままも勘定に入っちまうが、あの子を傷つけることだけは許さない。生半可に付き合われるくらいなら、あんたの人生を壊してでも、阻止させてもらう。
逆に言えば、覚悟があるなら、いまここで返事をしなさい。ここで言えないようなら、あんたはサクラと付き合うどころか、その隣に立つ資格もない。あの子は間違いなくアンタが好きだ。そして、あんたもサクラが好き。両思いは結構だが……中途半端な恋は人を傷つけるだけ、そんなもんサクラに経験させるわけにはいかない」
孫思いのおばあちゃんから、ミドリさんへと姿を変える。この旅館を守れるほど大きな責任の中で生きてきたミドリさんの言葉は……重たい。タイキはスッと立ち上がり、一度頭を下げてから、ミドリさんに目を合わせて話し出す。
「常に死が付き纏っているのは皆一緒です。なら、病気以外の死からは、俺がサクラを守ります。サクラの隣に、側にいます。俺の見た目は、正直よくありません。でも、サクラは見た目を気にせず、俺の心を受け入れて隣にいてくれた。そばで笑ってくれた。……俺は、サクラが俺の側にいたいと願うなら、彼女の笑顔を守ります。
俺は……タイキ。大きい樹と書いて大樹です。桜の花には、必要不可欠な存在。俺もサクラに必要不可欠な存在と思われるように努力します。ミドリさん、娘さんを俺にください。彼女がもう2度と怖がらないように……怖がってもそばで安心させてあげられる存在になりたい。どうか……お願いします」
そして、もう一度、深く頭を下げる。ミドリさんが、許可をくれるまで上げるつもりはないのだろう。
ミドリさんは、ふーと高く息を吐いた。
「今どき……こんないい男が存在していたなんてね。まったく、若者をあまり舐めちゃいけないってことだね。悪かったタイキ、ごめんよ……それと、サクラもごめんよ」
「あれれ〜、ばれちゃった〜」
「ぬ!」
うお、すごい低い声だ。タイキはまったく気がついてなかったけど、僕とミドリさんは、途中からサクラがいることに気がついていた。タイキはサクラに気がつかないほど、真剣だったのだろう。
サクラはミドリさんに近づいて真剣な顔で話し始める。
「ミドリおばあちゃん、この旅館に呼んだみんなは、とってもいい人達なんだ。わたしの大好きで大切な人たちなの。
実はね、ヒマワリちゃん達はもう知ってるの。でもね、それは同じ花の名前だったから。きっかけは、ヒマワリちゃんが私とユリに声をかけてくれてね。そこから仲良くなったの。一年生の頃、ヒマワリちゃんとユリに、休眠期に入ったことを打ち明けたら受け入れてくれた。嬉しかったよ……すっごく。だから、今でも大切なお友達」
ヒマワリから声をかけたのか。彼女はやっぱりすごい人だ。無意識なんだろうけど、人を助けてる。関わる人を癒す向日葵の花のような人だ。
サクラは少し緊張した面持ちと、少し震える声で話を続ける。
「でもね、男の子達は違う。 だから、打ち明けられなかったの。怖かったから……せっかく好きになったのに、離れられたら、また辛い思いをするでしょ?……でも、この人たちなら大丈夫だと思ってね、今日打ち明けるつもりだったの。
いつ言おうか迷ってたら、夜になって、気がついたら寝ちゃってた。きっと、それを言い訳に逃げ出そうとしたんだと思う。だけどね、せめて、せめて私の好きな人には、私から言おうと思ってた。起きた時、タイキ君とアキラ君がいなかったから探してたの。だからね、途中から聞こえてたよ、ミドリおばあちゃんが嫌な役を買って出てくれて、私を守ろうとしてくれたこと、すっごく嬉しかった」
「サクラ……」
ミドリさんの声は震えている。
「ミドリおばあちゃんには昔も今もずっと助けられてるね。ミドリおばあちゃんが、今の高校に入れてくれたおかげで私は今、すっごく幸せだよ。ありがとう、ミドリおばあちゃん」
「いいんだよ……私はただ、あんたに笑顔になって欲しかっただけさね……いい顔で笑うようになったね。サクラ」
「うん。みんなのおかげなの」
「そうかい……」
サクラはミドリさんに抱きついて、一筋の美しい涙を流した。
「あのね、ミドリおばあちゃん。サクラね、ミドリおばあちゃんがつけてくれた名前、今はだーいすきだよ」
「……そうかい、よかったよ……サクラ」
「うん!」
大人っぽいと思ってたけど、祖母に見せるサクラの姿は、普通の17歳の少女だった。
サクラは振り向いて、今度はタイキと向かい合う。少し照れているようで、頬はピンク色だ。
僕はそっと、その場から離れる。人の告白をそばで聞くほど野暮じゃない。
「あのね、タイキ君。もう一度、私に告白して欲しいな。タイキ君のいう通り、人は絶対に死ぬけど、もしかしたら今年中、来年には死んでしまうかもしれない。人よりも若く死ぬ確率が高いの。それでも、側にいたいって本当に思う? 私の目を見て、あの言葉が嘘じゃないって教えて。そしてら、安心できるから」
「サクラ……俺は、サクラが好きだ。俺は君の側にいたい。君が俺にしてくれたように、君を安心させたい。俺と……結婚を前提に付き合ってくれ。共に未来を見て歩こう、サクラ」
「……うわーん、だいきくーん!」
「うお!」
「わたしもタイキ君がだいすきだよ〜」
「返事は待つ」
「待たせないよ。ずっと一緒にいようね〜、タイキ君」
「……ああ、もちろんだ」
といっても、周りが静かでタイキ達の声が聞こえてしまう。羨ましいと思う言葉よりも、素直におめでとうという言葉が心から出てきた。タイキもサクラもいい人だから、これからうまく行って欲しいと心から願う。
ミドリさんの言葉を聞いてから、思うことがある。
タイキは、サクラの側にいると言った。怖がった時に、安心させられるようにと。
僕には何ができるだろうか。
タイキのように、即決して言葉を出せるだろうか。
僕は……大切な人たちに何かがあったら、きっとこの力を使うんだと思う。
ただ、1人では使えないし、その時は代償を払わなければならない。でも、それでもいいと思えてしまう。救える命があるなら、代償を払ってでも使うべきだと。
まあ、嫌なことが起きないことが1番なんだけどね。
でも、ミドリさんの言葉に、どうしても考えてしまうことがある。
死の花病、1年間の休眠期、今を楽しむ一個上のヒマワリ。
ぐるぐると嫌な考えが頭を過ぎる。
グッと心臓を掴まれるような強い痛みを誤魔化すように、そして、自分に言い聞かせるように、言葉を呟く。
「大丈夫……みんななら、きっと」
けれど、僕の呟いた言葉は、一瞬吹いた強い風の音によって紛れて消えていった。
旅館に戻り部屋に帰ると、みんな起きたみたいで、部屋が少し騒がしい。
僕はむしろ眠いので寝ようと思ってたけど、旅行といえば夜更かしと言われてしまう。なら、やっぱり少し眠るといって布団に潜る。
サクラとタイキが、戻ってきたら起こしてと声をかけてから眠りについた。
目が覚めると部屋がとても騒がしかった。隣の部屋に行くと、サクラがヒマワリ達に抱きしめられながら涙を微笑みながら、涙を流している。
きっと、自分の秘密を告白して受け入れられたのだろう。心の底から安堵するサクラを見て、僕もほっとする。
僕に気がついたタイキが声をかけたことで、場が静まる。
タイキは普段通りの感じで、僕に話しかけてくる。
「アキラも受け入れてやってくれるか?」
「当たり前だろ」
ふー! といいながら、コウキが僕に肩を組んでくる。
「だよな! アキラならそう言うと思ったぜ!」
「う……高校生活みんなで、楽しもうぜぇ……」
「あれれ〜、イオリしぇんぱい、泣いて、るんですか〜?」
「当たり前だろ……こんないい仲間がともだちなんてよ……最高じゃねか……って、カエデだって、ないてるじゃねぇか」
「うう〜だって〜」
イオリとカエデちゃんは大号泣している。イオリの泣いてる姿を見て、友達になってよかったなって、心の底から思えた。
タイキは低く落ち着いた声と共に頭を下げる。
「みんな、ありがとう……俺もいい仲間に出会えて幸せだ」
「ばかやろう〜、追撃すんじゃねぇよ〜」
「おにいぢゃーん!!」
そこからは、みんなで自分の秘密の共有会が始まった。
僕は、僕が目立ちたくなかった理由を。
イオリは、自分の家庭環境のことを。
ヒマワリは、自分が留年したことを。
タイキは、自分が周りから恐れられている理由を。
カエデちゃんは、タイキに守られてタイキが矢面に立ってしまった後悔を。
コウキは、格闘技を始めた理由を。
ユリは、死の花病の影響で人嫌いになっていた過去を。
みんなそれぞれ、秘密を抱えて生きている。
今だって、全てを打ち明けたわけじゃないだろう。それも当然だ。僕だって、全ての秘密を打ち明けたわけじゃない。
でも、人に言いたくない秘密を一つでも共有したことで、僕たちの友を思う気持ちはさらに深まったことだと、僕は思う。
ずっと、こうしてみんなと一緒にいれたら幸せだなと、僕は思った。
それが難しいことも分かってる。それぞれが違う進路に、違う場所に向かって歩き出すのだ。
集まる頻度は確実に下がっていく。
でも、時にはこうして集まりたいと心から思う。
大切な人達のことを、思い出だけの存在にしたくないから。
みんな自分の秘密を吐き出したからか、いつにもなくいい顔になってる気がする。
そんな中、サクラが過去最高の笑顔で呟く。
「わたしね〜、タイキ君と結婚するんだよ〜」
「……え」
あ、まだ言ってなかったのか。
みんなは固まって、ギギギと擬態語が脳内で再生されるくらいの様子で、タイキを見る。
「ああ、俺がサクラを幸せにする」
「「えーーーーー!」」
かつてない声量で、みんなが驚く。
サクラとタイキのことを知っていた僕は、この部屋が防音でよかったと、場違いなことを思った。
「おにぢゃーん、よがっだー」
カエデちゃんは、タイキに対する後悔した過去を打ち明けたから、嬉しさのあまり涙が止まらないのだろう。
コウキは笑顔で、イオリは泣きながらタイキと肩を組んでいる。
カエデちゃんは大泣きしながらサクラに抱きつき、ユリもまた涙を浮かべてサクラを抱きしめる。
ヒマワリも泣き笑いしながら、3人を抱きしめている。
僕はタイキの元に向かって、本人に言いたかったことを伝える。
「おめでとう、タイキ」
「ああ、ありがとな、アキラ」
僕はタイキと拳をぶつけたあと、視線を感じた方を向く。
ヒマワリと目が合ったので、僕は微笑んだ。
ヒマワリは頬を赤く染めながら下を向いた。
僕はヒマワリを見つめながら、一歩引いていた彼女の心に何かしら変化があればいいなと願った。
この後、僕たちは眠くなるまで、将来に成し遂げたいことや、夢を語り合った。
残念ながら、今の僕に夢はないけど、いつか見つけられたらいいなと思う。
突然眠気が襲ってきて、そそくさと移動する。
眠りにつく前に思う、今日の出来事を、僕は忘れることはないだろうと。
朝、少ししか寝ていないはずなのに、目が覚めてしまった。
なんだか、眠ることもできそうになかったので、朝風呂に入りにいくことにした。
個室の露天風呂も、24時間入れるそうなので、入ることに。
男達を避けながら、静かに部屋を出る。
寝る間際に部屋を移動した。男女一緒は、色々と落ち着かないからね。




