彼女の秘密と死の花病
疲れ果てた体で、旅館に戻る僕ら。
海で遊んだから、体はへとへとだ。シャワーを浴びたけど、夕飯の前に風呂へと向かうことに。
大浴場もあるらしいけど、僕たちは貸切風呂に案内された。
キャンセルしたお客さんは、貸切お風呂も予約を取っていたらしいので使わせてもらうことにした。
貸切風呂は、僕たちが普段使いするチェーンのスーパー銭湯と遜色ない大きさ、つまり広い。檜の露天風呂から地平線が見えるし、サウナも完備されてるし、至れり尽くせりで超贅沢だ。こんな眺めを高校生で味わえるとは、人生なにがあるか分からない
コウキとイオリは過去最速で体を洗うと、大はしゃぎで風呂へとダイブした。まあ、人も来ないし、問題ないでしょ。
「これは……やべぇ」
「たまらん!」
僕とタイキはゆっくりと入る。太陽が地平線に沈む瞬間を見ることになるなんて、思いもしなかったな。
隣からヒマワリ達の声も聞こえてくる。簡易的な仕切りしかないので、お互い声は丸聞こえだろう。
「なあ、サウナ行かね?」
「僕、一回も入ったことないや」
「せっかくだしよ、入ろうぜ」
「そうだな」
みんな乗り気だから体験することに。高校生にサウナの魅力は……伝わらなかった。
ただ、蒸気の籠る部屋から出た時の開放感は、なんだかハマりそうだと僕は感じた。
お風呂から上がると、人数分の食事が用意されていた。あと、隣の部屋には布団が敷かれている。
机に並んだ料理を見ると、1人分プラスされていた。どうやらミドリさんの分のようだ。
仕事上がりに孫の顔を見にきただけのはずが、自分の料理まで用意されていたらしく、ミドリさんは驚いていた。
従業員の方が、久しぶりにお孫さんの顔が見れたのだからと気を使ったようだ。
「本当にいいのかい、若いもので楽しまなくて」
「え〜、いいよね〜?」
「もちろんですよ」
「俺たちマナーとかなってないけどいいんすか?」
「ふふ、気にすることはないさ。では、遠慮なくいただこうかね」
「やった〜」
ミドリさんはとても優しい顔をしていた。こんなにも賑やかな時間はいつぶりだろうとのことだ。
僕らがミドリさんに、たくさん質問していたせいだけど、気にしていなくて良かったと安堵する。
料理はそれはそれは贅沢で、海の幸が豊富に並んでいた。たくさん食べる子がいると聞いて、白いご飯もたくさん用意してくれた。僕たちは、これでもかというほど、限界まで料理を楽しんだ。
料理を食べ終わると、みんなは海ではしゃぎすぎたのか、至る所で眠っている。せっかく布団があるのに、なんでそこで寝ないのかって? ご飯食べて雑談してたら、眠ってたんだよ、きっと。
僕も寝ようか迷ったんだけど、眠れなかった。目を瞑ると、海での出来事が瞼の裏側に映り込んでくるから。ご飯を食べたあとの微睡も、全て吹き飛ぶくらいには強烈な出来事だったから、時間が経ったとしても忘れることは難しいだろうね。
いつもより寝るには早い時間なので、夜の旅館周りを散歩しようかと思って外に出る。僕1人で行こうかと思ったけど、タイキも一緒に行くことになった。どうやら、少し仮眠したら目が覚めてしまったようだ。
「こんなに広かったんだね。海と旅館に圧倒されてたよ」
「そうだな」
自然豊かな場所に、ひっそりと建てられた高級旅館。映画に出てきそうなシーンだ。実際に、映画で使われたこともあったようだ。ユリの独り言をたまたま聞いただけだけどね。
旅館から少し離れたところにベンチがあったので一休み。海が見渡せるし、波の音も聞こえてくる。本当に、すごくいいところだな。
「おや……あんた達、寝てなかったのかい?」
「あ、こんばんは」
「こんばんは」
「はいはい、さっきぶりだね」
どうやらここは、ミドリさんの憩いの場所のようだ。邪魔しちゃ悪いかと思って、僕たちは立ち上がろうとする。でも、ミドリさんに引き止められた。
「サクラは、学校ではうまくやってるかい?」
「はい、とても楽しそうですよ。僕たち、学校では毎日一緒にいるので、交友関係が広がってるかは、分かりませんけど……」
「はは、気にすることはないさ。あの子もああ見えて人間関係で嫌な思いをしてるはずだから、慎重になってるはずだよ。なのに、一緒にいるってことは、そういうことだろう」
驚いた。まさかサクラが人間関係で失敗してるなんて。
人のいい笑みを浮かべつつも、しっかりと人を区別していると思っていたけど、そういう理由だったのか。
「……サクラでも、人間関係がうまくいかないことがあるんですね」
「そりゃあ、サクラも人の子だからね。まあ、あの子の場合は、サクラの性格に問題があったとかじゃないんだ」
「……」
つまり、サクラではどうしようもない原因だったということ。
「……ふむ、あんた達のどっちか、サクラに惚れてるかい?」
「惚れてます」
タイキがすぐに言葉を発した。なんとなく知っていたけど、僕は聞いてよかったのかな?
「ふふ、よく言ったね。私は正直者が好きさね。んで、お前さんはいるのかい?」
ああ、ちょうどいい。秘密の共有をしようじゃないか、タイキ。
「います。あの元気で明るい笑顔の似合うヒマワリって子です。」
「そうかいそうかい。確かにあの子はいい子だね。何か隠していることがあるみたいだけど。まあ、あんたなら大丈夫だろ。」
僕も彼女には秘密があると思っている。一個上というのは聞いていたけど、それだけだ。ミドリさんから、僕なら大丈夫と言われると、僕もなんだか安心できる。
「さて、秘密を打ち明けてもらったなら、私も話をしようかね。聞くも聞かぬも、聞いた後に本人にいうか、いわないかはあんた達次第だ。いいね? 聞きたいならここに残りな」
僕たちは静かにミドリさんの話を聞く準備をする。正直、サクラの話をミドリさんから聞くのはどうかと思ったけど……。
「あの子はサクラって名前だろ?……そういえば、サクラ、ユリ、ヒマワリにカエデとは。全員花が咲く植物の名前だね。なら、関係ない話じゃないね」
そう言われると聞かざるを得ない。
「えっと、それって」
「……死の花病。名前くらいは聞いたことはあるだろ? それと、噂のことも」
死の花病。人から花が咲く病気のことで、死に至る病のことだ。どこからか体に蔦が巻かれていき、そこから芽が出て綺麗な花が咲いた時が、その人の命が尽きた時だ。その花は燃えることも枯れることなく、永遠に咲き続けると言われている。
1番初めに発症した人は10年前らしいが、その花は今でもお墓の前で枯れずに咲いているそうだ。10年の間に、人類は発展し続けている。にも関わらず、治療薬どころか、延命の措置すら取れない、咲いたら最後の病だ。
この病気は、植物を減らしすぎたことが原因で、植物が怒り人間に罰を与えていると誰かが言った。そんなわけないけど、いまだに原因不明なので、信じてる人も少なからずいる。少数派の人間が、植物に近づくと、病気になると噂を流したことが、世間に広まっているのもまた事実。
人が恐怖を感じる噂は馬鹿にならないほど広まった。各地で花畑の観光人数が減っていることが、何よりの証拠だろう。
噂は馬鹿にしてはならない。もう一つの噂では、花の名が名前の子にしか発症しないって言われてる。2年に進級したころのクラスメイトが、陰口でくだらない妄言を言っていたのを思い出す。
テレビではそれを否定してるけど、ほとんど意味をなしてない。
気に食わない人間の悪口を言うには、うってつけの噂だから。
「噂で聞いたことがあります。植物から移ることも、花の名前が入ってる子しか発症しないっていう噂も……でも」
「そう、出鱈目だね。場所、男女問わず、名前に関係なく、かかるやつはかかる。死の花病の前兆は知ってるね?」
「……はい」
死の花病にかかると、とあることが起こる。死の花病にかかった人の全員が、1年間眠りについていたという。不思議なことに、眠ってる間は食事も排泄行為も体型の変化すらもないのだとか。起きたら完全復活し、リハビリすらも必要ないという。
ただし、日に当たる場所で眠らせる必要があるらしく、日陰で眠らせていると1ヶ月目に枯れて死んでしまうそうだ。
植物に似た状態と寝ている患者の様子から、1年間の眠りを休眠期と呼んでいる。
ここまで言われれば嫌でも気がつく。
「サクラは、休眠期に入ったんですか?」
ミドリさんは小さく頷く。
休眠期から起きたあと、いつ何時、死の花の蔦が体に巻かれるかは完全にランダムなのだそう。
次の日に蔦が巻かれて家から出られない子もいれば、いまだに発症していない人もいる。
体に蔦が生えてから、花が開花するまで30日。30日間、死の恐怖に怯えながら死んでいく恐ろしい病気だ。
「ああ、中学2年生から3年生にかけてね……。知ってるかい?休眠期に入った子の近くにいると、病気が移るっていう恐ろしい噂を」
「いや……その、すみません」
「いいんだ。どうやら、あんたの周りに、死の花病にかかったことはいなかったみたいだね」
……違う。僕はその頃、色々なことに関心がなかっただけだ。周りの人間に、学校に、教室の人間に興味がなかった。無関心だったから、話を聞いていなかっただけだ。
だから、知らなかっただけだ。その頃、僕が普通の子供だったら……僕はここに座って、話を聞くことはできなかったと思う。
「ここら辺は、見ての通り田舎でね。噂の広まり方は、異常なほど早い。休眠期から目覚めたあの子は、まるで人ごとのように話半分で聞いていてね。1年間眠ったままだと言うことを信じられなかったそうだ」
寝ている間は一瞬だというけど、サクラも寝て起きたら1年間経っているなんて、信じられなかったんだろう。
「学校に行って、2年生のクラスに間違えて顔を出して、先生に君のクラスは3年だよと言われたそうだ。3年のクラスに行ったはいいものの、友達は誰1人寄り付かなくなったそうだよ」
ああ、そのことを想像するだけで、怒りが湧いてくる。僕たちが、そばに行って慰めてあげたい。……でも、それを1番思ってるのはミドリさんと両親達だろう。……それと、隣にも1人。
ミドリさんの目には、涙がうっすらと溜まっている。
「……あの時、学校に行ったあの子がすぐに家に帰ってきてから、泣きじゃくる顔を思い出すだけで、いまだに胸が痛くなるよ。結局、そこから中学に通うことは無くなった」
引きこもってしまったのだろう。辛い現実から目を背けたくて。
それはそうだ。1年間、サクラの心は置いてけぼりにされている。しかも、学校に行けば周りからは冷たい視線。思春期の女の子には、耐え難いことだったろう。
なによりも、もし蔦ができてしまったら、30日後には死んでしまうのだから。
「私はこう見えても顔が広くてね、私の伝手の効く地域を探し出して、あの子を受け入れてくれる学校の理事長に話を通して、すぐに転校させたさ。あそこは懐が深い割に、いじめを無くそうと徹底してるだろ? いじめをした人間はすぐに退学処分だ。さすがに、陰口や悪口までは制限できないだろうけど、それでもサクラを害する者を排除してくれるだけ、マシってもんさ」
ミドリさんは環境を変えれば、もう一度明るいサクラに戻ってくれると信じていたんだと思った。
出なければ、孫のためにここまで動きはしないだろう。
ミドリさんは、一息ついてから、背筋を伸ばしてタイキと向き合う。
ちょっと重たいです。
今回はここまでです。
明日の、7月18日の夕方に更新します。




