みんなには秘密で
時は流れて、テスト期間前。
ヒマワリとの関係は進みもせず、後退もせずといった感じで普通だ。あんまり意識されてないのかと思うけど、ときより僕にしか分からないように微笑んできたりするから……うん、やっぱり進んではいる気がした。
ヒマワリに焦らされながらも、僕たちはいつも通りの日常を過ごした。
変化があったのは、イオリがこのメンツに加わったことだ。前とは違い、丸くなったイオリにクラスは多少混乱してはいたものの、イオリを受け入れた。
イオリが変わったことで、クラスの雰囲気がよくなった気がする。
スクールカースト的なのが弱まったんだと思う。弱まっただけであるにはあるけどね。
まあ、変化についてこれない人たちは、後退する一方なので、放っておく。
いい変化だなと思いながら、僕たちは少し賑やかになった日常を受け入れた。
さて、恒例行事となった誰かの家での勉強会。今回はタイキの家にお邪魔することになった。期末テストは範囲が増えるので、集まれる時は誰かの家に集まっている。
イオリも一緒に勉強会に参加することになった。人数が増えると僕の家では少し手狭なので、タイキが名乗り出てくれた。
そして、勉強会当日。僕とヒマワリは家も近いので一緒に駅まで向かうことにした。
タイキ家の最寄り駅についたので、みんなを待つ。
サクラは直接タイキの家に向かうそうだ。一緒に歩いて帰った日に、タイキとサクラの家がかなり近い距離にあったようだ。なので、サクラには、タイキ家につく5分前に連絡をくれれば問題ないそう。
なので、ユリとコウキ、イオリと一緒にタイキの家に向かう。
ユリとコウキが一緒に到着。家から一緒にきたらしい。
最後にイオリが登場した。
イオリは僕とヒマワリを交互に見ながら指をさしてきた。
「あ、あんた! ヒマワリの彼氏じゃねぇか!」
「「あ」」
僕とヒマワリは同時に声をあげる。
ユリとタイキは、目を点にして僕たちを見てくる。
「え、どういうこと?」
「んお? もしかして、ヒマワリとアキラって付き合ってるのか!?」
「え……アキラああああ!?」
「ははは……ごめん、僕、アキラです」
イオリの声は、駅中に轟いた。そこまで驚くとはね、結構感情豊かだな、イオリは。
みんなが事情を聞いてきたので、経緯を伝えると、一同が納得した。
コウキだけは、付き合ってないと聞いて、つまらなそうな顔をしてきた。おい親友よ、ひどいじゃないか。
まあ、丸く?収まった気がするので、ヒマワリ達とタイキの家に向かう。
「「でっか!」」
イオリとヒマワリの声が重なる。
うん、分かるよ。初見は声出ちゃうよね。
タイキの家は結構大きくて、老舗の酒蔵だ。あと、道場もお爺さんが趣味でやっているようで、タイキは武道も習っている。力仕事だから、今から体を鍛えているそうだけど、それ以上体を鍛える必要があるのかは謎である。
タイキの家にお邪魔すると、タイキのお母さんであるカヤさんが熱烈に迎え入れてくれた。タイキが女友達を連れてくるとは思わなかったそうで、とても嬉しそうだ。
みんなカヤさんの若さに驚いていた。タイキのご家族の女性達は全員元気で若い方が多い。対して男達はタイキみたいに寡黙なんだ。タイキにはお兄さんがいるんだけど、お兄さんだけは寡黙じゃなくて普通に優しい人だ。それでもやっぱり大きいんだよね
鍛錬終わりのタイキが出迎えてくれた。
「すまん、ギリギリまで爺さんが離してくれなくてな……」
「大丈夫だよ。僕、タイキの部屋知ってるから、先に行くね」
「おう、任せた。あとでな」
タイキはそのままシャワーを浴びに行った。サクラを見ると、目をキラキラと輝かせていた。
「か、かっこよかった〜」
「分かる」
「体育でも見るけど、やっぱタイキのガタイはカッケーよな」
「分かるぜー! 俺でもあそこまで鍛えらんねぇわ」
「コウキは制限かけてるだけでしょ」
「格闘家もすごいね!」
みんなで話しながら、僕はタイキの部屋までみんなを案内する。
途中、お弟子さん達と会って、声をかけられた。
タイキは、武道の才能もあるらしく、みんなから尊敬されてる。
タイキが褒められると、なぜか僕も嬉しくなる。
タイキが来るまで、みんなで話しながら待つ。
「タイキのお家すごいね!」
「部屋は何もなくて、タイキらしいわね」
「そんなところも素敵〜」
ヒマワリ達はきゃっきゃしている。恋バナになりそうになったので、コウキたちの話に集中する。聞いちゃうと、すこしもどかしい気持ちになるからね。
タイキが来ると、わりと真面目に勉強を始める。イオリが休憩時間中に、こういうのいいなってボソと言ったのをタイキは聞き逃さなかった。
「分かるぞ」
「そうだね、やる時はやる、休憩する時は休憩する。メリハリが大事だなよね」
「にしても疲れたなー! 期末範囲多すぎてしんどいぜ……」
「今回、赤点取ったら夏休み補習だしね」
「夏休みに遊ぶ時間減っちゃうね〜」
顔を暗くしたのは2人。いつものメンバーだ。
「う……コウキ、イオリ頑張ろうね!」
「なんで俺まで入ってるんだ……俺、赤点取ったことねぇだろ」
「は、そうだったね! なんか同じ匂いがして」
「はは! 超分かるわ!」
「どういう意味だよ……」
みんなで笑い合ってから、勉強に戻る。
そこからまた真面目に勉強して、疲れたら休んで写真撮影会してと、僕の家でやったことと同じ流れになった。
休憩中にトイレに行きたくなったので席を立つと、声をかけられた。
「アキラ君」
「あ、メグムさん。こんにちは」
メグムさんはタイキのお兄さんだ。寡黙ではないメグムさんは、僕とコウキを見ると絶対に声をかけてくれる素敵な人だ。
「こんにちは。の友達が沢山きてるんだってね、カエデから聞いたよ。ありがとうね、アキラ君。タイキと友達になってくれて」
タイキの妹のカエデちゃんは、元気いっぱいの女の子だ。
人見知りをしない子で、高校は僕たちと同じ高校に通うのが夢だそう。頭もいいから簡単に受かると思うけど、真面目な彼女は必死に勉強を頑張ってるそう。
メグムさんは、友達のできないタイキをよく心配していたから、喜んでるみたいだ。
「僕がタイキのこと好きなだけですから。メグムさんはバンド続けてるんですか?」
メグムさんは家族思いの人だ。小学生の頃、タイキはよく見た目のことで周りから怖がられてたらしく、兄であるメグムさんが、よくフォローしていたそう。
メグムさんは高校を卒業して短期大学の醸造学科に入学して卒業後すぐに、この家の酒蔵で一生懸命働いている。四年制の大学に行ってもいいと言われていたけど、タイキのお父さんであるゲンさんのようになりたいからと断ったみたい。すごくできた人なんだ、メグムさんは。
ダイコクさんから仕事一筋も立派だけど、やはり息抜きは必要と言われて、趣味である音楽活動を楽しんでるそう。
僕がバンドにハマり出したのも、メグムさんのおかげだ。
タイキが僕とコウキを家に招いた時に、ライブのチケットをもらったんだ。せっかくなので、行ってみたんだけど、すごく楽しかったんだ。そこからバンドの曲ばかり聴くようになったんだ。
「続けてるよ。じいちゃんの言う通り、息抜きは大切だと思ったよ。それに、お客さんと盛り上がるあの時間が好きだからね」
「いいですよね。また、ライブ誘ってくださいね」
「うん、もちろんだよ。またみんなでおいで。引き止めて悪かったね」
「はい、ありがとうございます!」
「あ、たまには稽古場にもきてよ。じいちゃんが寂しがってるから」
「はは……善処します」
「よろしくね」
タイキのおじいさんのダイコクさんは、背も高くて顔も渋くてかっこいい老紳士。衰えを知らない肉体は、趣味の武道のおかげだろう。稽古は厳しいけど、できたことはすぐに褒めてくれるから、やりがいはある。
でも、本当に厳しいんだよね……。怪我するとバイトに迷惑がかかるから、あんまり行けないんだよね。でも、寂しがってると言われると、顔を出さないといけないなって思う。お世話になってるからね。
トイレから戻ると、カエデちゃんがタイキの部屋を訪れていた。
「カエデちゃん、かわいい!」
「ひまわり先輩も可愛いです! お兄ちゃんいいなー。かっこいい友達と、可愛い友達ができて」
「みんながいいやつなんだ」
「タイキ、少し恥ずいんだけど……」
「はは! 照れてる照れてる!」
「イオリ先輩かっこいいですけど、照れると可愛いですね!」
「……なあ、本当にタイキの妹なのか? コミュ力えぐすぎないか?」
「……俺も尊敬してる」
はは、イオリがカエデちゃんの洗礼受けてる。
最初は驚くよね。タイキの妹だから寡黙かと思ってたけど、全く真逆で。
「アタシも絶対お兄ちゃんのいる高校に入る! あ、アキラ先輩こんにちは!」
「こんにちは、カエデちゃん」
「もう、ちゃん付けいらないって言ってるのに!」
「はは、あんまり馴れ馴れしくするとダイコクさんの目がね……」
「確かに! 獲物を狙ってる目してるよな! 捕食っていうより、家族になってほしい感じあるけどよ!」
「な!?」
ヒマワリ、大丈夫だから、心配しないでほしい。
僕はなぜか、ダイコクさんに気に入られてる。よく孫を嫁にどうだと呟かれている。それ以外にも、ダイコクさんに気に入られてる理由があるらしい。僕は武道を極めることができる身体能力を持っているらしい。意外にも筋も良くて、目もいいらしい。
だから、僕を弟子として欲しがってくれている。タイキも喜んでたけど、さすがに厳しいので、毎回お断りさせてもらってる。少し寂しそうな顔がタイキにそっくりなので、すごく申し訳なくなるから心が痛いんだけどね……。
ヒマワリに抱きついていたカエデちゃんが、僕とヒマワリを交互に見る。
なにかに気がついたのか、ニヤリと笑って、僕にグッと親指を立てサムズアップしてくれた。
はは、バレた。勘のいい子は、これだから。まあ、僕はいいけどさ。
「お兄ちゃん、アタシもここで勉強したい!」
「む……それは」
「僕はいいけど」
「俺もー!」
次々に声があがるので、タイキも諦めたのか許可を出した。
喜んだカエデちゃんは、急いで自分の部屋から勉強道具を持ってきた。そこから、わからないことがあれば、僕たちで教えてあげた。中学時代、真面目だったイオリは、率先して教えてあげていた。イオリが変わってくれて、僕はすごく嬉しい気持ちになった。
真面目に集中していると、あっという間に夜になる。カヤさんが僕たちの部屋を訪れてきた。
「おらー! ガキどもー、飯だぞ!!」
「ひゃっほー! 楽しみだなー、カヤさんの飯!」
「味が濃くて美味しいんだよね」
「はっはっは! そう言ってくれると嬉しいな! アタシの家は、メグム意外寡黙だから、感想もうまいだけだしよ! まあ、それも嬉しいんだけどな! はっはっは!」
豪快に笑うカヤさんに、つい笑いが移る。僕とタイキとコウキ以外は、カエデちゃんの明るさとコミュ力に納得したようだ。
みんなでご飯を囲んで食べるご飯は、最高に美味しかった。
イオリは最初圧倒されてたけど、家族団欒の温かさに胸を打たれたのか、徐々に馴染んでいった。
「タイキ、アキラ、コウキ、と……イオリだったか。酒飲むか?」
「え、いいんすか!?」
「こら、コウキ。ダイコクさん、僕たちまだ未成年なので……」
コウキが悪ノリしてくるのを必死で止める。本当に飲む気だったなコヤツ。
「そうだったな……うちの酒はうまいんだがな……」
「す、すみません」
「こら、親父、今の子は真面目なんだぜ? アタシの馬鹿友と違って、飲まねっての!」
「う、うむ。そうか……残念だ」
「その、大人になったらいただくっす」
「……そうか。イオリはいい子だな」
イオリの近くに寄って頭を撫でるダイコクさん。イオリは驚きながらも、ダイコクさんの優しさに触れたせいか、イオリの瞳から涙が溜まっていくのが見えて、僕もついもらい涙するところだった。
家族からの愛情に飢えているイオリは、こういうのに弱い。そして、僕も弱い。
少し寂しがったあと、優しい顔でイオリの頭を撫でるダイコクさんに、サクラが可愛いくて素敵と呟いているのをしっかりと確認した。そこへ悪ノリでカエデちゃんが、おじいちゃんとお父さんとタイキお兄ちゃんは本当にそっくりというと、サクラがノリノリで話を聞いていた。
ヒマワリとユリは、カヤさんの話を食い入るように聞いていた。ちらっと話を聞くと、カヤさんとゲンさんの話だ。僕たちはカヤさん達の馴れ初めを聞いたことがないけど、ダイコクさんがゲンはいい男だって褒めてたな。
ゲンさんは、タイキにそっくりで寡黙だ。いや、タイキがゲンさんに似ているのか。今もカヤさんに叩かれながら、少し微笑んでお酒を楽しんでいる。
ダイコクさんとゲンさんは、血は繋がってないけど、本物の親子みたいに似てるんだよな〜。師弟関係である2人は、とても仲がいいみたい。
自分の席に戻ったダイコクさんは、コウキとタイキと格闘と武道について語り合っていた。3人の熱い話し合いに入れない僕とイオリとお兄さん。でも、僕たちには共通の話題がある。
「メグムさん、バンドやってるんすね」
「うん、趣味だけどね。イオリ君は、バンドに興味あるの?」
「興味あるっす。でも、まだ楽器は持ってなくて」
「じゃあ、僕の一本あげるよ。少し古いけど、メンテすれば弾けると思うから」
「え、いいんすか?」
「一回やってみてから考えてみれば? アキラ君にもあげたかったけど、マンションって言われたらさすがに気が引けてね。目の前にあるのに、弾けないのは拷問でしょ?」
「本当に……マンションであることを少し残念に思いましたよ」
「はは、素直だね〜」
「えっと……じゃあ、いただいてもいいですかね?」
「もちろんいいよ。分からないことは、全然聞いてくれていいからね」
「あざっす、メグムさん!」
「はは。どういたしまして〜。あ、最近はどこかライブ行ったのかな?」
こんな感じで、僕たちはバンドの話で超盛り上がった。
話が盛り上がりすぎて、帰るのが少し遅くなったので、カヤさんが駅まで車を出してくれた。
またこいよと言われたので、全員で元気よく挨拶して、電車に乗った。
帰り道はもちろんヒマワリと一緒だ。
「ふう、タイキの家、すごく広かったね! あと、家の人たちも優しい人ばっかりだった!」
「そうだね。あの家の人たちは凄く温かいよ」
「それな!」
いつもの明るいヒマワリだ。僕たちの関係は後退はしてない。進展も、なんとなく視線の合うか数が増えたくらいだ。不満かと聞かれたら、正直不満でもない。ほとんど毎日一緒に帰ってるし、日曜日は2週に一回くらいのペースでみんなと遊んでる。
2人きりで遊んでるわけじゃないけど、会えてる。他の人たちよりは、圧倒的にヒマワリと共にする時間が長い。今は、それだけ満足だったりする。
「ねえ、アキ」
「ん?」
「夏休み、2人で遠出しない? その……みんなには秘密で」
「うん、いいよ」
「ふふ、即答だね!」
「当たり前さ」
彼女は照れずに、やはり向日葵の花のように笑う。そして、僕は思うんだ。ああ、やっぱり君が好きだなって。
恋に落ちるとはよく言ったものだけど、僕の場合は恋が芽吹いた感じだ。
幻想を見たあの時から、僕の心の中に、恋の種が芽吹いた。君と過ごすたびに、水と栄養をもらって気がついたら恋の花が咲いていた。
きっと、その花は向日葵の花なんだろうなって想像してる。
だって、僕が好きなのはヒマワリだから。
「じゃあ、決まりだね。泊まりには行けないけど、日帰りで行こうね」
「僕たち未成年だからね」
「ふふ、そうだね。ああ、楽しみだなー、夏休み!」
「僕もだよ。今年は友達が増えたから、色々なところに行きたいね」
「うん!」
僕と彼女の距離がまた少しだけ近づく。意識的なのか、無意識なのか、僕には分からない。
物理的には、友達以上恋人未満の距離ではあるけど、着実に近くなってる。
この距離と同じくらい、彼女の心に近づけていたら嬉しいと思う。
テストを乗り越えたら、夏が始まる。
きっと、この夏は楽しい夏になると、そんな予感がした。




