幻想
2023/7/17 20:02 一部文章を変更しました。
「おはよう、狼太君!」
「おはよう、水精さん」
根暗に見える僕に対して、元気に挨拶をしてくれる彼女。
太陽の光をたくさん浴びた向日葵の花のよう、もしくは向日葵の花の精霊のような人だと思った。ほとんどの人に優しく温かく接してくれる、よく笑う彼女。
彼女は、スクールカーストなんて気にしない。
スクールカーストなんて、気にしてる人たちがただ言ってるだけの残念なシステムに過ぎないけどね。本当に気にする素振りがないから好感持てる。
けど、何かしら好みがあるんだろうなと感じる。
スクールカーストを気にする陽キャはおとなしい同級生のことをよく馬鹿にしてる。周りを蔑むことで、自分の優越感に浸っているんだろう。まあ、わりとよくある話だと思う。
学校が大きくなればなるほど、当たり前のように起こる悲しい現実。
そんな周りをバカにする人達を見て、彼女はいつも顔をしかめる。それを彼女の友達がなだめている。
明るい系の彼女は、クール系とおっとり系の二人といつも一緒だ。イツメンと言うやつだろう。
時折目が合うと、小さな笑みで手を振ってくる。僕も、自分なりの微笑みで返す。
すると、彼女の友達の一人も手を振ってくれるので、手を振る。
今までにはなかった出来事だ。この高校に入ってからは、僕も少しずつ成長している証拠だろう。
「うす、陽」
「おは! 陽」
「おはよう、大樹、紅騎」
まあ、僕が成長できた理由は、この2人のおかげなんだけどね。
僕にもいつメンがいる。僕を変えてくれた大切な友達。
牛山 大樹
渋めの顔で、大木のような筋肉質な体格と、どっしりとした落ち着きのある低い声を持つ男。
卯座木 紅騎
中性的な顔立ちのイケメン、日本の細マッチョで平均身長、運動神経抜群、少し高い声と大きな声が特徴的な男。
そしてこの僕。どちらかというと根暗に見える顔つきと、痩せ型で平均身長より少し高め。クラスでは静かな方で、そこまで度の強くない眼鏡と重めの前髪が印象的。
狼太 陽
ここで少し昔話を挟ませて欲しい。僕たち3人の出会いから。
一年生の頃、僕たち3人は同じクラスだった。僕たち3人は絡むことがなかったけど、クラス発表のときにくじ引きで決まって同じグループになった。この時は、ただそれだけの関係だったんだけどね。
無口なタイキと、ムードメーカーなコウキ、無難な僕。
タイキとコウキに臆さず質問する僕に、コウキとタイキに興味を持たれた感じ。
タイキは、基本的に一人だった。ちょこちょこ彼の陰口を聞くことがある。顔も怖くて何するか分からないとか言いたい放題言われてた。
僕はタイキのことを大人だと思った。肉体的にも精神的にも。すごく強い人なんだろうなって。だって、自分が噂されていても気にしていないのだ。それは、誰にでもできることじゃない。すごくかっこいいことだと思ったよ。
それにしても、僕からしたら、特に何もしないタイキに口撃する君たちのほうが怖いと思うよ。
口撃対象は、無差別だからね。ほら、君の隣で口撃してる人、君のことも口撃してたよ?まぁ、口撃してる人も口撃されてるんだけどね。
あー、やだやだ。だから友達は少数精鋭に限るとつくづく思う。
コウキは、恐ろしくいいヤツだ。気に要らないことはちゃんと口にするし、誰かの陰口も聞いたことない。交友関係、かなり広いんだけど、凄いよ本当に。
運動神経も抜群だし、成績もいい。本人曰く、身長を気にしてるようだけど、きっとすぐ伸びると思ってる。主人公みたいなやつだ。
グループの活動が先生に褒められたので、出来上がりは上々だったと思う。
でも、その時はただそれだけだった。コウキが僕とタイキに興味を持ち始めて絡むようになっていった。
タイキはコウキと一緒に行動するようになってたけど、僕は少し時間がかかった。
あまりにもしつこく絡むコウキ達が面倒くさくて、怒ったことがある。あの頃の僕は、相当卑屈だったからな……。それでも、タイキとコウキは怒らずに、僕の話を聞いてくれた。
どんなに酷い言葉をぶつけても、2人は僕の側にいてくれた。こんなに真剣に向き合ってくれる友達はいないと思ったから、僕は2人に謝罪して、友達になって欲しいと告げたんだ。
2人は気持ちのいい笑顔で、僕を受け入れてくれた。あまりにもまっすぐな気持ちをぶつけられて、僕は少し泣いてしまった記憶がある。
そこから、3人で行動することになった。
お昼を誘われたのは初めてで、戸惑いながらコンビニパンを持って学食に向かったことは、今でも覚えてる。コウキが場を回して、僕がコウキに合いの手を入れると、たまにタイキが笑う。
穏やかな居場所、心が落ち着く関係、それはとても居心地がよかった。
気がつけば、僕らは3人で行動することが多かった。正直、初めて楽しいと思える関係だった。少し目立ってるけど、父親の言いつけばかり気にしていたら、せっかくできた友達が離れてしまう。それだけは嫌だったので、コウキ達の前では自分を出した。まあ、さらけ出した後に自分の性格を隠しても遅いと分かっているから、自分の素を出せていたんだけどね。
中学校は、別に楽しくなかった。友達はそれなりにいたけど、やっぱりなんか微妙だった。きっと、父さんに言われた言葉を気にして、素の自分を見せてなかったから。部活にも入ってたけど、うまくも下手でもないくらいの実力で抑えた。中途半端な人間ってのは、記憶に残りづらいから。
中学3年の受験間近でここに引っ越したから、一時はどうなることかと思った。近くの塾に通いながら勉強して、どうにかこの高校に無事合格することができた。後から聞いたけど、偏差値はそこまで高くないんだけど、面接が厳しいらしい。
この高校に入学してきてよかったと、今は心の底から思う。選んだ理由は、家から近かったっていうのが理由だけど……。それを気にしたら負けだよね。この高校、蓋を開けたら緩めの校則だったから驚いた。髪を染めたり、ピアスを開けたりと、意外と自由な高校だった。
なんとなくだけど、これだけ居心地がよければ、大人になっても会う関係になるんだろうなって、根拠もなく思った。
髪を染めてない僕は、割と地味だし、前髪で目を隠してるから、背が高いけどあんまり目立たない。
父さんに地味に生きるように言われてきた。あんまり地味すぎるといじめに遭うから、それすらも引っかからないくらいに、地味に生きなさいと。
きっと、父さんは学生時代に嫌がらせを受けてきたのだろう。影に隠れていれば、誰にも気がつかれない。でも、見ている人はきっといるから、その時は仲良くしなさいとも言われた。その人はきっと、アキラを大切にしてくれるからと。小さい頃から子供にいうセリフではないけど、実際見てくれる人もいた。だから、コウキ達と仲良くなってから初めて、父さんに感謝することができた。
生まれて初めてできた大切な友達。きっと、この高校生活は楽しくなると、そんな予感がした。
僕たちが仲良くなって数ヶ月が経ったころ、コウキが6人で出掛けようと言ってきた。僕は大人数が苦手なので断ったら、タイキも断っていた。コウキはやっぱ無理かーと言って笑った。無理強いしないコウキのことを、やっぱりいいやつだなって思った。
じゃあ、男3人で行こうぜと言ってきた。僕らは遠慮せずに行ってこいと言ったけど、コウキは首を横に振る。
「んにゃ、お前らいないとつまんないし。あっちは断るわ、3人で遊ぼうぜー!」
そう言われると、特に断る理由がなかったので、一緒に出かけた。コウキの素直さに救われる。たまに3人で遊ぶけど、いつでも楽しかった記憶だ。
そんな楽しい1年があっという間に過ぎて、僕らは2年生になった。見事に同じクラスになった僕らは、常に3人で行動した。
2年生には、全学年共通の体育祭に加えて文化祭、最後の自由な夏休み。これが一番の目玉なんだけど、3年生に上がる前の春休み中には修学旅行が待ってる。
二人に出会えたことで、僕は高校生活を満喫できると確信した。だって、普段から楽しいのに、修学旅行ではタイキ達と一緒に行動できるからね。これはもう楽しむしかない。普段あまり表情に出さないけど、心は熱いんだぜ、僕は。
それに、青春の時間はあっという間に過ぎるぞと、親に言われていたので、青春の時間は大切なんだと思う。
2年生に無事進級できた僕は、クラスを観察するところから始める。
関わってもいい人間を分類しておく。数週間も経てばだいたい分かる。
スクールカーストを気にするやつ、気にしないやつ。人のことを口撃するやつ、しないやつ。真面目なやつ、サボるやつと、様々な人がいる。
そこで見つけたのが、明るく元気に笑う向日葵みたいな君だった。
水精 向日葵
ミディアムのゆるふわウルフにオレンジ色の髪、二重とひまわりの瞳が綺麗。
基本的に人によって態度を変えない。太陽をたくさん浴びた花のような笑顔と、周りを惹く明るい姿が印象的。
そんな、彼女にはこだわりがあると思う。思うも言うのは、彼女に関わりがないから憶測だ。
悪口を言う人間の前では、花のような笑顔が萎んで真顔に戻る。真顔でも可愛いから、相手も水精さんが嫌がってる事に気が付かない。
花が萎んでいくような姿が面白くて、少し笑ってしまったことがある。
僕が笑うと同時に、彼女と目が合う。
僕が観察していたことがバレたのか、その人たちから離れて廊下に出た瞬間、彼女が振り返り照れくさそうに笑う。
彼女が振り返り照れくさそうに笑うと、僕の見ている景色が何故か変わった。
廊下からの風と共に、向日葵の香りが鼻をくすぐる。彼女の後ろにはオレンジ色の夕日に照らされたひまわり畑と大きな風車の幻想が見える。
瞬きを一度すると、彼女の制服姿が一変して、姿が変わる。
麦わら帽子を浅めに被ってゆるふわウルフのオレンジ色の髪が風に靡かれている。緑色の小ぶりの宝石が装飾されたネックレスと、耳には向日葵の花の形をしたピアスをつけている。向日葵の花を模した温かみのあるオレンジ色の薄いカーディガンと、黒のワンピースを着た彼女の向日葵のような笑顔から目を離せない。
まるで、向日葵の妖精みたいだと思った。
『シ、ヒミツ』
おそらくそんな口パクをしたあと、一筋の涙が溢れたように見えた。
「アキラ、どッたの?」
「!」
コウキに声をかけられると、幻術が解けたみたいに、彼女は制服姿に戻る。そして、僕を見て、口に人差し指を当てて、シーっと秘密にしてねのポーズ。コクリと頷くと、満足気な顔をしてから、彼女は歩き出した。
一瞬の幻想だった。なのに、あの姿が頭の中で根を張るみたいに残っている。
それにしても、とても可愛い姿だった。
僕とは関わりのない人種だけど、密かに彼女の高校生活が充実するように願うことにしよう。
数分後、彼女は制服姿で戻ってきた。当たり前なんだけどね。
彼女は、いつメンのところに戻っていく。
野々花 百合
クールビューティーという言葉がよく似合うキレイ系。片方髪が短く、片方の髪が長い黒色のアシンメトリー。
鷹花 桜
おっとりほんわかという言葉が似合う優しいお姉さん系。長髪の深緑の髪が特徴的。
3人とも学校内で、人気のあるJKだ。3人とも花の名前だしすごく容姿がいいから、高嶺の花々って言われてる。仰々しくて、なんだか近寄りがたい存在感だよね。
彼女達とは残念ながら関わりがない。本当に朝の挨拶をする程度だ。
今日みたいにね。あまり関わりないけど、挨拶してくれるからいい人たちだと思う。
そんな感じで、僕はクラスには溶け込まず、居心地のいい男同士と絡んでいる。
いつも2人のおかげで平和に学園生活が過ごせることに感謝する。